▲ファンからも疑問の声が多い高速馬場について徹底討論!(C)netkeiba.com
昨年のジャパンCでアーモンドアイがマークした2分20秒6の世界レコードや、本日開催された京成杯AHで1600mのJRAレコードが更新されるなど、速いタイムがでる度に話題となる“高速馬場”。ファンからは、「有力馬の故障の原因」、「海外の強豪馬の来日が遠のく」などの声が上がる中、「日本の馬場は世界一」と話すのが元JRAジョッキーの佐藤哲三さんだ。果たして、その真意は? そして騎手経験者が考える理想の馬場とは? 今回はJRAの馬場を15年以上取材している小島友実さんと共に、日本の馬場を徹底討論する。
(構成・文=小島友実)
時計がかかる方が怪我のリスクは増える!?
小島 この春の東京芝は特に時計が速かったですが、哲三さんの印象はいかがでしたか?
佐藤 馬場の手前やスタンドの上から見た中では、綺麗で走りやすい馬場でGIレースが開催されているなと感じていました。
小島 今年春前半の東京芝はとにかく状態が良かった。これに尽きますよね。そもそも昨年のジャパンCで世界レコードがでたように、東京は昨秋から良い状態のままで来て、今春もあまり傷む事なく進んでいきました。というのは、春の東京はAコースで始まって、ヴィクトリアマイルの週にBコースに替わり、ダービーの週からCコースになる。つまり、例年以上に良かった状態の中で、コース替わりもプラスに働き、春のGIは良いコンディションの中で行われた事も大きいと思います。
▲今年のダービー週、5月21日に撮影した東京芝コースの直線。この週からCコースに替わり、傷みがカバーされたため、内側が走りやすい状態だった(撮影:小島友実)
佐藤 返し馬の蹄の音を聞いても、硬そうという印象はなかったですね。
小島 私も何人かの騎手に聞いたのですが、「凄く走りやすい馬場で、硬い感じはしない。ただクッションが効いているからか、思っていた以上の時計がでる」という意見が多かったですね。そして、時計が速くなると関係者やファンの中から必ず、“速い=硬い。故障が増える要因になるのでは”という意見がでてきますよね。
佐藤 僕は速くていいと考えています。速い方が故障は少なくなると思っているから。
小島 え!? 騎手側の方から、そのような意見を聞くのは初めてです。その理由は後で伺うとして、まずは興味深いデータをご紹介しましょう。表1を見て下さい。
■表1
▲1989年から2018年の東京競馬場の芝馬場硬度と芝1600mの走破タイム。硬度は段々下がってきている(軟らかくなってきている)が、タイムは速くなっている(提供:JRA)
これは1989年から2018年までの東京競馬場の芝1600m(良馬場・古馬500万下)の平均タイムと馬場硬度の推移です。硬度は数値が高いほど、硬い事を示しています。この表を見ると、やはりタイムは速くなっている。でも硬度は下がってきていますよね。つまり軟らかくなってきているんです。実はこれ、東京競馬場だけではなく、JRA全10場で言える傾向。JRAでは近年、軟らかい馬場造りを進めていてエアレーション作業を取り入れていますから、その効果でしょうね。
佐藤 確かに、僕がデビューした1989年の頃は凄く硬くて、なんか気持ちが悪いと感じる馬場もありましたね。でも2000年すぎくらいから、硬いと感じる事は殆ど無くなりました。
小島 では今度は実際の傷害率はどうなのかを紹介します。長年、走行速度と競走馬の事故の関連性を統計的観点から研究している東邦大学の菊地賢一教授が昨年12月の日本ウマ科学会の学術集会で発表した研究結果です。1987年から2017年までのJRAの平地、芝コースの良馬場で行われたレースを分析対象とし、主要4競馬場のうち、期間中に大きなコース改修を行った阪神を除いた京都、東京、中山の3つのタイム(新馬戦と未勝利戦を除く)を分析。競走中に3ヵ月以上の見舞金対象の怪我を負った馬との関係性を調べたそうです(※分析に用いたデータはJRA競走馬総合研究所から提供されたもの)。表2は京都のデータです。左軸がタイムで右軸が傷害率。1600mの87年の傷害率は2.6%で100頭走ったら故障する馬が2.6頭いた状況が、2017年は1.1頭に減っている。表3の東京や表4の中山を見ても、タイムは速くなってきているけど、傷害率は減ってきているんです。
佐藤 僕はずっと、そう思っていましたよ。
■表2
▲京都競馬場:過去30年のタイムと傷害率の推移(1枚のグラフに掲載するためにタイムは1600mを基準として表示。1400mは元々のタイムから12秒足し、2000mは24秒引いている)。傷害率は段々減ってきている。この数年、京都は少し時計がかかってきているのは興味深い
■表3
▲東京競馬場:タイムと傷害率の推移(1枚のグラフに掲載するためにタイムは1600mを基準として表示。1400mは元々のタイムから12秒足し、2000mは24秒引いている)。ここ数年の傷害率は1.5%前後で推移している
■表4
▲中山競馬場:タイムと傷害率の推移(1枚のグラフに掲載するためにタイムは1600mを基準として表示。1200mは24秒足し、2000mは24秒引いている)。1987年は3.0%あった傷害率が2017年には1.3%に減少。京都、東京に比べると傷害率の減少率が大きい
小島 さっき、お話していた「速い方が故障は少なくなる」というのは、どうして?
佐藤 軽い馬場の方が、馬が走る時に力を要さないから。つまり、時計のかかる馬場の方が怪我のリスクが増すという事。
小島 あ〜。人間も舗装された綺麗な道より、歩きにくい砂浜を歩いた方が疲れますものね。
佐藤 でしょう。以前は股関節を脱臼する馬が多かった印象だけど、昔の馬場は今より傷みやすかったし、馬場のデコボコに脚を取られやすかった事も影響していたと思う。
小島 なるほど。
日本と海外の馬場事情
小島 あとよく聞かれるのが、「日本の馬場は時計が速いから、海外の強豪馬が来ない」という意見です。現に最近、ジャパンCに海外の大物が殆ど来なくなりました。
佐藤 海外馬の参戦が減ったのは日本馬が強くなって、その上、日本の馬場でやる以上は勝てるチャンスが少ないと思っているからですよ。昔に比べれば、軟らかくなっているのだから、馬場を来ない理由にしないでほしいって思いますけどね(苦笑)。
▲「単純に日本の馬が強くなっているから」という哲三氏の言葉が印象的だった(C)netkeiba.com
小島 あとは逆のパターンで、「日本と海外の馬場が全然違うから、日本馬がいつまでも凱旋門賞を勝てない」という声もよく聞かれます。この意見に対してはどうですか?
佐藤 僕はそれはないと思う。凱旋門賞も速い時計がでる時はあるし。日本馬が凱旋門賞を勝つためにはめちゃくちゃ長く現地に滞在して、フォームや馬体を向こうの馬場に合わせる方法がいいと思う。それか、向こうの馬場に合いそうな長方形の馬体をした馬を連れていって、一発回答で臨むか。または、キレ味がある斤量の軽い牝馬を連れていくかでしょうね。
小島 ああ。エルコンドルパサーも長期で滞在して、後半はフォームが変わりましたもんね。
佐藤 よく、日本も海外のような時計のかかる馬場にした方がいいという意見を聞くけど、海外とは施行条件が違うし、無理ですよね。フルゲートが18頭と頭数の多い日本で、なおかつオフシーズンもないから、芝を1年間のレースに耐えうるだけの傷みにくい状態にしておく必要がある。ヨーロッパの4〜5頭立て多しみたいなレースとは条件が違う。
小島 そもそも海外と日本では、路盤の構造も全然違う。雨が多い日本の路盤は水はけの良い構造になっていますからね。哲三さん、海外はどこで乗った経験がありましたか?
佐藤 2004年にフランスのロンシャン競馬場で行われた凱旋門賞にタップダンスシチーで出走したのと、2010年にアメリカのチャーチルダウンズ競馬場であったBCクラシックにエスポワールシチーで参戦しました。
小島 ロンシャンの馬場はどうでしたか?
佐藤 実際に歩いてみると、めちゃくちゃ路盤がデコボコしていましたね。自然を活かしたままというか…。
小島 ヨーロッパは元々あった土地に柵を立てて、競馬場にしてしまった所が多いから。
▲ロンシャン競馬場の馬場(撮影:高橋正和)
佐藤 凱旋門賞が終わって日本に帰国した後、確かめたくて京都競馬場に行き、芝コースを歩かせてもらったんです。その時、凄く鳥肌が立ちましたね。
小島 なぜですか?
佐藤 デコボコが全然なかった。クッションが効いているのに、靴底が凄く安定していて、歩きやすい。改めて、日本の馬場は凄いなって。今思い返しても、鳥肌がたつほど感動したのを覚えています。
小島 JRAの馬場はレースの合間や平日に作業員さんが丁寧に蹄跡補修をしてくれていますものね。
佐藤 それ以降は、ここまで手をかけて整備してくれている馬場だからこそ、騎手はより馬を怪我させない騎乗技術と、速い時計だからこそ活かせる乗り方を身につけないといけないと感じましたね。実際、僕はそこを磨いたからこそ、勝てたGIもありましたから。あと、これは他の乗り役が乗っていた馬で具体的な馬名は伏せたいのですが、騎手の馬の動かし方によって、故障に繋がったケースもあると思いますよ。
小島 どういうことですか?ではそれは後編で詳しく教えて下さい。
(後編に続く)