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未成年者を入場禁止に? 与野党の「ギャンブル依存症対策法案」

  • 2017年06月26日(月) 18時01分


「共謀罪」法案の強行採決や加計学園問題で騒がしかった第193通常国会は6月18日、閉会した。今国会では、実質審議には入らなかったが、競馬界にとって影響の大きい法案が与野党から別個に提出された。昨年の臨時国会で、やはり世論の強い反対を押し切って強行採決された、カジノ解禁に道を開く統合リゾート(IR)法の後続措置と言うべき、ギャンブル依存症対策法案である。

 まだ、影も形もないカジノのために、既存の公営競技やパチンコと関連した依存症対策を進めるのだから、順序からして違うし中身も問題が多い。本稿では与野党の法案の問題点と、IR法推進の過程の不透明さを整理していく。

教えてノモケン

▲今や競馬は「観戦型スポーツ」、競馬場には家族連れや女性など様々な客層が集う(写真は東京競馬場、(C)netkeiba)


今国会処理のはずが…


 提出されたのは、与党自民・公明両党による「ギャンブル等依存症対策基本法案」で、提出は13日。野党の民進・自由両党も16日に「ギャンブル依存症対策基本法案」を提出した。与党案は題目に「等」があり、野党側はないが、その差にさほど意味はなく、内容も省庁横断的な機関と専門家会議を設置し、定期的に基本計画を立てる点でほぼ同じ。与党側は野党との共同提案も考えた模様だが、双方の思惑のズレから、別個に提出された。

 この段階で依存症対策法案が表面化した背景には、IR法案に対する世論の冷たい反応がある。成立時は朝日から産経まで全国紙5紙が足並みをそろえて否定的な論調を示し、安倍晋三内閣の支持率にも悪影響を与えた。そのため、カジノ推進を目指す政府はいや応なしに、依存症対策を迫られ、既存の公営競技やパチンコがターゲットになった。関連業界にすれば、迷惑この上ない話と言える。

 政府・与党は今国会で依存症対策法案をできれば野党も巻き込んで処理し、カジノへの否定的世論を沈静化させる思惑があった。だが、民進党内では今もカジノ自体に否定的なムードが根強く、与党ペースには乗れないとして、独自の法案提出に動いたようだ。しかも、国会では森友学園への国有地安値払い下げと、加計学園の獣医学部新設という、安倍首相に近い人物への特恵疑惑が焦点化。東京都議選を控え、「共謀罪」法案という優先課題を抱えていた政府は、依存症対策どころではなく、会期末にやっと法案を提出した。

未成年者を入場禁止に?


 当コラムでこの件を扱うのは、5月下旬に報道された民進党案に、「事業場への未成年者の入場制限」が入っていたためである。実際に提出された法案で、この部分は「本体」から姿を消したが、末尾の附則2項(検討)として示された7項目の中で生き残った。7項目は政府が主に事業者(公営競技施行者、パチンコ業者)への具体的な対策として検討し、法施行後遅くとも3年以内に結論を得て実施するとされた。

 内容的には、投票方法、遊技機の射幸性の抑制 ▽事業所への未成年者の入場制限 ▽依存症患者への投票制限 ▽広告宣伝のあり方 ▽事業者の対策費用負担 ――などである。念のために言えば、現在の国会の勢力分布から、野党案がそのまま通過する可能性はゼロである。

 一方、後述するが、与党案に具体策への言及はない。ただ、今後の審議過程で、野党の顔を立てる意味で、付帯決議などに反映される可能性はあり、この場合、事業者は対応を迫られる。その意味で、いかに現実性が乏しくても、野党案が示す各党の認識の水準は問題にする必要がある。

 未成年者の入場制限がナンセンスなのは、少なくとも中央・地方の競馬がテレビで放映されている事実からも明らかだ。3歳牡馬三冠やNHKマイルC、春秋の天皇賞、有馬記念は、NHKが地上波で全国中継している。これは、国内競馬の最上級の競走に、スポーツとしての価値を認める暗黙の社会的合意が存在していることを傍証している。入場制限が妥当なら、地上波のテレビ中継も同じ理屈でアウトとなるべきだが、これは前記の社会的合意と矛盾する。しかも、ラチの内側では未成年の騎手がごく当たり前にレースに騎乗しているのである。

 各事業者に一律に入場制限を課するのは、業態ごとの実情を無視した大きな誤りと言える。パチンコ店やカジノは、賭け以外の機能がない。一方で、競馬は観戦型スポーツとして地位を認められている。ネット投票の普及で、本場来場の目的は「レースを見る」ことにシフトしている。

 他種競技は中央競馬とカジノ・パチンコの間に位置する。競艇やオートレースは社会通念上、カジノ・パチンコ側に近いと言える。単純な観戦者を想定しにくいのだ。夏季五輪の自転車競技には、「ケイリン」という種目もあるが、漢字の競輪はスポーツと賭けの境界事例だろう。射幸性の確保のため、実質的に集団戦として行われ、負け覚悟で先行する選手が存在するからだ。

 公営競技の各種目でさえ、こうした差異がある点を考慮すれば、一律的な入場制限は現実を知らない机上の空論と言うべきだ。議席は少ないとは言え、野党第1党がこの程度では寒心に堪えない。

 同党の柿沢未途・衆院議員(東京15区)は、専門誌「ギャロップ」にコラムを連載しており、日常的にファン向けの選挙運動をしている格好だが、5日付の同誌では、入場制限問題についてクレームを受けた経緯に触れている。競馬と関連の深い問題で、自身の属する党がナンセンスな議論をしている状況を、人ごとのように語る自体、論外だ。身内の説得もせず、「競馬ファン」を自称するのは、何をかいわんやである。

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▲▼ オークス週の東京競馬場の様子、馬とのふれあいコーナーや子供向け遊具も充実 (C)netkeiba


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▲オークス週とあって、女性向けの華やかな演出も (C)netkeiba


「関係者会議」が鍵を握る?


 次に、与党案を見ていこう。こちらは実現可能性が高い。全26条から成り、2条で依存症対策の基本理念を規定した上で、国・自治体、事業者、医療関係者から一般国民に至るまで「責務」を明記。10条では政府による法的、財政的措置、11条では政府の「対策推進基本計画」策定を求めた。

 基本計画は施策の具体的目標と達成時期を設定し、状況に応じて5年ごとに見直す。後半は教育・啓発や医療体制の整備、社会復帰支援、ボランティア団体支援といった一般的な条項が並ぶ。最後に関係各省庁による「対策推進会議」と、基本計画を策定する「対策関係者会議」(有識者20人以内で構成)の設置を定めている。

 競馬業界と関連するのは15条(関連事業者の事業実施の方法)である。国や自治体が、広告及び宣伝、施設への入場管理などの事業実施方法について、「事業者の自主的な取組を尊重」しつつ、「依存症の予防等に配慮したものとなるよう、必要な施策を講ずる」としている。各施行者やパチンコ業者が具体的に何をする(させられる)かに関する具体的な言及はなく、法案自体の中身は薄い。具体策は、前記の「関係者会議」の議論次第となる可能性が高い。メンバーにいかなる人物が選出されるかが、重要なポイントとなる。

 社会で名の通った専門家が名を連ねる見通しだが、実は依存症問題は専門家自体の層が薄く、ギャンブル依存症は特に研究の蓄積が乏しい。診断はアンケートの回答を点数化して行うが、欧米の質問紙を使用するため、アジア、特に極東の文化的土壌とかけ離れた面がある。

 厚労省は14年、国内の依存症有病率を成人の5%、患者数を536万人とする研究結果を公表した。だが、依存症対策を巡って政府が3月に公表した「対策強化に関する論点整理」では、国立病院機構久里浜医療センターの予備調査を基に、「依存症の疑われる者」の比率を成人の0.6%と推計している。14年調査の公表時から、筆者は「盛った」数字と疑っていたが、結果で裏付けられた。

 アルコールや薬物のように、対策の蓄積が多い分野でさえ、近年に至って従来の接近法を否定するような問題提起が次々にされている。ナショナルジオグラフィック日本版のサイトに今春、掲載された国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の松本俊彦・薬物依存研究部長のインタビューは非常に興味深かった。

 一言で言えば、薬物使用者を犯罪者として扱うことの弊害を訴えている。ギャンブル依存症に関して、生煮えの研究を基にした「対策」の弊害が非常に懸念される。JRAを初め競馬業界に奉加帳が回って来た場合、基礎研究の強化に主眼を置くべきだ。

カジノ強行と日米関係


 冒頭では、依存症対策の急な動きを、カジノ法案強行の“後遺症”と規定した。では、そもそもなぜ、昨年末にカジノ法案は強行処理されたのか。結論から言えば、米国のトランプ政権発足との関連が強く疑われる。

 トランプ大統領の有力後援者には、カジノ業界の複数の大物が入っており、就任前の昨年11月に行われた安倍・トランプ会談でも、カジノ問題が話題に上ったと一部海外メディアが報じている。6月10日には日本経済新聞が、2月の日米首脳会談で、トランプ大統領が安倍首相に対し、ラスベガス・サンズ、MGMリゾーツなどの具体的な企業名まで挙げた状況を報じている。一連の流れを見ると、11月の会談で首相がIR法案成立についてコミットした状況さえ疑われる。そう考えないと、12月に強行処理した理由の説明がつかない。

 トランプ政権が発足早々、弾劾まで語られるほど揺らいでいる現状を思えば、同政権への「朝貢」とも映りかねないカジノ推進の動きは、見た目も芳しくない。依存症対策を巡っても、入場制限以外に、賭式規制やネット投票の金額制限など、業界の将来を脅かすような問題が今後、出てきかねない。今世紀に競馬法は4度も改正され、方向性は規制緩和で一貫していた。15年には海外馬券解禁というギャンブル拡大策を全会一致で認めたが、IR法案成立は、反転の始まりを告げる。

 一部にはカジノと場外発売施設の複合施設を模索する考え方もあるが、まず無理だ。世論を意識して、推進側は極力、ギャンブル色を希釈する一方で、ホテルや国際会議場、テーマパークなどで開発規模の極大化を図るに違いない。規模の拡張は推進派の主力を占める建設資本の利害とも一致する。その意味で、公営競技施設との相乗りなど論外だろう。

 以前、当サイトの座談会でも述べたが、国内にカジノを設置するなら、刑法の賭博罪・富くじ罪の扱い、パチンコの換金問題の法的位置づけなど、不合理な賭事法制の整備が先行すべきだった。依存症問題が放置されたのも不合理な法体系と無関係ではない。依存症の最大の原因提供者であるパチンコの扱いを放置して、カジノが設置できるのか、筆者は今も疑問に思っている。既に広告面などで自主規制は始まっている。当然に踏むべき手順を全く無視したカジノ推進の過程が、これ以上、競馬業界に悪影響を与える事態だけは避けなくてはならない。

※次回の更新は7/31(月)18時を予定しています。
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1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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