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エクリプスS制覇ソーユーシンクを巡る検疫問題

  • 2011年07月06日(水) 12時00分
先週末、「検疫」がポイントとなるトピックが2つ、競馬サークルで大きな注目を集めた。

 1つは、7月2日にサンダウン競馬場で行われたG1エクリプスS(10F7Y)を制したソーユーシンク(牡5、父ハイチャパラル)を巡る「検疫」だ。

 昨年の欧州3歳牡馬チャンピオン・ワークフォース(牡4、父キングズベスト)を、あと1ハロンの地点から鋭い末脚を発揮して差し切り、欧州移籍後では2度目、豪州在籍時代を含めれば7度目のG1制覇を果たしたソーユーシンク。

 豪州中距離路線に出現した近年最強馬との触れ込みで移籍し、欧州での受け入れ先となったエイダン・オブライエンが「こんなに強烈なオーラを放つ馬を、これまで見たことがない」と持ち上げるだけ持ち上げていただけに、前走ロイヤルアスコットのG1プリンスオヴウェールズS(10F、6月15日)でリワイルディング(牡4、父タイガーヒル)に競り負けた際には、「評判倒れ」の声が聞かれたのだが、これで再び「スーパーホース」としての地位を取り戻すことになった。

 そのソーユーシンクが今後どのような路線を歩むのか、関係者にとってもファンにとっても大きな関心事である。王道を行くのであれば、秋最大の目標となるのは10月2日にロンシャン競馬場で行われる欧州2400m路線の総決算G1凱旋門賞であり、大手ブックメーカーの半ば以上は、エクリプスSの結果を受けてソーユーシンクを前売り1番人気の座に戻している。

 一方、凱旋門賞参戦が選択肢の1つであると言いつつ、管理するオブライエン師がエクリプスS後に挙げたもう1つの可能性が、豪州への凱旋帰国だった。具体的な目標とし上がったのが、10月22日にムーニーヴァレイ競馬場で行われるG1コックスプレート(2040m)である。

 コックスプレートは、豪州中距離路線におけるチャンピオン決定戦的位置づけにあるレースで、総賞金305万米ドル(約2億4400万円)、1着賞金180万米ドル(約1億4400万円)と、賞金面でも世界有数の水準を誇る。さらに主催者のムーニーヴァレイ競馬場は、今年からこのレースを「国際招待競走」として催すことを決め、海外から参戦する馬と関係者の渡航費用を主催者負担とすることを既に発表していた。

 そしてコックスプレートは、2009年、2010年と、ソーユーシンクが2連覇しているレースだ。すなわち、ソーユーシンクがこの秋目標とするレースとして、様々な条件が整っているのが、コックスプレートなのである。

 ところが、ソーユーシンクの「逆輸入」に待ったをかける形となったのが、検疫問題であり、これを司る豪州政府だった。豪州政府は、ソーユーシンクが本拠地としているエイダン・オブライエン師の調教施設「バリードイル」を、出国検疫を行う場所として「認定しない」と通告したのである。

 なぜ検疫施設として認めないのか、その理由については未確認だが、おそらくは、施設内にある検疫用厩舎と、バリードイルを調教場として使用している他の馬たちとの「距離」が問題になっているものと思われる。具体的に言えば、検疫用厩舎からそれほど離れていない地点に、エイダン・オブライエン厩舎の所属馬が日常的に「居る」もしくは「通過する」場所があるのであろう。

 なぜそういう推測が成り立つかと言えば、実は日本の「美浦トレーニングセンター」が、同様の通告を受けているからだ。

 御存知のように、海外遠征を行う日本馬は美浦で出国検疫を行うことが多いが、昨年秋に豪州に遠征し、G1コーフィールドCとG1メルボルンCを戦ったトウカイトリックが出国検疫を行ったのは、府中の東京競馬場であった。なぜなら、美浦調教馬が馬場入りする際に通る道との距離が近すぎるという理由で、豪州政府が美浦の検疫厩舎を、豪州向けの出国検疫の場所として認可しなかったのである。

 検疫協定とは、基本的には関係国同士の「2国間協定」であるゆえ、ある国は認めるが別の国は認めないというケースが、往々にして起こりうる。

 ソーユ−シンクが豪州に渡るには、豪州政府が認めた場所で出国検疫を行う必要があるが、すなわちそれは、本拠地バリードイルを離れた場所で検疫期間を過ごさなくてはならないことを意味する。陣営がそこまでして「凱旋帰国」にこだわるか、現状では否定的な見方が多く、従って秋の目標は凱旋門賞になる公算が強まっている。

 先週末に浮上した「検疫」を巡るもう1つの話題が、7月2日に南アフリカのグレイヴィルで行われたG1ダーバンジュライ(芝2200m)を制したイグーグー(牝3、父ガリレオ)に関するものだ。

 ダーバンジュライと言えば、南アフリカのシーズン掉尾(ちょうび)を飾る、この国のチャンピオン決定戦的位置づけにあるレースである。当然のことながら、南アフリカのこの路線を代表する精鋭が集ったわけだが、そんな中で単勝1番人気に推されたイグーグーが、牡馬も古馬も蹴散らして優勝したのである。

 デビューしたのは、3歳シーズンがスタートしたばかりの昨年8月26日で、以降ダーバンジュライまでにイグーグーは10戦を消化。ダーバンジュライ以外にも、G1サウスアフリカ・フィリーズクラシック(芝1800m)、G1ウーラヴィントン2000(芝2000m)など4重賞を制し、通算7勝を挙げた彼女は今、南アフリカに出現した史上最強の3歳牝馬との呼び声が掛かる存在となっている。

 そのイグーグーを管理するのが、マイク・ドゥコック調教師だ。管理馬がドバイ開催で大暴れし、さらには2008年の香港Cをイ−グルマウンテンで、2010年のシンガポール国際Cをリザーズディザイアで制したことで、日本を含めたアジアでもすっかりその名が知られるようになった名調教師である。

 であるならばイグーグーにも来年春のドバイ遠征、あるいはドゥコック師が厩舎を構える英国ニューマーケットに移動して欧州の大レースを狙うプランが浮上してしかるべきところだが、これに待ったをかける形となっているのが検疫問題であった。

 今年3月、南アフリカの西ケープ州で African Horse Sickness(AHS=アフリカ馬疫)の発生が確認され、以降、南アフリカからの馬の輸出は原則禁じられているのである。

 アフリカ馬疫とは、蚊など吸血昆虫を媒介に広まるウィルス性の家畜伝染病だ。アフリカでは過去頻繁に発生している他、ヨーロッパでも1980年代後半にスペインで発生した記録が残っている。罹患すると高熱を発して呼吸困難に陥り、致死率も非常に高いという恐ろしい病気だ。

 南アフリカ農林水産局からアフリカ馬疫発症を報告があると、欧州連合はただちに、向こう2年間にわたって南アフリカからの馬の輸入を禁じる処置を講じた。

 すなわち、イグーグー自身はいかに健康であろうとも、彼女が欧州行きのフライトに乗ることは許されないのである。

 現状の協定によれば、南アフリカの馬を、アフリカ大陸の東、インド洋のマスカレン諸島に位置するモーリシャス共和国に移動することは可能で、モーリシャスで3か月の検疫期間を経れば、欧州への入国を認められる可能性はある。だが、モーリシャスで現役馬が3か月を過ごすことは実際にはほぼありえず、南アフリカ調教馬は2013年3月まで、国内のレースに専念せざるを得ない状況だ。

 イグーグーがドバイや欧州で走る姿を見たいというのは、関係者はもちろんのこと、世界中のファンの願いではあるが、実現の可能性は極めて薄いのが現状である。

▼ 合田直弘氏の最新情報は、合田直弘Official Blog『International Racegoers' Club』でも展開中です。是非、ご覧ください。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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