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軽種馬生産業という仕事

  • 2002年11月18日(月) 20時39分
 今週は何か明るい話題を提供したいと最初考えていた。しかし、今朝(11、18)になって地元北海道新聞の社会面に、今の生産界を象徴するような暗いニュースが掲載されていたので、急遽それを取り上げたいと思う。

 そのニュースというのは、一家心中である。門別町本町の門別漁港に軽乗用車が沈んでいるのを門別警察署員が発見し、中から男女4人の遺体が見つかったというもの。この4人は門別町内の牧場主Tさん一家で、夫42歳、妻40歳、そして二人の娘(小学校5年生と2年生)だという。

 新聞によれば、このTさん一家は今月12日頃より行方不明となり、家族(父親)より警察に捜索願が出されていたとのこと。無理心中を図ったものという見方が有力で、遺書も見つかっているのだそうだが、それにしても本当の動機はいったい何だったのだろうか?

 遺書には「借金がある」との記述があったというが、その借金も果たしてどれほどの金額だったものなのか、今の段階では何とも判断のしようがない。門別町の同じ地区で牧場を営む知人によれば、亡くなったTさんは「とにかく真面目で温厚な人柄だった」そうである。「だから、例えば酒を飲んで騒ぐようなこともなかったし、どちらかというと物静かで思いつめるようなタイプに見えた」という印象を持たれていた人物らしい。生産牧場に限らず、どんな業界でもこのところの不況やリストラなどで、日本では今や年間3万人もの自殺者を数える時代だ。しかし、やはりある意味で図々しく開き直れるくらいの性格を持たなければ、借金などできないのかも知れない。生産牧場を営んでいる限り、ほとんどが、まず借金と縁が切れるということはない。有り余る自己資金を原資に生産牧場を始めるのは一部のオーナーブリーダーくらいのもので、多くの牧場は繁殖牝馬を購入するのも種付け料を捻出するのも、農機具を買うのも、みんな融資を受けて資金調達をする。

 借りたものを計画通りに返済して行けば借金は膨らまないものだが、馬は生き物であり、不慮の事故もあれば、不受胎や生後直死などのアクシデントも少なくない。いわば必ずしも計画通りにならないのがこの仕事の難しさである。その結果、返済できると思っていた借金が、約束通りに返済できなくなることは日常茶飯事で、かくして借金が思った以上に膨れることにもなるのである。

 例えば、私の住む浦河町の牧場が所属するのは「ひだか東農協」だが、約300軒ほどの牧場で、240億円ほどの借金を抱えていると言われている。というのも、組合員数700軒弱で、255億円の借金があることしか明らかにされていないのでその中の生産牧場で借りている借金の総額は推測の域を出ないからである。

 しかし、もしこの数字が本当だとすると、一軒当り約8000万円という金額になる。昨今の経済情勢を考えると、返済はかなり難しいと言わざるを得ない。

 とはいえ、多くの牧場主たちは、今更借金のことをくよくよ考えても仕方がない、と思うことにしている。本来はそんな能天気な発想では許されないのだが、そうでも考えなければまともな神経ではやって行けないと、ある意味の開き直りの精神で牧場を続けているのである。

 Tさんにいったいどんな辛いことがあったのだろう。「少しくらいの借金があったって、そんなものどうということはないじゃないか」と同業者の友人知人はみんな異口同音に口にするのだが、Tさんの心の内はやはりTさんにしか分からない。

ともあれ、合掌。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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