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特別編:恩師・川島正行調教師インタビュー『戸崎騎手の移籍は、ひとつの節目に』

  • 2013年03月25日(月) 12時00分
今回の「おじゃ馬します!」は戸崎圭太騎手インタビューの特別編。戸崎騎手の恩師・川島正行調教師の独占インタビューです。年間勝利数二桁だった戸崎騎手が、ピーク時には387勝をも叩きだす南関不動のトップジョッキーに。そこに隠された、知られざる師弟のエピソードとは。

おじゃ馬します!

戸崎騎手との出会いは7年前

赤見 :最初に戸崎ジョッキーを厩舎の主戦として起用されたきっかけというのは?

川島 :内田(博幸)君が中央に行くことが決まって、それで「自分もリーディングを獲りたいです。力を貸してください」って、戸崎君がうちに来たのがきっかけでね。それが7年くらい前だったかな。

赤見 :その時の印象というのはいかがでしたか?

川島 :「若々しい青年だな」というのが第一印象。それで、「分かった。ただ、勝つのは生ぬるいものじゃないよ。厳しく言う時もあるし、うるさい時もあるだろう。大変だろうけど、それについて来られるのであれば、厩舎には良い馬もいることだから、応援してやる」と、そういうことで始まったの。

赤見 :技術的なところはどう見られていましたか?

川島 :その頃はまだ、「勝ちたい、勝ちたい」が先行していたよ。だから「強い馬に乗った時に余裕を持って、技術にも余裕を持って、ひとつひとつ反省をして、直していくところは直していこうという気持ちで乗っていなきゃダメだ」ということは、よく伝えていたな。

赤見 :一番思い出に残っているレースってありますか? たとえば、先生がすごく怒ったとか?

川島 :あぁ、そういうことは何度かあったな(笑)。「なんでここで動くのか。そんなに急ぐものでもないだろう」と。まあ、そういうことは内田君も同じだったけどね(笑)。逆に「ここで行け」という時は、それこそ自分の目でパッと見た時には行動に移っていないと。光が目に入ってから動かしていたんじゃもう遅い。目に映った時に動かないと。0コンマいくつの勝負だから。

赤見 :はい。

川島 :そういう経験を私もしてきたからね。「間違えるなよ。俺だって(レースに)乗っていた頃はリーディングを獲ったこともあるんだから。その経験を教えているんだから」と。私にそういうことを言われて、ずいぶん嫌な思いもしたんじゃないかな。私が嫌な思いをしたってことは、言われた戸崎君はそれ以上に嫌な思いをしているはずだからね。「なんでここで叱られるのかな」という思いもしただろうけど、そういうのをひとつひとつクリアしていって、今の戸崎圭太があるんじゃないかな。

赤見 :ちなみに、「もうクビにしようかな」って思われたことはないですか?

川島 :替えようかなと思った時もあるけど、やっぱりそこで替えちゃうとね。私にすればかわいそうだなと思うし、相手に対して失礼だなとも思うしね。そういう時は「テキ、今日は俺こういう失敗しちゃったのに、黙って帰っちゃったな」「なんで何も言わないで、聞きもしないで帰っちゃったのかな」って、自分で反省をした時もあっただろうしね。そういうことも、本人のために何も言わない時もあったよ。

おじゃ馬します!

内田騎手と戸崎騎手の違いは?

赤見 :内田ジョッキーと戸崎ジョッキーではタイプが違うと思うんですけど、先生からご覧になってどうですか?

川島 :内田君は体育会系だからね。さっきの、レース中の判断っていうのは速かったな。戸崎君はちょっと、手がかかったかな(苦笑)。

赤見 :そうなんですか。だからこそ、ですか? JRAの騎手試験に合格したって圭太さんから報告を受けた時は、涙が止まらなかったって。

川島 :……うん。

赤見 :それだけこう、先生にとって、手はかかっても可愛い弟子という。

川島 :そうね。内田君の時はね、そんなこともなかったんだけれども。自分の体もまだ健康だったからね。だけど、体を壊して、そういう中で戸崎君を育てて中央に送れたっていうことはね。

まあ、これだけ勝ったし努力もして勉強もしていたから、合格するなっていうのは俺は分かっていたよ。感触的にね。でも、私にとっても、さみしいですけどね。家族がひとりいなくなった気持ち。そう思うとね……、涙が出るわ。親の前だってね、涙なんて流したことないよ。だからこそね、やっぱり向こうに行って頑張ってもらわないと。

戸崎君にも言ったし、内田君にも言ったんだけど、“お前たち、仲良くやれよ”と。“せっかく中央に行ったんだから、いっぱい支え合って、一緒に中央を盛り上げていけよ”って言ったんだよ。

赤見 :人気のあるお2人ですから、競馬界を盛り上げて欲しいですね。これからも楽しみですね。

川島 :後は裏で見ているしかないな(笑)。

赤見 :また次のリーディングを狙うジョッキーたちから、「お願いします」っていうのも??

川島 :ん〜、まあ何人かはね。私に直接じゃないけど、知り合いにそういう話がいくみたいで。今日も電話があって「頼む頼むって、あちこちからきてしょうがない」って(笑)。

人間と人間とのお付き合いだからさ。やっぱりコミュニケーションを上手く取れなければ、良い結果はついてこない。そういうところで戸崎君は、装鞍所でスマートに「先生お手伝いしましょうか」って言ってきたからね。そういう子は少なくなったよ。でも、そういうちょっとしたことからね、「こういうふうにお手伝いをしてくれているから、乗せてあげてくださいよ」って、オーナーにもお願いができるわけで。

赤見 :そういう熱意が見られると。

川島 :そう。若い子を育てていくためには、そういうことも視野に入れて考えてあげないと。そういうのはスタッフにも言うの。チャンスをあげてやってくれよと。同じ人ばかりでレースに乗っていたって、今はファンも目が肥えているんだからさ。そういうことも大事だって、いろいろ話しているんだけどね。

赤見 :川島先生は馬だけじゃなくてジョッキーも育てていらっしゃいます。また、圭太さんに代わるスタージョッキーを。

川島 :うん。そういうふうに育てられればいいんだけど、それでも最低7年くらいかかるわけだから。そこまで体がもたないよ(笑)。

赤見 :いやいやいや。本当に先生は、地方競馬を背負っていらっしゃいますから。

川島 :ん〜、それは分かるけど、俺もそんなに長くはやっていられないかな。体もこういうふうになったからね。ジョッキーも3人リーディングを育てて(石崎隆之騎手、内田博幸騎手、戸崎圭太騎手)、馬もフリオーソみたいのを育てたし。

赤見 :アジュディミツオーもいたし。

川島 :ミツオーね。まあこれからは、息子である正太郎を育てようかなと。じゃないと地方競馬がね、入場人員から売上から落ち込んできているわけだから、やっぱりここでスターを作らないと、それこそ廃止に追い込まれちゃう。赤字では、競馬はやっていられないよ。

赤見 :正太郎君が、いつかは南関を背負うように。

おじゃ馬します!

これからは自分の夢も

川島 :まあ、育つか育たないかは分からないけど(笑)。でも、ジョッキーのライセンスを取って5年。泣きごとひとつ言わず、調教師の背を見て、戸崎君の乗っている姿をずっと見てきてね。だから、応援してあげようかなと。

赤見 :素敵な夢ですね。

川島 :そういう構想はあるんだけど、まあ、いつかは自分も引退をしなくちゃしょうがないからさ。これで満足しようかと思ったけど、自分がやりたかったこともあってさ。生産を、オーナーブリーダーをやってみるかと。

赤見 :そういう夢を持たれていたんですか!

川島 :うん。北島の親父(親交の深い歌手の北島三郎さん)も「お前がそういう計画を立てて一生懸命やってきて、それを作るだけの財を持ってやる気になったんだから、それについて俺は何も言わない。応援してやるよ」と言ってくれていてね。

赤見 :すごい絆ですね。今回の圭太さんの中央移籍というのは、先生にとっても、ひとつの節目になるんですね。

◆次回予告
「おじゃ馬します!」4月のゲストは藤岡康太騎手。昨年8月の小倉で落馬負傷。長期休養を経て、今年2月にターフへと戻ってきました。騎手引退も考えたという怪我からの復帰。悩んだ日々のこと、その一方でリーディングジョッキーにまで上りつめた同期・浜中俊騎手の存在など、赤裸々に語ります。初回の公開は4/1(月)12時、ご期待ください!

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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