高い能力を秘めた馬が数多く存在
桜花賞を、同着にも近いわずか2cmのハナ差で2着に負けた
シンハライト(父ディープインパクト)が、その勝ち馬ジュエラーがいないなら、さらにはメジャーエンブレムのいない組み合わせなら、現時点でこの世代での能力No.1をストレートに示したオークスだった。
前半、予測されたより後方に位置し、追い比べになった直線ではなかなか前方にスペースが見つからなかった。結果、騎乗停止処分(2日間)を受けるかなり気まずい騎乗になったが、これはシンハライトの能力とは直接には関係しないことである。初コースで、どの馬にとっても厳しい初の2400mを、最後にキチッと抜け出して2分25秒0。実力勝ちだった。
この記録は昨年のミッキークイーンと並び、長いオークス史上、2012年のジェンティルドンナの2分23秒6に次ぐ史上2位タイの走破時計である。また、11着
アットザシーサイド(父キングカメハメハ)まで、初の東京2400mを「2分25秒台」だった。2分23秒6のジェンティルドンナが独走した年に、離された着外の馬も2分25秒台だったことはあるが、今年は12着
アウェイクまでが1秒0差以内だったから、2着
チェッキーノ(父キングカメハメハ)以下、高い能力を秘めた馬が数多く存在するということだろう。
池添騎手の勝利騎手インタビューにも出てきたが、おそらく多くのライバルが集結することになるはずの「秋の秋華賞2000mが楽しみ」である。メジャーエンブレムも秋は2000mの秋華賞だろうし、ジュエラーも軽度の剥離骨折なので、10月16日の秋華賞には間に合うかもしれない。
レース全体の流れは、半マイル800mごとに3等分すると「47秒4-50秒4-47秒2」=2分25秒0。縦長になり、1000m通過「59秒8」だった前半は少し速いと思えたが、向こう正面に入った中盤から12秒台後半のラップが連続すると各馬に息が入り、最後の直線は「11秒4-11秒5-11秒6」=34秒5。余力のある馬は上がり「33秒台」が可能だった。
チェッキーノは惜しかった。行きたがる気性でマイラーに出る一族の特徴を、途中で前面に出させてしまった全兄コディーノの失敗(距離を短縮して朝日杯FSを勝ちに出てしまった)を糧に、陣営「ノーザンファーム+藤沢調教師」は、この牝馬には途中で距離短縮のローテーションを取らなかった。落ち着き払った当日の気配も見事。流れを読んでいたかのように後方にひかえ、隣にシンハライトを置いた展開も悪くなかった。4コーナーで外に回ったのも18頭立てで生じるかもしれない不利を未然に防ぎ、なおかつ芝のいい部分を通ることができるから、コースロスではない。
坂上では勝ち気にはやった
ビッシュ(父ディープインパクト)さえ捕まえれば勝てる形に持ち込み、実際、M.デムーロの伏兵ビッシュを交わして先頭に立った瞬間は勝ったと思えた。最後のクビ差は、勝負強さと、苦しいレースの経験の差か。ここまでムリをしていないから、秋に向けての成長余地はこの馬が一番かもしれない。もちろん、ビッシュは乗れている時のいつもの冴えたM.デムーロ騎手なら、もっときわどかったろう。きわめて惜しかった。
シンハライトと、チェッキーノは、各馬のスパートが始まった4コーナー手前までほとんど同じ後方5-6番手で並ぶような位置だった。そのまま外に回ることになったチェッキーノと、広がる馬群の中に突っ込むことになったシンハライト。結果は「クビ差の1-2着」なので、馬群に詰まりながらも外に回らなかったシンハライト(池添)が正解だったことになるが、改正された現在の「降着制度」や、騎手に対するペナルティーを考えるとき、ちょっと複雑な思いはある。
池添謙一騎手(36)は、トールポピーで勝った当時の池添謙一(28)ではない。トールポピーは多くの騎手に手綱を引かせる危険騎乗で、実際は失格寸前だった。結果、失格や降着にはならなかったが、騎乗停止のペナルティーが科せられた。今回は、当時より騎手に対する制裁がきびしくなり、また、G1だからこそ制裁判定もきびしくなっている。審議も降着も関係しない単なる軽い制裁のように映る「2日間」のペナルティーだが、実際は、非常に重い制裁である。斜行の程度はひどいというほどではないが、騎乗停止には「無意識だとしても故意に通じる部分」が認められたからである。これは決してオークス制覇の喜びに沸く池添騎手に不満を述べるものではない。そうではなく、改めて現在の降着制度のもつ(現状では)不備な点が、現実に浸透しつつあることを示す典型的な「騎乗のあり方」ではないかと感じたのである。
今回の池添騎手は、もう若さで突っ走っていた池添謙一ではないから、冷静だった。詰まって前にスペースがないから、あわてふためいて斜行したわけではない。前も、横も十分に見えていた。
降着制度が変更されたころ、新制度では「斜行などやり得ではないか」という見方があった。でも、それは陣営への制裁(実際は騎手だけであるが)の厳罰化によってカバーし、防ぐことができるとされた。たしかに以前より騎手に対するペナルティーははるかにきびしくなったが、改正されて月日が経った。ここまで想定を超えるようなさまざまなケースが生じている。今年の皐月賞では、意識的に外に動いたM.デムーロ騎手のリオンディーズは、馬は4位入線→5着降着となり、デムーロ騎手は開催日4日間の騎乗停止となった。騎手への制裁は、トップ騎手にとってはお金の問題ではない。あれから「ミルコは変になった」と考えているファンや関係者は多い。デムーロ騎手の性格から、わたしは必ずしもそうは思わないが…。
冷静だった池添騎手は、回りが見えていた。でも、もう仕方がない(と決断したかのように)、自分が外に動けば横の馬が被害を受けるのを承知で、進路を変えたと映った。落馬させるほど乱暴でひどい斜行でなければ、ここ数年間の経験から「降着になることは絶対にありえない」ことを騎手として学んでしまったのである。詰まって立ち上がって負け、「脚を余した、とか、下手に乗った」と残念がられて負けるより、ねじ込んで勝った方がのちの正解につながる。大オーナーの馬ばかりの時代である。「失態の降着」でなければ、自分がペナルティー(今回は2日間)を受けさえすれば、厩舎にも、オーナーにも、ファンにも、迷惑は最小限で済む。とりあえず丸く収まる。
そんなことを、シンハライトのオークスの直線坂上で考えるわけがない。でも、なにも改めてそんなことを考えなくとも、ここ数年間でどんどんそういうふうに変わってしまったのである。下級条件戦でそんなこと(制裁必至の斜行)をする愚かな騎手はいない。しかし、ビッグレースでは、騎手(自分)へのペナルティーなどたいした問題ではない。勝てそうなら、絶対に勝たなければならない。フェアではないとしても…。
降着ルールを、かなり汚い手でも使う国々に合わせたのだから、必然の成り行きである。どの分野でも、国際化には、理念最低の国にも合わせなければならない矛盾があり、日本には他国の競馬人の尊敬のマトになった譲れない正義のルールがあった。それを放棄したとき、こういう手段に出ても仕方がないことになったのであり、池添騎手が汚い斜行をしたわけではない。2日間の騎乗停止を、ごく自然に、当然のように受け入れただけのことである。謝ったじゃないか、と。