---

　台風18号から変わった低気圧による豪雨で、鬼怒川の堤防が決壊し、茨城県常総市では9月11日夕方の時点で22人が行方不明になっている。浸水した市街地では家や自動車などが流され、濁流のなか、屋根の上で犬を抱いて救助を待つ人の姿もテレビに映し出されていた。

　広範囲に浸水した地域は、美浦トレセンから西に30キロほど離れたところだ。トレセンの南西に位置し、かしわ記念を勝ったストロングブラッドなどが繋養されている乗馬クラブ「常総ホースパーク」は大丈夫だったかと代表の関崇士さんに電話したところ、「すごい雨でしたが、うちは高台にあるので被害はありませんでした。馬たちも無事です」とのこと。もう馬たちを放牧しており、通常通り営業しているという。よかった。

　被災した地域の方々には心よりお見舞い申し上げます。

　さて、先週で夏競馬が終わった。前回触れたように、今年の北海道シリーズでは関東馬が奮闘し、函館・札幌開催で関東馬が150勝、関西馬が139勝。1988年以来、実に27年ぶりに関東馬が関西馬に勝ち越した。重賞も最終週まで関東馬が4勝、関西馬が3勝と勝ち越していたのだが、栗東・須貝尚介厩舎のアドマイヤエイカンが札幌2歳ステークスを制して、東西で4勝ずつの五分になった。やはり、東西の力が拮抗しているほうが盛り上がる。この流れが秋シーズンもつづくか、注目したい。

　夏競馬終了と同じタイミングで、藤田伸二騎手引退のニュースが舞い込んできた。

　通算1918勝はJRA史上8位、現役5位というから立派な数字だ。

　騎手はJRAの年度末である2月一杯で引退するケースが多いが、彼は、JRAに騎手免許の取消願を提出するという形で、故郷の北海道での騎乗を最後に鞭を置いた。引退セレモニーなどは行わないという。

　1991年にデビューし、96年にはフサイチコンコルドで武豊・ダンスインザダークをかわしてダービージョッキーとなった。その後もシルクジャスティス、トランセンドなどの名馬とともに大舞台を制してきた。

　私は、93年の暮れから94年の年明けにかけて、武騎手がアメリカ西海岸のサンタアニタパーク競馬場に遠征したとき、ともに渡米した彼と初めて話をした。デビュー3年目、21歳だった。

　現地入りしてからしばらく私は彼を「藤田さん」と呼んでいたのだが、レースのない日、日系3世のコーリー・ナカタニ騎手らとゴルフをしていたとき、カートのなかで「そんな『さん付け』じゃなく、伸二と呼んでください」と言ってくれた。その後、「伸二」なんて呼んだら失礼なほどの一流騎手になってしまったが、もともとは、というか、根は、爽やかで礼儀正しい体育会系の男である。

「ぼくの同期の四位というやつ、めちゃめちゃカッコよく乗るんですよ」と自分のことのように話していたことも思い出される。

　競馬雑誌『競馬塾』（何度か誌名が変わっているので、この表記にする）で彼が連載をスタートしたとき、当初は編集長と、彼の語り下ろしを私がまとめるという形にしようと話していた。ところが、草津のホテルのラウンジで、彼が自分で原稿用紙に書いてきた文章を読んで驚いた。語り下ろしなどにする必要がないどころか、このまま彼が書いたほうが絶対に面白く、クオリティの高いものになることが明らかだった。それに、字もとても綺麗で、豪快でヤンチャ、というイメージだった彼に対する見方が一変した。

　私は、努力で伸びる部分が大きいと信じたいので、あまり「文才」という言葉を使わないようにしているのだが、彼には間違いなく文才がある。

　個人的にもっとも印象に残っている彼のレースは2000年春、田原成貴厩舎のフサイチゼノンで勝った弥生賞だ。兄貴分として慕っていた田原成貴さんの管理馬で勝てたことがよほど嬉しかったらしく、テレビの中継が終わっても勝利騎手インタビューで話しつづけていた。

　成貴さんが競馬界を去ってから、次第に彼と私も話すことがなくなり、最近は賀状のやりとりぐらいになっていた。一昨年の夏だったか、転居を知らせる葉書が来て、引越先が札幌になっていた。競馬サークルとの距離の置き方からして、そのころからこうした引き際を考えていたのだろう。

　43歳。あれほど勝ち鞍の多い騎手ならまだまだやれる年齢だが、第二の人生を始めても不思議ではない年齢でもある。

　個性も才能も豊かな騎手を見られなくなるのは残念だが、今後の活躍に期待したい。