1996年のドバイワールドC誕生から、今年で17年。2000年以降はドバイミーティングとなって定着した超高額賞金を誇る開催は、世界のレーシング
カレンダーの重要なひとつとして組み込まれ、複数の日本調教馬によるドバイ遠征は春の風物詩となった。今年は4冠牝馬
ジェンティルドンナの海外初戦に最大の注目が集まるが、競馬界を牽引してきた第一人者、
武豊も悲願のドバイワールドC制覇を目指し、腕を撫している。2013年春のドバイ遠征へ懸ける思いを訊いた。(取材・写真:沢田康文)
「あっどうも、お久しぶりです」
日中の気温は30度以上まで上昇する3月のドバイ。スーパーサタデーを翌日に控えた武は、決戦の地となるメイダン競馬場に颯爽と現れた。
「久しぶりにクラシックでやれる確かな手応えもありますし、こうして日本とドバイを行ったり来たりするのもジョッキーらしくて良いものですよ」
――2013年の
武豊はどうですか?と問うと、そう答えて白い歯をこぼした。1月には前人未到の
JRA通算3500勝を達成。「大きな区切りとなるひとつの通過点でした」と振り返るが、自身が想像していた以上にファンの方々が喜んでくれたことが、なによりも嬉しかったという。人々を惹きつける爽やかなユタカ
スマイルは変わるところがないが、今月15日で44歳を迎える。
「最初にドバイに来たのはもう20年以上前。ナドアルシバ競馬場が完成した時、騎手招待競走に呼んでいただきました。そのころのドバイは馬よりもラクダの方が多かった(笑)。ダート戦で後方を進んでいると、口に入る砂がしょっぱくて、後で理由を聞いたら『真水は貴重だから海水を散水している』って」
キャリアの初期から海外の競馬にも視野を広げ、世界各国での騎乗に力を入れてきた武。ドバイではこれまでにGIひとつを含む重賞3勝をマークし、最高峰のドバイワールドCでも2着する(01年
トゥザヴィクトリー)など輝かしい実績を残してきた。
「ドバイが面白いのは、欧州勢も米国勢もみんながアウェーというところ。それに、世界中からトップジョッキーが一堂に会すところもいいですね。腕比べじゃないけれど、そういう開催の競馬場の雰囲気ってジョッキールームからすごくいいんです」
日本時間9日深夜の“スーパーサタデー”では、マクトゥームチャレンジR3(GI・AW・2000m)、マハーブ・アル・シマール(準重賞・AW・1200m)で
トレイルブレイザーと
ファリダットの手綱をそれぞれ握る。ドバイ初戦を迎える
トレイルブレイザーは、今回の結果次第でドバイワールドC参戦が視野に入れられており、とりわけ力が入る一鞍となるだろう。
「トレイルは
有馬記念13着以来で状態がどこまで戻っているか心配していたのですが、先週、今週の追い切りの動きは抜群に素晴らしいものでした。何度もお話ししているように、この馬は調教での動きがそのまま実戦に結びつくタイプ。そして体調さえ良ければ、世界のトップホースとも互角に戦える能力を秘めた馬なので、明日のレースは本当に楽しみが持てそうです」
枠順は内目の3番枠。昨年のドバイワールドC覇者
モンテロッソ、
BCターフで後塵を拝した
リトルマイクなど強豪が揃ったが、最大のポイントとなるのはやはり初のAWコースへの対応か。
トレイルブレイザーは昨秋、
ハリウッドパーク競馬場のAWコースで一番時計を連発し、それが今回のドバイ遠征のきっかけともなったのだが、武は慎重な姿勢を覗かせながらこう語った。
「実は
ファリダットも調教では動いていたのですが、先週のレースでは案外でした。僕自身AWでのレース経験はまだ少ないので、どんなタイプが走るのか、感覚を掴めていないというのも正直なところなんです。それでも、トレイルは本当に攻め馬ではメチャクチャ動きますからね。“これなら”という気持ちの方がずっと強いですし、走ってくれるはずだと信じています」
ここ数年は勝ち鞍が減少してしまい、歯がゆいシーズンを送っている武だが、2013年を騎手人生にとっての“勝負の年”と位置づけている。「復活をあきらめてもいないし、気合も入っていますし、体のコンディションも良い。各路線に楽しみなパートナーもいますし、いい春が待ってくれている予感がします。ドバイでは何年も騎乗していますが、やっぱりワールドCは数あるGIの中でも別格の存在。そこに向けても、日本のクラシックに向けても、今週弾みをつけたいですね」
中東の
メトロポリスで今夜、武は渾身のムチを振う。(取材・写真:沢田康文)