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残すところあと一ヶ月?

  • 2002年06月05日(水) 00時00分
 3月4月はまだ余裕の表情を浮かべていた生産者も、さすがに5月になるとかなり真剣な様子になり、そして6月を迎えると「焦り」が出て来る。繁殖牝馬の種付けのことである。

 私の通う診療所(もちろん馬の、である)は、日高軽種馬農協荻伏(おぎふし)診療所。ここは、3月から7月までのいわゆる種付けシーズンだけ「営業」する期間限定病院?でこの間は、曜日に関係なく無休である。営業時間は午前9時からほぼ12時まで。「ほぼ」というのは終了時間が一定していないからだ。

 常駐している獣医師が2人いて、主に繁殖牝馬の子宮洗浄やエコーカメラによる診断などを行う。ピークは5月である。1日の「患者」数は多い時で35頭前後。「たったそれだけ?」と思われるかも知れないがこれは、かなりの多頭数だ。まず一頭あたりの所要時間が10分から20分ほどかかる。人間の「診察台」に相当するのが、「枠場(わくば)」で、競馬場のゲートのようなものと思って頂ければ結構だ。そこに一頭ずつ入り、診察を受ける。親子連れの場合は、トネっ子を枠場の前に立たせて抑える。

 午前9時になると、それぞれに朝の往診を終えた獣医師が車でここに「出勤」してくる。もうピーク時にはすでに、患者ならぬ患馬?を乗せた馬運車がズラリと並び、1時間から1時間半待ちという状態になっている。「受付」は、一覧表も兼ねたボードに黒マジックで生産者名と馬名を来た順番に書き入れるだけ。しかし、朝早く順番だけを取りに来て馬を後で連れてくるというのは「反則」と見なされるため、どうしても早めからここに来て待っていなければならない。先月あたりは、午前9時に診察を受けるために、8時前から待っている生産者が何人もいたほどだ。

 5月の間は、「何頭生まれたのか」「牡と牝の比率は?」などというのが生産者の挨拶代わりだったのが、6月になると、「何頭止まった(受胎した)か?」という挨拶に変る。すでに、種付けをして受胎する馬が増えてきている時期だが、中には3回目や4回目の発情を迎えた繁殖牝馬もいて、そういう馬にはもうかなり大きくなったトネっ子がついていたりする。「もう離乳できるな」などとからかわれたりして、生産者はそろそろ何とか受胎させなければ、と焦る時期なのである。

 馬の妊娠期間は約11ヶ月。従って、種付け日から1ヶ月早めた日を出産予定日として算出する。5月中に種付けをすれば翌年は4月の出産予定である。それが、順調に受胎しないと、種付けはどんどん遅くなりそれに伴って出産予定日もどんどん遅くなるわけである。

 しかし、普通の種牡馬ならば、不受胎でもやむを得ないと諦めがつくが、中には当然、サンデーサイレンスやブライアンズタイムといった一流種牡馬を配合している繁殖牝馬もこの診療所に来るわけで、そういう馬の場合は、受胎するかしないかでは大変な違いとなる。なかなか受胎せずに種付けの時期が遅くなってもとにかく「止めなければ」と生産者は考える。だからこういう「勝負のかかった馬」は、7月であっても場合によっては8月に入っても種付けに行くことになるのだ。

 とはいえ、普通の場合は、まず6月一杯がだいたいリミットだろう。そうすると、馬は3週間で一回の排卵周期を迎えるので、後何回も種付けができないから、焦ることになるのである。

 6月には、いよいよ一番牧草の収穫も始まる。生産者はこの季節、休む暇がない。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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