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田辺騎手の素晴らしい積極策/AJCC

  • 2015年01月26日(月) 18時00分


ゴールドシップのもっとも嫌うレース運びとなってしまった

 断然人気(単勝オッズ130円)の支持を受けた6歳牡馬ゴールドシップ(父ステイゴールド)が、7着に凡走してしまった。力尽きて失速したわけではないゴールドシップは、ゴールを過ぎるとものの50mも行かないうちに、自分の前にいた6頭をすべて抜き去ってみせた。

 すでにビッグタイトルを5つ(皐月賞、菊花賞、有馬記念、宝塚記念2勝)も制しているゴールドシップの、古馬になってからの、ちょっと理解しがたい一面がまた複雑になったようだった。

 ときに凡走するゴールドシップは、3歳春、上がり33秒3でディープブリランテ(後の日本ダービー馬)を封じて共同通信杯を勝ったのを最後に、成長するにしたがい、「高速上がり」のレースは得意ではないことが分かった。東京コースでは「日本ダービー、ジャパンC」、京都では菊花賞のあと「京都大賞典、天皇賞・春」。いいところなしである。コンビでGIを4勝もした内田博幸騎手から、4歳時の有馬記念はR.ムーア騎手に、5歳春の天皇賞はC.ウィリアムズ騎手にチェンジしたが、そんなことで一変するゴールドシップではない。

 途中で岩田騎手を1回はさみ、5歳時は横山典弘騎手とのコンビで宝塚記念を勝ったが、凱旋門賞凡走のあと、他馬と鞍上がかち合い、岩田康誠騎手になって今度が通算3戦目だった。

 GIを5勝もしているゴールドシップにはここまで計7人の騎手が乗っている。それぞれ、テン乗りのレースは「秋山真一郎…1着、安藤勝己…2着、内田博幸…1着、岩田康誠…1着、横山典弘…1着」。パーフェクトである。ただ、急にゴールドシップをまるで知らない外国人騎手が乗ると「R.ムーア…大差3着、C.ウィリアムズ…7着」。いいところなしである。

 ゴールドシップは、きわめて自尊心の強いチャンピオンになって以降、調子うんぬんは別に、気が乗らなければ走る気にならないといわれる。こういうトップホースの鞍上を再三再四チェンジする少々気難しい陣営と、代わって騎乗することになった騎手と、プライドの高い独特の気質を前面に出すことになったゴールドシップ。3者の気分が一致することなどそう簡単にあるわけがない。それにわたしたちファンの期待は、ぴったり重ならなければならないから大変である。

 今回は、陣営も、岩田騎手も「ゴールドシップは、絶好調!」を公言し、その通りだったと思えるが、好スタートをムリなく下げ、気分良く追走となったところで、待っていたのはスローだった。向こう正面に入ったゴールドシップは「こんなペースだから、行こうぜ」と進出しかけたようにみえたが、岩田騎手は「まさかこんなところからスパートしたらまずい」、2回くらいゴールドシップをたしなめたようにみえた。一巻の終わりである。相手はG3級の格下馬、ゴールドシップの感覚のほうがはるかに正しかった。スローを、ペースが上がったところでみんなと一緒にスパートするなど、ゴールドシップのもっとも嫌いなレース運びである。

 でも、岩田康誠騎手が悪いわけではない。内田博幸騎手も、横山典弘騎手も、何度もなんども自問自答しながら、なんとかゴールドシップを理解し、難しい青年に変わりつつあるゴールドシップに少しでも気分良くレースをしてもらおうと試行した。結果が出たことも、まるで空回りだったこともある。1回だけのムーア騎手や、ウィリアムズ騎手が凡走だったのは当たり前である。

 まだ3回目の岩田康誠騎手に、ゴールドシップを理解して乗ってくれというのは、陣営でさえ現在は6歳になってまたまた変わりつつあるゴールドシップを理解できないでいる証拠のようなものである。これで、岩田康誠騎手はごくろうさんになりそうな気がする。いい意味でも、悪い意味でも、ファンに圧倒的な支持を受けるゴールドシップが、ときには反発しながらも、こころを許し合って気分良くレースに挑戦できる仲間を失わないことを願いたい。

 勝ったクリールカイザー(父キングヘイロー)は、今回がテン乗りだったが、田辺裕信騎手は、昨年のこのAJCCを同じ相沢厩舎のヴェルデグリーンで勝っている。今回は主戦の吉田豊騎手が自厩舎のショウナンラグーンとかちあったための乗り代わりだったが、行く馬が少ないとみての果敢な先行だった。昨年は、この日の中京で東海Sを完勝したコパノリッキーのフェブラリーS、メイショウナルトの七夕賞、クラレントの関屋記念を「テン乗り」で鮮やかに押し切っている。

 今回は「63秒0-(11秒9)-58秒7」=2分13秒6のスローだったが、一度はかかって競ってきたラインブラッドをやりすごし、4コーナー手前から一気のスパートで完勝。素晴らしい積極策だった。クリールカイザーは、母スマイルコンテスト(父サッカーボーイ)の半姉に2002年のオークスを制したスマイルトゥモロー(父ホワイトマズル)がいる。このあとは、日経賞から、天皇賞・春に挑戦するとされる。

 すっかり軌道に乗ったミトラ(父シンボリクリスエス)は、蛯名正義騎手の落馬負傷で急きょ柴山雄一騎手への乗り代わりだったが、しぶとく粘り込んで2着。6歳秋に初の2000mとなった福島記念を快時計で制し、今回は2200mのG2を2着。去勢、のどの手術、5歳時からは16カ月もの長い休養期間など、さまざまな苦境を乗り越えての本格化だから、見事である。ベテランになったから距離をこなせるようになったのは確かだが、土曜日にはダートに転じて3連勝を決めたベルゲンクライがオープン入りするなど、競走馬の距離適性や、ダート・芝の巧拙など、揺るがぬポリシーも大切だが、一方で、固定観念にとらわれない柔軟な挑戦もまた大事であり、それが実を結ぶケースが最近は増えている。

 伸び悩んだベテラン勢が多い中、今季の成長が期待される4歳馬では、ショウナンラグーン(父シンボリクリスエス。祖母メジロドーベル)は展開も味方せず案外の内容だったが、日本ダービー3着(0秒3差)のマイネルフロスト(父ブラックタイド。母の父グラスワンダー)の上がりは、フラガラッハ(父デュランダル)と並んでメンバー最速の「34秒1」。坂を上がって一気に伸び、まだ余力があった。今シーズンのスケールアップに期待したい。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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