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戦略と協力体制

  • 2010年12月10日(金) 11時00分
 野球の世界ではオークランド・アスレチックスが岩隈の獲得を断念したということが話題となっている。

 そのオークランドのGMであるビリー・ビーンは、「マネーボール」という本(ビーンの著書ではない)で一躍有名になった。

 それまで(そしていまでも多くの場面では)、メジャーリーグの新人獲得やトレード等は、スカウトやスコアラーの経験や勘を土台にして行われていた。

 そこに一石を投じたのがマネーボールという考え方で、時には野球経験の全くないアナライザー(ハーバード卒だったりする)が球団運営に参画し、過去の成績データと、そこから算出される戦術的な期待値を主たる指標として編成を行っていくのである(蛇足ながら、それを考えるとオークランドの高額入札は、最初からMLB入り阻止だけを目的にしたもののようにも思える)。

 その結果として、オークランドは当時編成予算の乏しい球団でありながらレギュラーシーズンでは好成績を収め続けたのであるが、そのような手法は多くの「野球関係者」から反発を受けた。長年の野球経験に基づく眼力が、データやら統計やらに負けるわけがない、という反発である。

 ここまで書けばお分かりだろうが、実はこれ、競馬の世界にも応用できる話なのではないだろうか。

 競馬の世界も、経験を重んじ、相馬眼という特殊能力を信奉する世界である。

 もちろん、相馬眼という概念に意味が無いというわけではない。私から見てもプロだと感服するしかない力量の持ち主はいるし、経験を積むにつれて馬のことが分かるようになるというのは当然のことである。

 ただ、それが万能かというと、そうはいかない。また、たとえば本物の馬主さんがいくら経験を積み、牧場で下見を重ねたところで、生産者であるとか、生産地周りを熱心にしている調教師、あるいはエージェントには勝てないと考えるのが理屈だろう。なにしろ馬主さんは本業を持っていて、一方で生産者やら調教師やらは馬を本業として毎日そこだけを見つめていられる。

 一方で、馬を購買するシーンにおいては、馬主が最も強い決定権を持つ。極端な話、全く相馬眼の無い馬主が自分の相馬眼を過信していたとしても、調教師やエージェントがそれにダメを出すということはありえない。例えるならば、ナベツネが「あいつを取ってこい」と命じたら、ポンコツ選手に巨費を投じてしまうことがあるかもしれない……ということである。

 実はここに、資金力に劣る馬主がチャンスを得るポイントがある。

 セールにおいてゲリラ戦を仕掛けなければならない立場の馬主は、もっと客観的な指標を重視したほうがよいと思う。そうやって自分の方程式に合う馬を絞り込み、そこから先は調教師に脚元を見てもらうなど、「経験と勘の世界」についてプロの助けを得ればよい。戦略と協力体制が、低予算での成功を可能とする。

 相馬眼という概念はなんとも魅力的で、そのエルドラドを追い求めたくなる心情というのは確実に存在する。偉そうなことを書いている私自身でさえ、過去にセールで失敗を重ねたこともある。

 問題はどれだけ早くその状況から脱するかだ。相馬眼というファンタジーを否定する必要はないが、それだけに頼ってはいけないという醒めた目も獲得した人が、少ない予算で効率的な成功を収めるのだろう。相馬眼と突破力のみに頼っていいのは、ナベツネやスタインブレナー級のビッグプレイヤーだけだと思う。そこまで来ると採算性とか費用対効果の問題ではないはずなので、私のような貧乏性が口を出すべき世界ではない。

筆者:須田鷹雄
 1970年東京都生まれ、東京大学経済学部卒業。POGの達人としても知られ、監修を務める“赤本”こと「POGの達人」(光文社刊)は、POGユーザー必携の書と言われている。netkeiba.comでは「回収率向上大作戦」も担当している。

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