▲日本中にブームを巻き起こしたハルウララ
流浪の民となったアイドルホース
9月半ば、読者の方のリクエストにお応えして、あの馬に会うために千葉県御宿町のマーサファームを訪ねた。
御宿町は、房総半島の太平洋側に面したいわゆる外房の真ん中あたりにある。あの馬とは、10年ほど前に日本中にブームを巻き起こした高知競馬のハルウララだ。
勝てない馬、負け続けのハルウララは「負け組の星」と呼ばれ、一生懸命走るその姿に日本中が声援を送った。新聞、雑誌、テレビとあらゆるメディアの取材を受け、ハルウララ関連の単行本も出版された。映画も撮影されている。106戦目には武豊騎手が騎乗した。1番人気に支持されながらも、10着と敗れるが、その時がブームの最高潮だったのかもしれない。途中から馬主となった女性がハルウララにも休養が必要と放牧に出し、復帰戦は先延ばしにされ、時間だけが流れた。そしてそのまま高知競馬場に戻ることなく競走馬登録が抹消された。113戦0勝。これがウララの生涯成績となった。
その後のハルウララは、紆余曲折の連続で、正に流浪の民となった。御宿町のすぐ隣の勝浦町某所でセラピーホースになる…そのように報じられたこともある。繁殖牝馬になるとも噂された。そのあたりからウララの行方ははっきりしなくなり、マスメディアへの登場もなくなっていった。
「繁殖になるということで北海道に移動した後も、北海道の中でも転々としていたようですよ」と話すのは、『春うららの会』の代表でマーサファームの宮原優子さんだ。
▲マーサファームは千葉県御宿町の自然の中にある
▲宮原優子さんに寄りそうハルウララ
ウララがここ御宿のマーサファームにやって来たのが、2012年末のこと。競走馬時代には、いつもキティちゃんのメンコを着けていた。それがハルウララの代名詞のようにもなっていたが、当然のことながら、目の前にいるウララはメンコを着用していない。素顔のハルウララがそこにいた。デビュー当時が390キロ台、ブームの頃も420キロ前後と現役時代も小柄だったが、現在も隣にいる馬と比べてみても、やはり小さい。
以前、別件の取材で訪れた栃木県の牧場で、高知競馬場から休養に来ていたハルウララの姿をちらっとだけ目にしたが、こちらに背中を向けていて、人を拒絶するような雰囲気を醸し出していたために、あえて近くには寄らなかった記憶がある。その時の話を宮原さんにすると、
「来たばかりの頃は、そういう雰囲気は持っていましたね。馬房の中にいても後ろの方にサーッと逃げて、今のように前には出てきませんでしたから」という答えが返ってきた。一方、今のハルウララはというと、同行者が持参した人参欲しさに、盛んに前がきをしている。人間に対しても、すっかり心を開いているようだ。「最初はうるさい馬でしたよ。今は丸くなりましたけどね」(宮原さん)
▲カメラを向けられて変顔を披露
素顔のハルウララ
宮原さんの表現通りに、ウララはじっとしていなくて、カメラを向けてもベストショットがなかなか撮影できない。ここに来た当初のようなうるささではないのだろうが、かなりのお転婆なのは間違いない模様だ。うるさいのは、宮原さんが乗っても同じだった。
「“ハンドルとブレーキがきかない馬”とネットに書かれていたのを見たことがあるのですが、乗ってみたらなるほどと思いました(笑)。跨ったらチャカチャカ、走り出したらサヨウナラという感じで(笑)。もう止まらなくて大変でした(笑)」(宮原さん)
ハルウララという名前が持つ、のどかでのんびりしたイメージとは正反対のエピソードの連続に、目を見張ってしまった。「でもそういう気性じゃないと、113戦もできないですよね」(宮原さん)
確かにあの小さな体で、113戦も走り続けられたのは、この馬の持つ前向きな気性も助けとなっていたはずだ。「まず常歩から教え直しました。競馬でたくさん走っていると、それが体に染みついているのか、ちゃんと歩けない馬はいますからね」(宮原さん)。
調教の甲斐あって、今では常歩、速歩、駈歩をマスターし、ハンドルとブレーキもちゃんときくようになった。それでも「乗馬としての素質はあまりないですよねえ。バネがないですし(笑)。これじゃあ勝てなかったかなと思います」と宮原さんは苦笑いしていた。
別の馬房には、目を引く黒鹿毛の馬がいた。表札を見るとヒシアンデス、あの女傑・ヒシアマゾンの息子だ。
▲良血らしい気品漂わせるヒシアンデス
「生まれが良いので、ジェントルぶってますよ(笑)。普段私には噛みついたりしないんですけど、今日のようにお客さんが来ていると、怒られないだろうと思ってパクッと噛んだりするんです(笑)。でも去勢をしていないのに大人しくて、この馬は乗馬に向いています。バネはないんですけど(笑)、とにかく大人しいので。初心者でも大丈夫ですよ」(宮原さん)
お坊ちゃまのアンデス君は現在16歳。真っ黒な馬体につぶらな瞳、さらに大人しいとくれば、可愛がられるタイプなのは間違いない。
お土産の人参をしばし味わった後に、隣の馬房のアミちゃんと呼ばれる牝馬とともにウララが馬場に放牧された。ここでもウララは、跳ねて走って、寝転んでと、それはそれは元気一杯だ。競馬でひたむきに走っていた頃とは違う、自由奔放な姿がそこにはあった。ブームだった当時のウララも、間違いなくハルウララだったのだろうが、目の前にいるこの馬も間違いなくハルウララだ。ハツラツとしていて、それまでのしがらみから完全に解き放たれたという雰囲気が伝わってくる。
▲アミちゃんを引き連れて放牧を楽しんでいるハルウララ
「アミちゃんはウララとは仲良しなんですよ。アミちゃんはまだ2歳なので、ウララは先輩風を吹かせています(笑)。ウララだけが先に馬場に放牧されたら、鳴いてアミちゃんを呼んでいますよ」(宮原さん)
アミちゃんの本名はマーキュリー。セーラームーンに登場する水野亜美が変身するのがマーキュリーとのことで、それでアミちゃんなのかと納得した。彼女は日本スポーツホース種という種類で、乗用馬として岩手県遠野で生産された馬である。放牧されている2頭を観察していると、2歳若いアミちゃんより、18歳のウララの方が断然活動的だ。「食欲旺盛で至って健康」という宮原さんの言葉通りのウララがそこにいた。
『春うららの会』発足
人目を避けたいという前オーナーの意向もあり、ハルウララの馬房の表札には「うーちゃん」と書かれてあった。その前オーナ―からの預託料の支払いが滞ったのは昨年7月から。その後、前オーナーと交渉をし、文書を交わして、ハルウララは正式に前オーナーからマーサファームへと譲渡された。
宮原さんは引退馬協会に、ウララの今後について相談をした。何かと話題になる馬でもあるし、本当にハルウララなのかという声が上がる可能性も想定して、引退馬協会は万全を期した。獣医とともに健康手帳に記載されている特徴と照らし合わせ、本物のハルウララかどうかの確認作業を行ったのだ。
「ハルウララって、本当に特徴がない馬なんですよ。額のつむじと差し毛、それもほんの少しでね。でも逆に別の特徴があればハルウララではないということですから」と、確認作業にも立ち会った引退馬協会の沼田恭子代表も話していたほど、ハルウララには星や流星、脚が白いなどの目立った特徴は皆無だった。だが目立った特徴がないのが逆にハルウララの証明ともなった。移動のたびに、馬と健康手帳がばらばらになるケースもあるというが、ハルウララには健康手帳もちゃんと付いてきていた。
『春うららの会』が発足したのは今年7月15日、それと同時に引退馬協会の取り組みの1つ、引退馬ネットのサポートホースとなったことが、引退馬協会のホームページ上で発表された。
ハルウララは生きていた。各メディアが一斉に報じた。「うーちゃん」から、晴れて「ハルウララ」へ。ウララ、18歳の夏のことだった。『春うららの会』が発足し、入会したい、寄付をしたいというファンからの連絡が次々とあった。「順調過ぎるほどで、その人気に本当に驚いています」と宮原さん。ハルウララの居場所が明らかになってからは、取材もファンもたくさん訪れた。
「現役時代はニュースで見るくらいで、なぜ負け続けて人気になるのだろうと思っていました。でも訪ねて下さったファンの方から『負け続けても頑張っている姿を、自分と重ねていた』という声をよく聞きますね」(宮原さん)
ファンはまだウララを忘れていなかった。1頭の馬が人の心に及ぼす影響の大きさを、ハルウララで再確認した。取材当日もファンと思われる家族3人で訪れて、ウララと楽しそうに触れ合ったのち、満足そうな笑顔をで帰っていく姿があった。ウララもまた、イキイキとその方たちと接していた。「元々、人間が嫌いではないんです。ここに来た当初は、人との間に壁があるというより、ただ距離が遠かったですからね」(宮原さん)
▲「ここに来た当初は、人との距離が遠かった」
自由奔放に動き回るウララだが、柵の外の人間もしっかり意識しているのだ。「いつもいつも、こんなに動いているわけではないんですよ」と宮原さんが言っていたが、ファンの方や我々のような取材者が訪れたので、この日はいつも以上にハッスルしてくれたのかなとも思う。初めは遠かった人との距離は確実に縮まっているし、宮原さんとは誰よりも近い存在になっているのは言うまでもない。
「くっつき過ぎず、かと言って離れ過ぎず。馬は、適度な距離を保ってお話し合いができるところが良いですね。犬のようなベタベタとした愛情表現ではないですけど、ちょっとした仕草とかで表情を出してきます。ウララは、素直でわかりやすいですよ(笑)? イヤッという時は、ものすごくそういう仕草をしますしね。さっきもすごく愛想良かったですし(笑)。何か食べ物を持っているんじゃないの?って(笑)。それで食べ物がないとわかったらシラッとしていますから。うーちゃんとも呼んでますけど、気分屋で勝手な女なのでうっさんとも呼んでます(笑)」(宮原さん)
以前のハルウララは、持って生まれた彼女のキャラクターに、人間が色付けをして出来上がった姿という印象があった。だが、マーサファームで過ごす現在のハルウララは、素のウララなのではないかと、触れ合っているうちに思った。そして、素のウララはとても魅力的な馬だった。
有名で人気のあるハルウララではあったが、宮原さんにとって特別な馬というわけではなく、他の馬と等しく愛情をかける、そういう存在だった。それが気が付けば『春うららの会』の発起人となっていた。馬を引き取りたいと思っていても、縁とタイミングが合わなければ、その願いは叶わない。けれども、ひょんなことで引き寄せあう場合もある。居場所を転々としてきたウララが、ついに得たやすらぎの場所が、宮原さんのいるマーサファームだった。
「会を作ってから、ウララと私は一生一緒なんだと、ハッと思ったんですよね(笑)。何でこんなことになってしまったんだろうとか…(笑)。でもこれも縁なんでしょうね」(宮原さん)。『縁』ひらがなにするとたった2文字の言葉だけれど、この中にはウララと今後生きていくことを受け入れるという、宮原さんの決意や覚悟といったものも含まれているような気がした。
ともあれ、ハルウララは元気だった。これからも跳んで走って寝転んで、房総の風に吹かれて、気ままに暮らしていくことだろう。「勝手な女なので」という宮原さんの言葉通りに。
(取材・文・写真:佐々木祥恵)
※ハルウララは見学可。ただし、観光牧場ではありませんので、見学の際は事前に必ず連絡をしてから訪問してください。
マーサファーム
〒299-511
千葉県夷隅郡御宿町上布施2636-2
見学時間 9:00〜11:00 14:00〜16:30
連絡先 090-7823-2234(宮原さん)
■春うららの会HP
http://mf-urara.jimdo.com/■マーサファームHP
http://www.matha-farm.com/