ゴールドアクターに関わる人びとの、互いの信頼の勝利
このレースを最後に引退し、次のステージに向かう馬がいる。隣のゲートにはここで快走し、来季の大きな飛躍を目ざす馬がいる。年末のファン投票によるグランプリは、いつの年もファンを楽しくさせるドラマが待っているが、今年、12万7281人(21世紀に入ってからはハーツクライ=ディープインパクトの2005年に次ぐ入場者数)のファンを集めた有馬記念は、ひとつの時代が終了し、また新しい時代につながる素晴らしいレースだった。
勝った
ゴールドアクター(父スクリーンヒーロー)は、初G1勝利がこの有馬記念でまだ【7-2-1-3】。父はAR共和国杯を制した勢いにのって2008年のジャパンCを勝ったが、こちらはレース間隔をあけ立て直し、有馬記念を制覇。上がり馬として4歳秋にビッグレースを制したのは同じでも、父スクリーンヒーローは自分の競走成績を教訓に、産駒たちに「いそいで結果を求めなくても大丈夫」なことを伝えたのかもしれない。モーリスも、このゴールドアクターも、間隔があいても平気である。狙いのG1に全能力を発揮できた。
ゴールドアクターを管理する美浦の中川公成調教師は、これが初のG1制覇。騎乗した吉田隼人騎手も、G1初制覇。オーナーブリーダーである北勝ファーム代表の居城要さん(90)は、オーナーになってなんと50年、これが初のG1勝ちだという。吉田隼人騎手は11月29日に他馬に足を蹴られて右膝蓋骨を亀裂骨折し、この週が約1ヶ月ぶりの実戦騎乗だった。1週前の追い切りにもまだ乗れず、ふつうならオーナー、中川調教師の判断ひとつで、乗り替わりだろう。ゴールドアクターに関わる人びとの、互いの信頼の勝利でもあった。
吉田隼人騎手は、互角の好スタートから、気合を入れて一度先頭に立ったあとに、
キタサンブラック(横山典弘)、
リアファル(C.ルメール)に先をゆずって好位3番手のインにおさまった。内回りの中山2500mのお手本騎乗の特別指定席である。
横山典弘=キタサンブラックの作ったペースは前後半の1200mに分けると、「前半1分15秒2-(6秒3)-後半1分11秒5)=2分33秒0」。明らかなスローだが、ひとたび隊列が決まってしまうと、トップホースが息をひそめる有馬記念では途中で動いても、多くの場合それは自身が途中でロスを受け入れるだけ。だから、有馬記念は年によって4秒も5秒も勝ちタイムが異なる。
まして今年は
ゴールドシップが途中から進出してくるのがみんな分かっている。ゴールドアクターの吉田隼人騎手は隊列が決まる前に気迫でハナを奪って、それから下げた。ずっと我慢し、3コーナーを過ぎても待って、外に芦毛のゴールドシップがみえた4コーナーの入り口から一気にスパートした。ゴールドアクター自身も道中まったくムダな動きをしていない。
スクリーンヒーロー(父グラスワンダー。母の父サンデーサイレンス。祖母ダイナアクトレス)は、もちろん最初からかなり評価の高い種牡馬だったが、2010年から種付け料30万円でスタートし、種付け頭数は今年2015年まで「84、72、53、80、111、190、…」頭。種付け料は「30、100、200万円…」と上がって、来春は300万円くらいになるのでなないかとされる。競走時も大変な上がり馬だったが、種牡馬となっても評価右肩上がりである。
ゴールドシップの父ステイゴールドも、途中からどんどん評価の上がった種牡馬だが、近年は、途中から評価の上がる種牡馬が珍しくない。種牡馬総数の減少による隠れた利点かもしれない。
スクリーンヒーローも、まるでステイゴールドのように、必ずしも著名な牝系ではないファミリーから活躍馬を発掘してくれるかもしれない。ゴールドアクターの牝系は、3代母の半兄に神戸新聞杯のホウシュウリッチ(父ダイコーター)が一族の代表馬として顔を出し、5代母ミアンダー(輸入牝馬)を経てさかのぼるファミリーの代表馬には、1969年の日本ダービー馬ダイシンボルガードの父方祖父にあたる種牡馬コートマーシャル(父フェアトライアル)が登場したりする。
ゴールドシップ自身、納得のレース
ゴールドシップ(父ステイゴールド)は、前回あたりからパドックで示す動きがおとなしくなっていたが、今回はここが引退レースになるのを知っているかのように静かだった。馬場に先出しで入ったが、以前のゴールドシップとは異なり、スタンドのファンを見ながらの返し馬のように思えた。互角にスタートしたが、気合を入れてもダッシュ一歩はいつも通り。かなりのスローペースだから2コーナーあたりで進出もありそうだったが、進出開始は向こう正面の残り1000mの標識あたり。一気に先団に取りついたあと、直線の坂でもう一回伸びて争覇圏に加わった。最後は鈍ったものの勝ち馬との差はたった「0秒3」。ゴールドシップ自身、納得のレースだろう。
ファン投票1位。当日は少し人気が下がりかけたが、最後まで支持率トップ。ゴールドシップの能力上位を信じたファンは多かった。「もう勝てない」ことを知りつつそれでもやっぱりゴールドシップの単勝を手にしたファンも多かった。ゴールドシップは、オルフェーヴルと同じステイゴールド産駒だが、ファンに与える印象からして大きく異なり、同父系のディープインパクトとはまったく特徴が異なる。最後に示したゴールドシップの本当の色合いは、オグリキャップやハイセイコーに似ていたように思えた。最後の最後に逆転快走があればそれは素晴らしいことだが、それはゴールドシップの心の色ではないよう映った。きちんとレースの形は作った。でも、3年前に有馬記念を差し切った当時の鋭さはなかった。ゴールドシップはいさぎよく負けた。
だから、レース後の引退式には4万人ものファンが残った。引退式が終わって、船橋法典に向かったファンも多かったが、すっかり暗くなった西船橋への道を歩いたファンが一番多かったように見えた。きっと、ゴールドシップの引退を見届けたあとだからだろう。
6歳ゴールドシップが引退し、勝ったのは4歳ゴールドアクター。2着が4歳
サウンズオブアース(父ネオユニヴァース)。3着が3歳キタサンブラック(父ブラックタイド)。きれいに世代交代が進んでいる。この流れで2番手なら、おそらく勝ち負けだったと思われる3歳リアファル(父ゼンノロブロイ)は残念ながら故障し途中でペースダウンして最下位入線となったが、故障の程度が軽くて済むことを祈りたい。