1番枠の利をフルに生かした武豊
「スタートを切ってすぐ、行こうと思った」と武豊騎手が振り返るように、決して早くから先手を主張する作戦ではなかったと思えるが、
キタサンブラック(父ブラックタイド)の仕上がりは素晴らしかった。いつも良く見せるタイプだが、それにしても気力あふれる今回のキタサンブラックの気配の良さは、他を圧するほどだった。パドックや返し馬で他馬の気配を見渡した武豊騎手は、その時点で「先手を奪ってレースを作ろう」とする気迫のライバルはいないこと、また、落ち着きを欠くどころか尻っぱねまで繰り返す1番人気の
ゴールドアクターが、3200mでの折り合いを考えれば、有馬記念と同じような気合をつけたスタートは切れないことを見抜いた。
自分で主導権をにぎることになった武豊は、これまで3200mの天皇賞・春の成績【6-6-4-7】。ずば抜けた実績をもつが、今回のように自ら主導権を主張したことはない。なぜなら、終始きびしいマークを受けて3200mを乗り切るのは、途中でリズムを崩される危険が大きいからである。だが、今回はプレッシャーをかけてくる伏兵やライバルが少なく、直前のライバルの動向を見ているうちに、スタートさえ決まれば1番枠の利をフルに生かしたほうが有利に展開することを察知してしまったのである。
実際、直線の残り1ハロンまで2番手以下は終始「1-2馬身」後方にいて、キタサンブラックは一度も後続からプレシャーを受ける場面がなかった。ずっと単騎マイペースである。こうなれば、3200mの春の天皇賞に23回も乗って12回も連対している武豊の体内時計は正確なリズムを刻みつづける。
レース検討で、仮に自身で主導権をにぎることになったら、「前半の1600mを1分38秒0前後」で行き、今年がふつうのレベルなら「後半の1600mを1分37秒台」でまとめ、3分15秒台の標準の勝ちタイムに持って行く。ただし、そんな体内時計のリズム通りに展開するとは限らないと推測したら、楽々と単騎マイペースが成立してしまった。レース全体は「前半1分38秒3-後半1分37秒0」=3分15秒3である。
坂の下りから、長距離戦のパターン通り少しずつペースアップしたキタサンブラックの最後は「35秒0-11秒9」。ディープインパクトではないから、あれ以上の後半の加速はできない。良馬場で考えられた通りの勝ち時計だった。
ところが、2着馬から、8着馬までの上がりは、みんな「34秒台」である。だから、記録に残る数字はみんながキタサンブラックを追い詰めていることになるが、自分のペース判断を信じ、また、武豊を信用し、
カレンミロティック(父ハーツクライ)に勝機をもたらすことに99%まで成功したのは、今回の天皇賞・春では池添謙一騎手だけだった。ピタッとマークした武豊(キタサンブラック)を交わしさえすれば勝てる。ホントに絵に描いたような逆転ゴールは決まっていたが、カレンミロティックはもう2年半も勝ち星から遠ざかっている8歳馬。4cmだけ差し返されてしまった。あれは仕方がない。シンハライトの桜花賞のハナ差と異なり、現在のカレンミロティックには、最高に乗っても勝機は乏しかったのだろう。
しかし、たしかに衰えは隠せなかったが、調教では好調時と同じように動いたカレンミロティックは、昨年「3分14秒8」で小差3着。同じくゴールドシップに食い下がって2着の
フェイムゲーム(父ハーツクライ)が「3分14秒7」であり、その力関係は今年もほぼ互角だったかもしれない。不思議な乗り替わりのフェイムゲームが単勝7.4倍の4番人気。カレンミロティックは単勝オッズ99.2倍の13番人気。熱心なファンは、少なくとも1度は「カレンミロティックはどうか」と考えたはずである。落とし穴は、前2戦の「逃げていっぱい」の凡走だったか。カレンミロティックの好走は決まって「2-3番手」追走がパターンだったのである。
1番人気のゴールドアクター(父スクリーンヒーロー)の最大の敗因は、送られてくるG1レース独特の画面で多くのファンが頭をかかえたたように、地下の通路からパドックに入る時点でもう気負って小走りになっていたこと。パドックではチャカつき、3200mのG1直前にしては致命的なイレ込み状態だった。再三の尻っぱねがいつものゴールドアクターではないことを伝えた。ゴールデンウィーク中の遠征なので、万全を期したはずの金曜日に京都競馬場入りの日程が裏目に出たかもしれない。好位の外で折り合いをつけて進み、4コーナーを回ってキタサンブラックに並びかける形だけは作ったが、その時点でもう余力はなかった。距離3200mに対する適性うんぬん以前に、残念ながら今回はレース前の自滅だった。
サウンズオブアース(父ネオユニヴァース)も、4コーナー手前で早くも手が動き、いっぱいの脚いろになって15着大敗はアクシデント発生かと思える失速である。とても単に距離が長すぎたから…という内容ではない。月曜日の時点では故障は伝えられていないが、ダメージの残るような失速理由ではないことを祈りたい。
3着に突っ込んだ
シュヴァルグラン(父ハーツクライ)と、ゴール寸前の脚が目立った4着
タンタアレグリア(父ゼンノロブロイ)は、キタサンブラックと同じ4歳世代。この天皇賞・春のレベルが高いか、そうでもないかは難しいが、期待どおり確実に成長中である。とくに、最近ずっと「54-55キロ」で好走してきたシュヴァルグランは、58キロの天皇賞・春ではまず好走できないパターンなので、この3着は価値がある。
一度は先頭に並ぶところまで見せ場を作った
トーホウジャッカル(父スペシャルウィーク)は、調教の動き(時計)などから、今回はまだ復活の途上で9分程度か。しかし、さすがだった。
ここまで、菊花賞爆走の反動が尾を引き、陣営には「こんなはずではない」の思いがあったから、なかなか納得のいく状態で再出発とならなかったが、今回の内容なら体調さえ戻れば大丈夫。ムリすることなく1番いいときの状態に近づいたとき、チャンピオン復活がある。
キタサンブラックは、このところ注目を集める牝系の出発点や、ファミリー繁栄の地域でいうと、3代母ティズリー(父リファール)はUSA産だが、5代母ノリスから3代くらい南米チリ産がつづき、その前はサトノダイヤモンド、マカヒキの牝系などと同じように、イギリスからアルゼンチンに「逆巻く波を乗り越えて…」渡り、発展するファミリーの出身である。