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エゾシカ大量発生?

  • 2003年05月12日(月) 19時09分
 北海道にいる野生動物といえば、羆(ひぐま)とキタキツネが代表的なものだが、エゾシカもまた多い。

 しかも近年様々な調査の結果、かなりの勢いで頭数が増加しつつあるという。その傾向は私たちでも遭遇する機会の多さから身をもって実感できるものだ。本当にかなりあちこちで見かけるようになった。

 それどころか、春本番(北海道はようやく桜が終ったばかり)となり、エゾシカの群れが人里に降りてくるようになった。目標は青草である。私の牧場でも先日、急に1歳馬が暴れ出したと思ったら、厩舎のすぐ近くまで5〜6頭の群れが一列縦隊で山肌を駆け下りて来ていた。

 驚いたのは馬である。見たことのない(しかも自分たちと割りに姿の似ている?)動物が集団でいきなり現れたのだ。臆病な牝馬たちはとりわけ狂奔し、しばらく放牧地を全力疾走して回った。すると、勢い余ったのか、2頭のうちの1頭が牧柵に激突し、肩口とあごの近くの二ヶ所に裂傷を負った。

 傷口は深くなかったが、やや広い範囲で皮膚を裂いてしまい、その日の夕方、麻酔注射をしての大縫合手術となってしまった。そんなわけで少しの間、この牝馬は厩舎の中で大人しくさせておかねばならなくなった。

 これは放置しておけないと思い、翌日すぐさま町役場に電話をしてエゾシカの駆除を依頼することにした。観光客ならばともかくも、地元の人間(とりわけ牧場関係者)にとっては、ほとんど害獣である。百害あって一利なしとはこのこと。まず馬たちを驚かせることと、牧草を食べ尽くしてしまうことで迷惑極まる存在なのである。

 頭数が増えたことで交通事故も多発するようになった。例えば、早朝牧場を往診して歩く獣医師は、たぶん例外なくエゾシカの一頭や二頭は轢き殺しているはず。もちろん車も大破してしまうため、それは車両保険で修理しなければならない。エゾシカは大体群れて歩く動物なので、道路を横断している場面に遭遇したら万事休すなのだ。先頭を行くシカに強引について行こうとして、後続するシカたちも必ず道路を渡り始める。獣医師は平均してスピードを出して走るため、事故率が高くなってしまうのである。

 駆除の方法は今のところ、地元の猟師に依頼するしかない。しかし、牧場地帯に現れるエゾシカに発砲するのは現実問題としてかなりの制約を受ける。昨秋、馬に向かって発砲してしまったハンターのことを書いたが、日の出から日没までの狩猟時間に、道路や川を挟まない位置から発砲しなければならず、しかも、倒したエゾシカの処置はハンターの責任である。そして、発砲による音の問題もある。周囲の牧場に馬が放牧されている環境を考えると、駆除するために闇雲に鉄砲を撃ちまくるようなわけには行かないのだ。

 知人の牧場など、今では仲良く1歳馬たちとエゾシカの軍団とが同じ放牧地で“共存”しているそうだ。

 最初はびっくりしていた馬たちも、さすがに毎日10頭以上のエゾシカが同じような時刻に山から下りてくるようになると、しまいに慣れてしまうらしい。今では、もちろんいっしょに遊ぶところまでは行かないものの、お互い適度の距離を保ちながら普通に生活?できているという。

 慣れとは恐ろしいものだが、私の牧場の馬たちはそこまでまだ免疫ができていないので、すっかりパニックになってしまったというわけだ。

 しかし、こんなことが再々起こるようになると、自衛のために私も猟銃を所持したくなってきた。まったく困ったものである。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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