
▲2月5日に急死したステイゴールド、産駒のフェイトフルウォーのいまを追う
クラブ長の方針で去勢はせずに
返し馬で放馬して場内をどよめかせ、レースではトップでゴールインして場内から拍手が起きた。2010年10月10日、東京競馬場でのフェイトフルウォーのデビュー戦は、記憶に残るものだった。
2008年1月11日に北海道の白老町に生を受けたフェイトフルウォー(美浦・伊藤伸一厩舎)は、オルフェーヴルと同世代となる。父ステイゴールド、母父メジロマックイーンという配合が、オルフェーヴルと同じであったのも話題となった。そういえば、オルフェーヴルも新馬戦でゴール後に池添謙一騎手を振り落して放馬しているが、この2月5日に急逝した父ステイゴールドの気性の激しさを、フェイトフルウォーもオルフェーヴルも、しっかりと受け継いでいたのかもしれない。
■ステイゴールド追悼企画「
黄金色の蹄跡」
フェイトフルウォーは、3歳時に京成杯(GIII)、セントライト記念(GII)と重賞を2勝し、関東の期待を背負って菊花賞に出走したが7着と敗れてしまう。4歳になってからは、日経賞(GII・8着)、天皇賞・春(GI・13着)と2戦したものの、その後に両前肢に腱鞘炎で休養を余技なくされる。さらに左前脚に屈腱炎も発症し、2013年6月23日に競走馬登録が抹消された。通算成績は10戦3勝。脚元さえ無事ならまだ活躍できただろうし、その意味でも惜しまれる引退だった。

▲京成杯優勝時のフェイトフルウォー
フェイトフルウォーは今、茨城県土浦市のホースパークギャラクシーという乗馬クラブで暮らしている。前繋養先のツクバハーベストガーデンから、2013年7月8日にギャラクシーにやって来た。
「人間に攻撃的な面があったり、引いている時に暴れるなど、相当危ない馬という話を聞いていて、実際に来てみないとわからないとはいえ、相当な覚悟はしていました(笑)」と、ギャラクシーの廣瀬悠梨子さんは当時を振り返る。しかし、馬運車から降りてきたフェイトフルウォーは、予想に反して大人しかった。
「ウチはすぐに放牧をするのですけど、それでも全く暴れずに大人しく歩いて寝転んでゴロゴロしていましたから、大丈夫そうだねとみんなで話をしていました。手入れの時も大人しいですし、人に対して不信感もないようでしたし、競走馬時代もすごく可愛がられていたんだろうなというのがこちらにも伝わってきましたね」(悠梨子さん)
今年で7歳となったフェイトフルウォーは、いまだ牡馬のまま。つまり去勢されていない。
「主人(クラブ長の廣瀬孝さん)の方針で、なるべく人間の手を加えないということで、競走馬からウチに上がってきた馬は去勢をしていないんです」と悠梨子さん。他の施設から移動してきた馬はほとんどが去勢されているが、競走馬引退後、初めてギャラクシーに来る馬は去勢せずに調教をしていくという。
「馬を第一に考えてこのクラブを立ち上げましたので、まず過酷なことをさせない、ストレスフリーにしてあげる、暴れるからといって餌を減らさないということですね。お腹一杯にしたところで、しっかり運動をさせます。そして人間の要求に応えてくれたことを褒めてあげて、その後に必ずご褒美のリフレッシュ放牧をしています」(悠梨子さん)
管理の仕方1つで、去勢をしなくても穏やかにいられるというのは驚きだった。
「フェイト君の向かいの馬房には牝馬が2頭いますけど、全く平気です。蹄洗場で女の子と隣同士になっても、最初ちょっと鳴きますけど、ちょっと見て女の子だなとわかったら大人しくしていますよ。馬場に牡馬と牝馬を一緒に放牧しないなど、そのあたりを気をつければ、ウチでは全く問題なく牡馬と牝馬が共生しています」(悠梨子さん)
開放感あふれるクラブハウスの壁に、新馬戦とセントライト記念優勝時のフェイトフルウォーのゼッケンが飾られていた。社台サラブレッドクラブでフェイトフルウォーに出資会員だった方が、現在のフェイトフルウォーのオーナーでもある。

▲壁に飾られた新馬戦とセントライト記念のゼッケン
「オーナーさんは群馬県在住なのですが、東日本大震災の大変だった時期に、フェイト君がレースで活躍してくれて勇気づけられたとおっしゃっていました」(悠梨子さん)
そのことに対する感謝の気持ちが、乗馬となったフェイトフルウォーのオーナーになった理由でもあるようだ。「お忙しいのでいらっしゃるのは月に1、2回ですけど、その時にはフェイト君の手入れを一生懸命されています。フェイト君はオーナーさんのことをちゃんとわかっていて、目をキラキラさせて、すごく懐いているんですよ。そして馬用のお菓子をいっぱいもらっています(笑)」(悠梨子さん)
たとえ毎日会えなくても、馬は自分に愛情を1番に注いでくれる人が直感的にわかる。馬は本当に不思議な動物だ。現オーナーは、フェイト君のために、鞍や馬服(この日着用していたのは違ったが)、お手入れ道具までエルメスで揃えている。高級品だからというのではなく、愛馬には良い物を使ってあげたいというオーナーの愛情の深さが、フェイト君にもしっかりと伝わっているようだ。
気になる左前脚の屈腱炎は、障害練習を行うと熱を持つことがあるために、現在は無理なトレーニングはしていない。「オーナーさんが乗って楽しんでいただけるのが1番ですからね」と悠梨子さん。もう少し時間はかかりそうだが、ファンの方を乗せて引き馬をすることも考えているそうだ。
乗馬の世界にいるたくさんの“オレっち”
クラブハウスでフェイト君の話をひとしきり聞いた後、写真を撮影に外に出た。蹄洗場に繋がれていたフェイト君は、私が目の前に立つと前がきをした。「ご飯の時間がもうすぐなんですよ」と言いながら、悠梨子さんはフェイト君を引いて厩舎前の草地に移動した。
観察していてわかったのは、フェイト君の1つ1つの動作に鋭さがないというか、脚の運び1つにしても、動きが実におっとりとしていることだ。これが重賞を勝つほどの、しかもデビュー戦の返し馬で田中勝春騎手を振り落した馬なのだろうか…というほどに、ゆったりした仕草だ。
おもむろに首を下げると、草を食べ始めた。こうなると馬は、いくら呼んでも、簡単に顔を上げてはくれない。草のある所を選びながらジリジリと移動し、ひたすら黙々と食べ続ける。同じ目線になって顔を覗き込んでも、まるで意に介さず草に夢中だ。
その顔をよく見ると、前髪がパッツンと切り揃えられている。「このように切るのが好きなものですから…」と悠梨子さんは笑っていたが、これがまた愛嬌たっぷりでなかなかお似合いだ。
しばしの道草を楽しんだ後は、待ちに待った飼い葉の時間。馬房に入るなり、早速飼い葉桶に顔を突っ込んだ。馬房には馬名のプレートがあり、フェイトフルウォーという馬名にカッコ書きで「フェイトっち」とある。
「『元競走馬のオレっち』という漫画ご存知ですか? あの漫画の主人公の境遇が、フェイトフルウォーに似ているとオーナーさんがおっしゃって、フェイトっちと呼んでいるんです」(悠梨子さん)

▲馬名の横に記載された“フェイトっち”の文字
『元競走馬のオレっち』(おがわじゅり作・幻冬舎コミックス)は、馬好きの間で大人気の漫画で、良血で期待されていたにもかかわらず、脚を痛めて未勝利のまま競走馬を引退したオレっちが、乗馬として第二の馬生を歩んでいくというストーリーだ。コミカルな画風や、オレっちを初めとする個性豊な登場馬たちの会話にクスッと笑ってしまうが、馬たちを取り巻く厳しい現実も描かれていて、馬の一生について考えさせられる内容にもなっている。
初めはフェイトフルウォーも漫画の中のオレっちのように、乗馬クラブは放牧の延長くらいに考えていて、またターフの上を走る日が来ると思っていたのかもしれない…そう想像しながら、改めて『元競走馬のオレっち』を読み返すと、オレっちの姿にフェイトっちが重なってきた。
フェイトっちだけではない。たくさんの馬たちが同じような過程を辿り、乗馬として1人前になっていく。乗馬の世界には、たくさんのオレっちがいるのだ。そう考えると、もっともっとたくさんの馬たちの物語を取材したいという気持ちが湧き上がってきた。
「主人は自分が馬たちの運命を握っている、だから必ず乗馬にするのだという強い思いで、馬の調教をしています」(悠梨子さん)。そして前述した通り、過酷なことをさせず、餌をしっかりと食べさせた上で運動をし、放牧をする。休日の月曜日も必ず放牧を行っている。ストレスフリーで過ごせるようにと心を配っているからこそ、フェイトフルウォーの幸せを願ったオーナーも、この場所を選んだのではないだろうか。
現役時代は6勝(うち障害3勝)を挙げ、今は女性オーナーに可愛がられている栗毛のタイキスティング(セン18)に、競走馬時代は障害レースでも活躍したスタールーセント(牡10歳)。子供たちの良い先生であるアルタイル(競走馬名ジョウテンリベロ・セン23)など、他にも元競走馬たちがたくさんいる。その厩舎内を我が物顔で闊歩するのは、1頭のポニーだ。
ギャラクシーで赤ちゃんを出産したことから、ママちゃんと呼ばれているというそのポニーは、馬房の扉をうっかり閉め忘れようものなら、その中に入り込んでちゃっかり他の馬のご飯を失敬している。この日は運良くその場面に遭遇できた。
芦毛のLPギニウスは、ハンガリアンウォームブラッドというハンガリー産の馬だ。障害競技に出場しているが、スタート前に「ピーッ」と高い声で必ず鳴くので、競技会場では写真を撮らせてくださいと言われるほど人気があるそうだ。

▲他の馬のご飯を失敬!ポニーのママちゃん

▲競技会場では人気者!芦毛のLPギニウス
悠梨子さんに馬たちの解説を聞きながら、厩舎内で過ごす至福のひとときをたっぷり味わって、馬房の中のフェイトっちに別れを告げた。こちらにちらっと視線を送ったその瞳が穏やか過ぎる。「競走馬時代なんて、遠い昔のことさ。みんなに愛されて満足しているよ」フェイトっちの瞳は、そう物語っているような気がした。
(取材・文・牧場写真:佐々木祥恵)
※フェイトフルウォーは見学可です。事前に連絡の上ご来場ください。
ホースパークギャラクシー
〒300-4101 茨城県土浦市永井115-1
電話 029-829-3010
FAX 029-829-3011
定休日 月曜日
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