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柴田大知騎手インタビュー Part3

  • 2011年12月19日(月) 12時00分
有馬記念の前日に行われるGI・中山大障害。春の大一番・中山グランドJを勝利したマイネルネオスとのコンビで、2011年障害GI完全制覇を狙います。来年定年を迎えられる稲葉隆一調教師のためにも、どうしても勝ちたい戦い。柴田騎手にネオスの実力を伺います!(12/12公開Part2の続き)


『ネオスは本当にすごい』

赤見 :今年の大知君の活躍には、目を見張るものがあります。6月の東京ジャンプSで14年ぶりの重賞勝利、7月には中山グランドJで人生初のGI勝利、そして10月には東京ハイJを勝利。

柴田 :今年だけで重賞3つですからね。なんだか、すごいですね。

赤見 :また、東京ジャンプSのマジェスティバイオが、田中剛先生の管理馬というのも。

柴田 :そうですね。剛さんは現役時代本当に売れっ子で、乗り切れない馬を僕に回してくださったんです。それが、本当に良い馬ばっかりなんですよ。なのに僕がなかなか結果を出せなくて。だから、剛さんの厩舎の馬で勝ててうれしいです。少しは恩返しができたかなって。

赤見 :先生の厩舎にとっても初重賞でしたしね。先生に「(東京ジャンプSは)どこで勝ったと思いましたか」って聞いたら、「最終障害の前に内に入った時」って。

柴田 :おお〜。

赤見 :マジェスティバイオではよく内を突きますけど、そのためには最終障害の前で内にいないといけないということで、あの辺が勝負のポイントになったんですね。

柴田 :そうですね。障害ってあんまり外を回ると厳しいんですよね。コースが、ダートコースのさらに内だから、コーナーがものすごくきついんです。1頭分外を回るだけで脚を使わされちゃいますからね。

赤見 :なるほど。

柴田 :ただ、内に入れると今度は詰まって動けないというのもあります。我慢してピュッと動ける馬ならいいんですけど、障害は負担重量が多いし距離も長いし、最後までスタミナが残っている馬ってそういないんですよ。

赤見 :難しいところなんですね。過酷な障害レースの頂点が、大障害を飛ぶ中山グランドJと中山大障害ですよね。その中山グランドJを、今年、マイネルネオスで勝利!! あの大障害を全馬無事に飛ぶと、ファンの方が拍手するじゃないですか。あれは違ったドラマがありますよね。あの高さを飛ぶためには完歩を合わせることが大事なのかなと思うのですが、完歩を合わせるって難しいですよね?

柴田 :結構難しいですね。難しい。なるべく馬にぴったり合わせて飛ばしてあげようって考えます。でも、マイネルネオスやマジェスティバイオみたいに本当に上手い馬は、合わせなくても上手くこなすんです。障害で走る走らないっていうのは、その辺の差がありますね。

赤見 :そうなんですね。完歩ってその馬その馬に合わせて作りますよね。遠目で飛ぶのか、もう1歩詰めて飛ぶのか、どこで判断しているんですか?

柴田 :力のある馬なら遠目から飛ばしていいんですけど、遠目から飛ばすのは、本当は危ないんです。躓いたりひっくり返ることが多いので。でも1歩入れると、そこでちょっと遅れるんですよ。それが続くと、だいぶ遅れちゃうんです。

赤見 :ボッコンってなっちゃう。

柴田 :そうです、そうです。乗っていると分かるんですけど、一緒に飛んでも半馬身遅れるんですよ。そういうちょっとしたことを少しずつ減らしていくと、最後の脚につながるので、すごく大きいですね。

赤見 :その辺り、マイネルネオスとの呼吸はどうだったんですか? どの辺りで勝てると思いましたか?

柴田 :勝てるとは思わなかったですね。あの馬は特に手応えのない馬なので(苦笑)。進んで行かないし、最後も手応えはないし。しかもあの時マイナス16kgだったので、「調子が良くないのかな」って思ったんです。急きょあの時期にレースが組まれたから。

赤見 :震災の影響で春の中山開催がなくなったから。

柴田 :そういう状態で勝てるレースでもないので、「良い時に比べたらまだ本当じゃないのかな」って、最終障害を飛ぶまで思っていたんですよね。

赤見 :しかもその最終障害では、先頭にいた馬が転んでしまうアクシデントもありましたもんね。

柴田 :そうですね。最後の直線では、前にいたメルシーエイタイムと結構差があったんですよ。「ああ、これは追いつかないや」という感じだったんですけど、最後、馬がすっごく伸びたんですよ! あの馬、本当、すごいですよ!!

赤見 :!!

柴田 :本当にびっくりしました。分かっているんですよね、「ここから必死でがんばろう」って。あれだけ経験しているだけあって、ゴール板がどこか知っているんです。さすがですよ。

赤見 :ぞっこんですね。中山大障害もそのマイネルネオスとのコンビ。管理する稲葉隆一先生は来年ご定年なんですよね。

柴田 :そうですね。だから最後にね、勝ちたいですね!

赤見 :楽しみ! やっぱりGIを勝つというのは大きいですよね。中山グランドJは稲葉先生にとって13年ぶりのGI勝利でしたし、そして何より大知君にとっては人生初のGI勝利でした。あのゴールの瞬間は、お客さんの声援は聞こえましたか?

柴田 :その時はあんまり聞こえなかったんです。でも後からスタンドを見たら、すごい数のお客さんで。こんなにたくさんの方が見てくれていたんだって。

赤見 :そうですよね。あれだけのお客さんが見守る中で、あの涙の勝利インタビューですよ。あれは今年一番の感動じゃないですか。

柴田 :ああ。自分でも「いや、これは泣くな」と思って(照笑)。

赤見 :本当ですよ。私も泣きました。あれは、見ていた人みんな泣きましたよ。みんなきっと「応援して良かったな」って思ったと思います。

柴田 :うれしいですね。なんかね、一生懸命やっていれば何かあるのかなって思いましたね。

赤見 :そうですよね。それを証明してくれましたよね。


◆柴田大知騎手と一問一答
Q.障害で騎手の駆け引きは、どういうところにあるんですか?

柴田 :障害は乗っているメンバーがだいたい一緒なので、「この人は内を狙う」「この人は内を空ける」っていうのが分かるんですよ。みんな分かっていると思います。で、1周目より2周目の方がみんな動くので、その時ですかね。

赤見 :それぞれの癖が頭に入っていて、動いているってことですね。

柴田 :その辺は(横山)義行さんは上手いですね。あれだけの結果を出しているのが分かりますね。上手いです。

Q.障害で気をつけていることは何ですか?

柴田 :やっぱり馬に無理をさせると危ないですよね。最初はそれがよく分からなくて、平地と一緒の感覚で「みんな動いているから動かなくちゃ」って、馬の手応えやスタミナを考えずに行っていたから、結構ひっくり返っちゃったりして。

赤見 :そうだったんですか。

柴田 :今は「ここまで上手くこれたから、ここから行っても脚は残っているだろうな」って考えて仕掛けています。


◆柴田大知(しばただいち)
1977年6月18日生まれ、栃木県出身。元JRA騎手で現在調教助手の柴田未崎は双子の弟。同期は福永祐一や和田竜二ら。「競馬学校花の12期生」として、96年に美浦・栗田博憲厩舎からデビュー。97年、ラジオたんぱ賞をエアガッツで制して重賞初勝利。11年、マジェスティバイオの東京ジャンプSで14年ぶりの重賞勝利を果たすと、翌7月にマイネルネオスで中山グランドJを勝ち、GI初制覇も果たした。通算成績は148勝、うち重賞4勝(12月16日現在)。


次回は柴田大知騎手インタビューの最終回。どん底からはい上がり、2011年に再ブレイクを果たした柴田騎手。男性ファンからの支持も熱いのは、その生き方にひかれるからではないでしょうか。次回はそんな柴田騎手の、ホースマンとしての生き様に迫ります。公開は12/26(月)、ご期待ください。

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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