本物の強さを身につけるのはこれから
数多くの不安を克服して破竹の4連勝を達成した4歳牡馬
モーリス(父スクリーンヒーロー)の未来は、また一段と広がることになった。
初挑戦のG1を制したモーリスは、その父スクリーンヒーローも4歳時の2008年にG1初挑戦となったジャパンCを勝っている。さらにその父グラスワンダーも、1997年の朝日杯3歳S(当時)をG1初挑戦で制している。上昇カーブに乗ると一気にビッグレースまで突き進むのがこの父系の隠れた特徴かもしれない。
レース検討の際にもちょっと触れたが、現在と同じ「古馬は58キロ(牝馬56)」の定量になって20年、4歳馬としてこの安田記念を勝ったのは、1998年タイキシャトル(年度代表馬)、1999年エアジハード(秋のマイルCSも制覇)、2009年ウオッカ(年度代表馬)に続いて、このモーリスが4頭目である。モーリスはまだ今回が11戦目【6-0-1-4】であり、多くのチャンピオンマイラーと同じように本物の強さを身につけるのはこれからである。
牝系ファミリーは、牝祖が輸入牝馬デヴォーニア(1925)。4代母メジロボサツ(朝日杯3歳S、桜花賞3着、オークス2着)を経て現代につづく一族であるのは知られる。このモーリスの母方に配されてきた種牡馬は、「カーネギー、モガミ、フィディオン、モンタヴァル、シマタカ、ハクリュウ、ステーツマン」とさかのぼる。少なからず趣味はきつい。
モーリスのオーナーの吉田和美さんは、わたしがカーネギーダイアン(父カーネギー)を日本ダービーで本命にしたとき、「あなたねえ、カーネギーの仔よ」と笑ったひとである。社台SSの種牡馬なのに…。モーリスの母メジロフランシス(父カーネギー)は、名門メジロ牧場の生産馬であり、やがて日高の戸川牧場に移って繁殖牝馬となった。その産駒のオーナーとなったのが吉田和美さんである。もっとさかのぼると、輸入牝馬デヴォーニアに最初に交配された種牡馬ステーツマン(父ブランドフォード)は、日本ダービーの創設期に、現在の社台グループの出発点にもなる吉田善助氏(和美さんからすると祖父の代にあたる)が輸入した種牡馬である。
スクリーンヒーロー(社台グループの生産馬)の産駒だからという理由だけで、モーリスをノーザンF代表の吉田勝己さんがセールで落札して夫人に贈ったのではなく、連続してきたファミリーの歴史に魅かれたからではないかと想像したい。
出遅れるクセのあるモーリスは、堀調教師の対策が功を奏し、「9割方出負けして後方からになるのではないかと思っていた(川田将雅騎手)」予想に反し、好スタートを切ると最初から好位追走になった。ただ、もともと行きたがる気性に加え、今回は気負うくらいの気合を前面に出していたため、前半はかかり気味。レースのあと上がってきたモーリスの口元は、舌を縛っていたうえにかなりかかったせいか、赤く血がにじんでいたように映った。
猛烈な爆発力で追い込んだダービー卿CTとは一転、初のG1を先行して抜け出したモーリスの能力は、1分32秒0(自身の上がり34秒5)が示す以上に高いレベルを示している。初のG1、負担重量は初の58キロ。それを前半は行きたがるのをなだめながら押し切るなど、東京の安田記念ではありえない勝ち方である。前日の「鳴尾記念」のグランデッツァでは、折り合いを欠いたうえに勝負どころで下げ、脚質転換を意図したにしてもトップジョッキーらしくないレースを展開した川田将雅騎手は、モーリスの高い能力によって助けられた。名誉を回復できた。
リアルインパクトが先手を奪う形になったレース全体は「前半34秒3-45秒9-(1000m通過57秒3)-後半46秒1-34秒7」=1分32秒0。高速の平均バランスであり、レースの流れによって生じた波乱はない。実力勝負である。
2着
ヴァンセンヌ(父ディープインパクト)は、前回の1400mで上がり32秒7を記録していたから、スピード決着自体に不安はなかったが、それでもここまでマイル戦を6回も経験しながら最高時計が1分35秒3。少なからぬ死角があったが、持ちタイムを2秒3も短縮してモーリスとクビ差の1分32秒0。道中、巧みにコースロスを避けてインにもぐり込み、スルスルと進出してきた。直線の坂上、前がカベになるシーンがあり待って立て直したから、負けたとはいえ、その中身は勝ち馬とほとんど互角だろう。
母フラワーパークの父ニホンピロウイナー(その父スティールハート)の血は、多くはスプリンター系の馬に登場するが、ある時は天皇賞馬ヤマニンゼファーの父であり、菊花賞3着のメガスターダムの父であるように、その距離適性の幅は広く、成長力もすごい。母フラワーパークを通してその真価を受けた印象のあるヴァンセンヌは、6歳馬ながらまだ13戦【6-3-0-4】である。モーリスとともにマイル戦を中心にまだまだパンチアップだろう。
3着
クラレント(父ダンスインザダーク)は、グランプリボス、アサクサデンエンなどに代表される安田記念の伏兵の典型。「58キロの4歳馬が経験不足で苦戦」が定説の1つならば、逆に「渋いベテランの古馬が怖い」のもこのG1に良くあるパターン。ほぼ同じ観点で、苦しい流れを5着に粘った6歳牝馬
ケイアイエレガントの快走も素晴らしかった。やっぱり東京のマイル戦に実績のある古馬は侮れない。
フィエロ(父ディープインパクト)は、絶好位追走となり直線の中ほどまでは勝ち負けに加わってきそうだったが、最後の伸び脚が不発。「京都コースの方がいいのかもしれない(藤原英昭調教師)」のコメントがあったが、たしかに東京のマイル戦はちょっと距離が長いのかもしれない。
ミッキーアイル(父ディープインパクト)はカリカリしていたのに、タイミングが合って抜群のスタート。予定通りそこから下げたが、馬自身は行く気になりすぎていた。脚質転換の過程だから仕方がないが、同馬にスピードをもたらすベースは母の父ロックオブジブラルタル(その父デインヒル)ではないか、という見方があり、だとするとパワーの平均ペース型の特徴をもつ公算大であり、抜け出す形ならいいが、差す形になっては鋭さが加わることはないのではないか、という心配がある。
またまたインを引いた岩田康誠騎手の
ダノンシャークは、侮りがたい伏兵5番人気。デキは良さそうに見えたが、ローテーションの狂ったベテラン7歳馬は、休み明けで中身ができていなかったということか。伸びかけたのは一瞬だけだった。