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『今回の裁判は前哨戦に過ぎない』“外れ馬券は経費か否か”有識者座談会(1)

  • 2013年05月13日(月) 12時00分
5/23に判決を迎える“外れ馬券は経費か否か”の裁判。今月の「おじゃ馬します!」は、この事案に関する『競馬有識者、緊急座談会』を開催します。メンバーは須田鷹雄氏、日本経済新聞社・野元賢一記者、斎藤修氏。3名の論客が、見過ごせない話題に鋭く切り込みます。

赤見:この裁判は、競馬ファンにとっても大きな関心事となっていますね。

須田:訴訟の概要については、読む方もよく分かっていると思うので、何が問題なのかの整理をした方がいいと思うんですけど。要は、税金としてあり得べき税金かそうでないか、それがまた、あれだけ金額的にも大きくて、物理的に払えないものを払えという要求になったところからおさらいしないといけないでしょうね。
※裁判の概要は5/6公開の≫こちら≪の予告をご覧ください。

斎藤:今の法律で言ったら、払わなきゃいけないものなんですよね?

須田:払うにしても算定基準の問題があります。“一時所得”であるということについては、法の定めではなく通達によるものですよね?

野元:そうです。一時所得という線が出たのは、1970年の所得税法基本通達なんです。それ以前にも競馬は行われていたし、馬券で大枚を手にした人がいたはずですが、そういう扱いについては実態に即して柔軟に扱いなさいというのが、1970年以前の国税庁の姿勢だったわけです。1970年に「一時所得ですよ」と通達が出たんですけど、現実には様々な事例があるわけで、1件1件をどう処理していくかまで明示したわけではないですね。

赤見:法と通達ってどれぐらいの違いがあるんですか?

野元:それは全然。何段階も違います。

須田:何段階も違うけど、法で上書きしないことには通達が最上級にいるわけです。その1970年の通達で、「何を損金(費用)として認める・認めない」というところは、明示されているんですか?

野元:はっきりは言っていないですよね。あくまでも一時所得になるものの例示なんです。所得税法第34条の例示として、「次に掲げるようなものにかかる所得は一時所得に該当する。競馬の馬券の払戻金、競輪の車券の払戻金等…」と。

須田:そうすると、大阪の事案で国税が主張しているといわれる、「的中レース・的中番組の購入金額しか原資として認めない」というのは、通達にも盛られておらず、国税の主張する「運用」ということですか?

野元:そうです。一時所得の例として「払戻金」と書いてある。要はそれだけの話です。

斎藤:まず、一時所得とは何なのかを読者に説明しないといけませんね。

須田:生業としてやっている事以外で急に儲かったものがあった場合、原資になったものを除いて純益の半額を総合課税の対象とするのが一時所得です。

斎藤:要は、赤見ちゃんが年に1回・1点10万円だけ馬券を買ったら、100万円の配当金が来たと。その「100万円−10万円」は一時所得で、半額の45万円を他の収入と合わせて確定申告すると。1万円ずつ10点買って、そのうち1点が100倍的中の場合、「100万円−10万円」ではなく「100万円−1万円」の半額が対象だというのが国税の主張だということですね。

おじゃ馬します!

須田「何を損金として認めるか認めないかが最大の問題」

須田:その一時所得に該当する例として、競馬や競輪の払戻金が通達で挙げられている。競馬ファンにとって一番不利に捉えると、競馬の儲けが一時所得扱いになるのは現状致し方ないとして、今は「何を損金として認めるか認めないか」が最大の問題だと思うんです。所得税法の「総収入金額からその収入を得るために支出した金額の合計額を控除し」が、的中組番の購入額しか控除しないというのが妥当か妥当でないかというのが、最大の争点なんですよね。

一般の人に分かってもらいやすい例え話として私がよく言うんですけど、お店をやっていて、売れた商品の仕入れは損金として認めるけれども、売れなかった商品の仕入れは損金として認めませんと言っているのと同じだと。売れるか売れないか、当たるか当たらないかはやってみるまで分からないのに。

野元:まずそこですよね。もっと言えば、今回弁護側は、「一時所得ではなく、雑所得じゃないですか」という主張をしているわけです。事業所得という考え方もあり得るのです。そうすると、例えば馬券の損を他の所得と合算できてしまうとかそういう問題が出て来るので、最終的にそこまでは主張できないとしても、最初にまず雑所得というのを攻防の線に引いておいて、仮に一時所得としてもこの計算法はないでしょうというのが、弁護側の立場ということですよね。

赤見:雑所得となれば、外れ馬券も経費・損金として認められるということですか?

須田:そうです。雑所得扱いになれば、文句なしに外れ馬券は全部費用になるから、そっちでまず戦うという方針なんでしょうね。戦ってそこで敗れたとしても、一時所得の計算法として外れ馬券をカウントしないのはおかしいでしょうという二段構えで、大阪では戦われていると。

野元:そういう理解でいいかと思います。

赤見:裁判の流れとしては、どっちに転びそうな感じですか?

須田:脱税事案ではあるので、刑事裁判では何かしらやられはするでしょうね。そこが独り歩きすると、報道で競馬の印象が悪くなるということが懸念されます。

赤見:えっ!?

野元:これは2段階の話があって、事実に関しては、これはどうしようもないわけです。単純無申告ですから。しかも、それに関しては被告も争っていないわけです。ただ、果たしてそれを罪に問うのがどうなのかというのが、唯一残された争点です。しかも、この問題の本質はお金ですから。お金に関しては、5月23日の判決では何も解決しないと言っても過言ではない。あくまで前哨戦に過ぎないと。

ただ、刑事の裁判官が、税金の計算の仕方について何らかのコメントをした場合に、それが既に提起されている行政訴訟にいかなる影響を与えるか。そういう事情があるので、行政訴訟で国側は、2回目の口頭弁論期日を6月6日に設定したんです。1回目が3月12日でした。通常の行政訴訟で言ったら、2回目はもうやっていなきゃいけないんです。ところが6月6日になったというのは、刑事の判決を見極めるので致し方ありませんということで。おそらく民事も、そういう訴訟指揮になってしまっているんでしょうね。

おじゃ馬します!

野元「5月23日の判決では何も解決しない」

須田:刑事の裁判官がそこまでコミットするものですか?

野元:そこは、正直分からないです。ただもう1つ言うと、刑事も最終弁論から判決までの間がかなり長いんですよ。裁判官も普通に右から左で答えを出せる事件ではないなというふうに認識されているので、こういう期日設定になったのではないかと想定できますね。

須田:判決の中で、「黒は黒だけど、検察が言っているほど黒じゃないぞ」という趣旨のことがあると、それが次の行政訴訟で有利に働くと。

野元:情状の判断に際して、競馬産業にとって少しでもありがたい一言があるかないか。幸いにしてそういうコメントが出てくれば、メディアも「ここはいくらなんでも、国税がやり過ぎたんじゃない」という方向に傾くんじゃないですか。

これは正直、各メディアにしてもなかなか悩ましいわけですよ。一般企業と同じで、国税と真っ向からぶつかるのは負担が大きいと。あと、裁判を担当されるのは社会部の方々ですから。幸いにして競馬を知っている人だったらいいですけど、そうでない場合にどんなトーンで書いてくるのか…。

斎藤:日経新聞には野元さんがいるからいいとして、事の本質が分かっていないメディアが騒いで、どれだけ負の広報効果があるかということが。

赤見:今回男性に要求されているのが、一生かかっても払えないような金額じゃないですか。そこまでされてしまうものなのか…って。

野元:そこの問題として、刑事に関しては、そもそも罪人にする必要はあったのかということですね。ないものは出せませんと言っているんだし、別に逃げも隠れもしていない。何より税金に関して性質が悪いのは、所得を隠すことですよね。でも、そういうことはやっていないわけです。単純無申告は懲役か罰金か、あるいは有罪の上で刑の執行を免除というパターンもあります。実は、今回担当されている弁護士の方は、もともと検察の出身なんですね。もしこの事件が自分が検事の時に上がって来たら、事件にはしないようにという意見を言ったでしょう、ということでした。だから、大阪地検にしても、あまり深く考えないで事件にしてしまったんじゃないかと。

赤見:弁護人のHPに、「確定申告をしなかったのは、外れ馬券を経費として認めないことをインターネット上で知ったから」と。これはもう、国税として確定事項なんですか?

須田:いや、先ほど野元さんにうかがった内容からすると、そうではないですよね。所得税法第34条の解釈を、国税が一番有利な側に持って行っちゃったと。多分「博打なんて悪い連中だから、いじめられて当然だ」という世界観で競馬ファン以外の人たちが考えてきたから、今までやられっぱなしだったと。推測ですけど、国税庁全体で「これは当然取りに行くでしょう」という取り方じゃない感じがありますね。

野元:最初は、おっかなびっくりだった面って、あったと思うんですよね。実は、調査が入った段階では、国税局でさえも「経費をどう認識するかに関して、これはリーディングケースです」と言っていたそうです。

赤見:そうしたら大事になっちゃったと。

須田:やっぱり、やり方がえげつなさ過ぎたでしょう。「疑わしければ自分たちに有利に」という国税の俺ルールが、話が無理矢理過ぎて、有利にもならなくなりつつあるというところだと思うんですよ。ただ、国税と検察が出たいように出れば、日々普通に馬券を買っているだけで罪人扱いされる可能性があるということが明らかになったというのは事実で。向こうさえやろうと思えば、儲けてもいないのに取ることもできるんだということになったならば、恐ろしくて馬券なんか買えるかという話。今までは、捕捉できないから実質的には関係ないよねっていう話だったのが、中途半端にその時代のルールのまま、PAT時代になって来ているわけですよね。

野元:今回の件はPATの会員の人で、PATについては損益を把握する方法がいろいろ考えられると思うのですが、問題は現金投票なわけです。現金の人とPATの人の公平性という問題が出てくるわけで。現金の人に何か履歴を持たせるようなやり方をしなさい、なんていうことにまかり間違ってなってしまうと、そんな面倒くさいなら馬券買うの嫌だよというケースがあり得る。

斎藤:JRAの事務手数料も尋常じゃない。

野元:その通りです。何より、じゃあJRAだけで済みますか、という問題です。

須田:他の公営競技なんて、ほぼ全滅でしょう。非常に良くないのは、世界中にはそれに近いことをやってしまっている事例も無くはないわけで。韓国の馬券がそうですよね。

野元:あそこは僕、去年の夏にびっくりしたことがあったんですけど、あれ、配当金にかかるんですね。100倍オーバーすると、所得税がかかるんです。160倍ついて喜んでいた人が払戻すのを見ていたんですけど、機械に出てきた数字が122とかで、窓口のおばさんが「税金です」って。

斎藤:アメリカでも、州によっては高額配当だと「あっちの窓口に行きなさい」って、その場で税金を取られますよね。

赤見:じゃあ世界的に見たら、馬券の払戻金に課税されるのはそんなにおかしいことではない?

斎藤:いや、事例としては少ないと思いますよ。

野元:イギリスなんかはゆるいですよ。ああいう国柄だから当然ですけどね。

斎藤:イギリスはブックメーカーが主だから、税金を取られるところでは買わないでしょう。

須田:それぞれの国の文化や国民感情があるので、われわれは一番ゆるい方にいってほしいけど、そうはいかないのはある程度仕方ないと。特に韓国は儒教文化で、おそらく賭け事に対する逆風が強いからそうせざるを得ない。ただ、日本がわざわざ韓国の方にヨタヨタ歩いて行こうという話になるんだとすると、これは日本の競馬の発展段階としても社会の発展段階としても、逆の方向に行こうという話だと思うんです。じゃあここからどうするのかという話ですけど、これ、誰も得をしないケンカをしている最中だと思うんですよね。(Part.2に続く)

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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