▲今月のゲストはJRA競走馬研究所・運動科学研究室の高橋敏之室長
今月は“競走馬のフシギ”に迫る1か月間。JRA競走馬研究所(運動科学研究室)の高橋敏之室長に、最近の競馬の気になるトピックスから、夏にまつわるテーマまで、じっくり分かりやすく教えていただきます。初回のテーマは『3歳馬の骨折』について。二冠馬ドゥラメンテ(両前脚の橈骨遠位端骨折)、リアルスティール(左第1指骨剥離骨折)らが相次いで故障。将来有望な3歳馬だけに、この時期の骨折というのは今後に影響してくるのでしょうか。(取材:赤見千尋)
2、3歳というのは化骨の途中段階
赤見 高橋さんにご出演いただくのは今回が2度目ということで、前回は肺出血のことや重度の骨折などについて教えていただきました。あれから2年が経ちますが、競馬を見ていくうちにまた数々の疑問がわいてきたので、教えていただきたいと思っています!
まずは、この春の大きなトピックスとして、ドゥラメンテやリアルスティールというダービー上位馬が骨折。とても残念なことになってしまったのですが、3歳時の骨折のその後の影響というのは、どんなふうに捉えたらいいんでしょうか?
高橋 ドゥラメンテの場合は、腕節の骨折ということになるのですが、競走中の発症事故を前肢の部位別の割合で見ていくと、今回の腕節が48.9%と、全体の約半分を占めているんですね(続くのが前肢腱靱帯が11.5%、第1指骨が6.1%)。
赤見 比較的発症しやすい箇所ということなんですか。
高橋 そういうことになります。それで、今から25、26年前に、関節鏡手術というものができるようになりまして。人間でいう内視鏡手術のようなものなんですけど、以前ですと、全身麻酔をして関節を大きく開けて、実際に獣医師が目で見て骨を取り出す必要があったんですね。関節ってばい菌が入りやすい所でもありますし、大きく開けてしまうことで術後の動きが鈍くなるところもあって、案外大変ではあったんです。
それが今ですと、小さな穴を2カ所開けて、片一方にカメラを入れて、カメラで見ながら鉗子で取っていくという手術ができるようになったんですね。小さな穴を開けるだけで済むので、より少ない負担で手術ができます。その分、その後の影響というのもあまりなくなってきたと思います。
赤見 以前伺ったときに、若馬は骨片などの軽度の骨折になりやすくて、古馬は重度な骨折をしやすいと教えていただきましたが、その辺りは原因があるんですか?
高橋 はっきりとした原因というのは分かっていないんですけど、古馬になると骨折以外でも屈腱の断裂といった障害ですとか、競走能力喪失以上の障害が起きやすいという調査結果があるんです。今年の研究なのですが、第1指骨のつなぎの骨折や、球節上の第3中手骨の骨折について調べていったところ、この部分に関しては若い馬の発症が多いという結果になりました。つまり全般的に、骨折については若い馬、腱の損傷については古馬がなりやすいという結果になるかなというのが分かってきたんです。
赤見 年齢の面は、成長過程ということも関係しているんでしょうか?
高橋 これは一昨年の研究になるんですけれども、腕節の骨折がどういう馬で起きやすいのか、どういう条件で起きやすいのかというのを調べた調査結果があるんです。それで見ますと年齢の面では、2、3歳の馬は5歳以上の馬に比べると、2.6〜3.2倍ぐらいなりやすいということになります。ですので、若馬にはどうしても起きやすい障害と言えると思います。
その他にも特徴的なデータを挙げますと、これはダービーにはあてはまりませんが、短距離のレースで起きやすいということ。あとは、馬体重が重い馬の方がなりやすいという結果もありますね。
赤見 若い馬、短距離、馬体重というのがキーワードという。
高橋 そうですね。骨折に関しては、昔は骨硬化が原因と言われていたんです。調教が進んでいくと骨の硬くなった所ができて、柔軟性がなくなり、そこに大きな力がかかることによって折れるんだと、私たちが研究を始めた頃には言われていました。ところが、骨折の調査を進めていくうちに、調教を多く行い、骨が硬くなっているはずの年上の馬が骨折の危険性が低い結果になっているので、どうもそうではないな、と思っています。
赤見 それは?
高橋 骨の成長の時期が関係しているのではないかと考えられます。骨の成長を化骨と言いますが、腕節の橈骨の所に化骨線というのがありまして、そこは伸びるときの成長板みたいなものなのですが、その辺が活動しなくなっていく。それはレントゲンで見ると分かるものですから、「化骨線が閉じる」=「化骨が終わってちゃんと骨になっている状態」ということで、成長し切ったというか、骨の成長は終わったということになるんですね。それを骨端閉鎖と言います。
化骨というのは、脚の下の方から徐々に終わっていきまして、最後は、背骨の出っ張っている所、キ甲になるんです。そこの骨端閉鎖が終わると成長も終わったということで、それが大体5歳くらいになりますね。
赤見 5歳ですか。そうすると2、3歳というのは、まだ化骨の途中段階なんですか?
▲「骨の成長が終わるのが大体5歳ということは、2、3歳はまだ途中段階なんですか?」
高橋 2、3歳ですと、腕節の所が終わるかどうかというところですね。まあ、3歳の終わりくらいになると主要な所、脚の伸びなどは終わっていて、それをキ甲が抜けてくるというんですけど、それで大部分の化骨は終わっていくという感じですね。そう考えると成長過程での調教が何らか影響している可能性もあるのかなと思っています。
赤見 繰り返しになるのですが、若い時期の骨折というのは、成長過程で起きうることと考えると、特に影響は考えなくていいと?
高橋 そうですね。腕節の骨折の場合、骨片が小さくて、きれいに取れていれば、そう言っていいと思います。きちんと手術をしてある程度の休養を取っていれば、腕節がずっと腫れたり、大きな骨膜が出るということもあまりないのかなと思いますね。
赤見 ちなみに、ドゥラメンテの場合は両前脚の骨折ということでちょっと驚いたのですが、両脚同時というのは珍しくないですか?
高橋 いえいえ、そんなに珍しいことではないんですよ。
赤見 そうなんですね。ところで、このような競走馬の骨折に、遺伝はどのくらい関係しているのでしょうか?
高橋 骨折の遺伝率についての研究があるんですけど、イギリスの研究結果(※1)では0.21〜0.34と。0.2を超えると高いと言われていますので、数値的には高い遺伝率だと出ているんですね。屈腱炎の数値も出しているんですけど、それだと0.31〜0.34という数値なんです。うちの研究所で出した数値(※2)は0.17でそれより低いので、国の違いなのか、ちょっと高めには出ているようなんですけどね。
赤見 それぐらいの数字というのは、どういうふうに捉えたらいいんですか? かなり遺伝の影響があると?
高橋 イギリスの報告だと案外遺伝の影響があるので、牛とかでしたらいい点は残して悪い点を消すような配合にというふうにはできるんですけども、競走馬の人工授精は禁止されていますので、牛に比べると改良のペースは遅くなってしまうんですけどね。それでも、配合をうまいこと考えれば骨折などの欠点はなくしていける可能性はありますね。(つづく)
【引用】
(※1) Estimates of genetic parameters of distal limb fracture and superficial digital flexor tendon injury in UK Thoroughbred racehorses.
Welsh, C.E., et al., Vet J, 2014. 200(2): p. 253-256.
(※2) Estimation of heritability for superficial digital flexor tendon injury by Gibbs sampling in the Thoroughbred racehorse.
Oki, H., et al., J Anim Breed Genet, 2008. 125(6): p. 413-6.