水曜(4日)の早朝5時半、美浦南スタンド前に“怪物”が姿を現すと、待ち構えていたカメラマンが一斉にシャッターを切った。
土曜(7日)福島の
開成山特別(3歳上500万下、芝2600メートル)で平地に挑戦する障害界の絶対王者・
オジュウチョウサン(牡7・和田郎)。週末の重賞に出走する馬が続々と追い切りを行う中でも主役は間違いなく彼だった。トレセン内でも「勝てるのか?」「単勝はいくらつく?」など話題を独占。七夕決戦を前に「オジュウフィーバー」は過熱している。
だが、光があれば影もある。追い切りを終えた怪物に一人の男が歩み寄った。15年6月から、愛馬とともに戦い、伝説を築きながらも、突如として決別することになった
石神深一だ。先日のインタビュー(月曜発行)では平地の可能性を本紙に語ってくれたが、そこで伝え切れなかった“元相棒”の葛藤をお届けしたい。
「この馬、本気で走ってないな」
そう感じた初コンビの日から、石神の格闘は始まった。「どうすれば全能力を発揮できるか?」を考え抜き、耳あてを外すことを和田郎調教師に提案。この采配がズバリ的中して集中力がアップし、「もう全く負ける気がしない」と石神が舌を巻くほど激変した。その後は周知の通り、障害GI5勝、重賞9連勝という大記録を打ち立てた。
そんな折、突然の別れが訪れた。今年5月頭、一本の電話が鳴った。平地挑戦、ジョッキーも乗り替わるという和田郎調教師からの通告だった。
「ショックでした。夏場を休ませて10月の
東京ハイジャンプから始動しようって話を聞いたばかりだったので…。最初は冗談かと思いましたね」
すぐに和田郎師に「直接会って話がしたい」と言い、翌日に厩舎へ。「馬主さんはどれくらい本気なんですか?」と問うと「100%」と返答。
「あぁ、もう冗談でも何でもないんだなって。その時に“ジョッキーも一流で”というオーナーの意向も聞かされました。2週間くらいは受け入れられなかったですね」
悪いことは重なる。自身は先月16日のレース中に落馬。上半身全体を馬に蹴られて肋骨4本を骨折、救急搬送された。踏んだり蹴ったりの状況。にもかかわらず、心のモヤモヤはある男のひと言で晴れたという。
「オーナーと先生からは今後もオジュウのサポートを頼まれ、(武)ユタカさんも“悪いね”って声をかけてくださって…。葛藤はありましたが、そういう皆さんの言葉がありがたかった。そのまま尾を引き、次に乗る馬に迷惑をかけたら申し訳ないって強く思い、現実を受け入れることができました」
さらに石神はオジュウからかけがえのないものをもらったという。
「こっちが真剣に向き合えば、それに応えてくれる馬もいる。オジュウに出会い、馬と一緒に成長できる喜びを知りました。またオジュウみたいな強い馬に巡り合えたら、この経験を生かしたい」
当日は場内に特設ワゴンが設置され、オジュウグッズが限定販売。七夕の福島はお祭りムードに包まれるだろう。その陰に隠れ、伝説を作った男は再来週から復帰する。
(童顔のオッサン野郎・江川佳孝)
東京スポーツ