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ひとつのたとえ話

  • 2012年05月05日(土) 12時00分
 当コラムではたびたび野球の話を書かせてもらっています。「競馬のコラムなんだから競馬の話を書け」というご意見があるのは覚悟の上。今回はひとつの“たとえ話”です。

 ストレートが滅法速くてフォークボールの落ち方も並じゃないのに、コントロールはメチャメチャというピッチャーがいました。

 彼がチームの主力として投げ始めた頃は、完封かノックアウトかという、両極端のピッチングの繰り返し。でもそのままでは、安定した成績を収めることはできません。監督、コーチは必死の思いで彼を鍛え上げます。すると、そこそこのコントロールがつけられるようになりました。適当な荒れ球は、相手に的を絞らせないとか恐怖感を与えるとか、いい意味での武器として使えることにもなったわけです。

 それから彼の快進撃が始まりました。奪三振記録を作ったり、ノーヒットノーランを達成したり。とにかくハンパじゃないピッチングを披露して、「何年に1人の大投手」ともてはやされます。

 ところがある日、なんでもないバッターに、打たれるはずがないと思って投げた球をチョコンと当てられて、ヒットを許します。そのとたん、彼は我を忘れてカッとなってしまいました。とにかく三振だけを狙おうとムキになって、コントロールを乱していきます。

 キャッチャーは何とか彼をなだめようと、打たせて取る球ばかりを要求。サインが合わず、バッテリーのリズムは壊滅状態に陥りました。それでも最後は、目の覚めるような快速球を投げ続け、ラスト3イニングスで9者連続奪三振という“怪投”を見せたんです。

 その試合は、チームにとって優勝への足がかりを作るための大事な一戦でした。それにもかかわらず、彼の突然の乱調で思わぬ黒星。優勝するためには、次の試合で彼にもうひと踏ん張りしてもらわなければいけません。

 そこで、次回の登板へ向けての新たな練習を始めます。ブルペンで自チームのバッターを打席に立たせてのピッチング練習です。バッターにぶつけたらタイヘン。そのことを強く意識しながら投げたところ、改めてまずまずの制球力を身につけることができました。

 そして迎えた優勝をかけての大一番。彼はストライク先行のピッチングで上々の滑り出しを見せたかに思われました。しかし、持ち味の荒れ球は鳴りを潜めたまま。ストレートに球威はなく、フォークボールの落ち方も小さくなって、勝負どころでいとも簡単に連打を許してしまいます。結局、今までにない形でのノックアウト。チームは優勝を逃してしまいました。

彼が誰のことか、もうおわかりですよね。もちろん、この“たとえ話”が“それ”にすべて当てはまっているとは思いません。とはいえ、勝負の世界には、競技が違ってもよく似たことがあるような気がします。さて、この話の続きはどうなるんでしょうか?

テレビ東京「ウイニング競馬」の実況を担当するフリーアナウンサー。中央だけでなく、地方、ばんえい、さらに海外にも精通する競馬通。著書には「矢野吉彦の世界競馬案内」など。

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