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キズナとオルフェ、凱旋門賞へ

  • 2013年05月11日(土) 12時00分
 先日、キズナがダービーを勝ったら凱旋門賞に参戦すると報じられた。

 馬主の前田晋二氏の兄であり、新冠の生産牧場ノースヒルズや外厩の大山ヒルズなどを束ねる前田幸治オーナーは、日本で生産された日本調教馬には日本人騎手を起用する、と明言している。競馬界は、外国人力士が番付上位を占めて人気が凋落した相撲界の後追いをすべきではない、という考えからだ。

 凱旋門賞に行くことになったら鞍上は引きつづき武豊騎手になるようだ。日本の誇る名手が、7年前の2006年、ディープインパクトで3位入線後失格となった世界の大舞台に、父の最高傑作になり得る産駒とともに乗り込む--というだけで、夢も楽しみも大きくふくらむ。

 その前に、日本ダービーがある。武騎手がディープ産駒でダービーに参戦するのはこれが初めてとなる。

 彼は09年のダービーで、1998年に自らの手綱でダービー馬にしたスペシャルウィークの産駒のリーチザクラウンで2着になっている。

 これまで7組が父仔2代ダービー制覇を達成しているが、同じ騎手による制覇となると史上初の快挙となる。こちらも楽しみである。

 キズナの凱旋門賞登録が報じられた少し前、オルフェーヴルの凱旋門賞と前哨戦の鞍上がクリストフ・スミヨン騎手になると発表された。

 オルフェにクラシック三冠を含む5つのGIを勝たせた池添謙一騎手から、凱旋門賞を2勝するなどフランスで実績のあるスミヨン騎手に乗り替わることの是非を、私はここであれこれ言うつもりはないし、言う立場にない。陣営が、凱旋門賞を勝てるだけの能力を持った馬を、少しでも勝利に近づけるべく講じた策なのだから。

 ただ、私が凱旋門賞のような「国際試合」に対して抱いている「興味」という観点から言うと、すうっと冷めてしまったことは確かだ。

 私は95年にMLB(メジャーリーグ・ベースボール)のロサンゼルス・ドジャースに移籍した野茂英雄投手(当時)を夢中になって応援していた。それはMLBファンだったからではなく、野茂氏が日本人だからだ。好むと好まざるとにかかわらず日の丸を背負わされて投げる姿に心を惹かれた。

 イチロー選手の試合をテレビで頻繁に見るようになったのは、彼が06年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)代表として発揮したリーダーシップと、日の丸を背にした姿にジンと来てからだった(その裏返しで、今年のWBCに足並みを揃えて参戦しなかった日本人メジャーリーガーの試合はまったく見ていない)。

 私は、MLBの場合同様、先に凱旋門賞を好きになったわけではなく、94年に武騎手がホワイトマズルで参戦したのを見に行って、

 --いつかこの舞台を日本の人馬が制するところを見たいな。

 と思うようになった。純粋な「凱旋門賞ファン」ではなく、「日本の人馬が参戦する凱旋門賞のファン」にすぎないのである。

 馬ではなくクルマのレースの話になるが、F1でもインディでも、日本人ドライバーがいるかいないかで、興味が倍どころか、何十倍も変わってくる。これは自分ではどうにもできない好みの部分であるし、それをあらためようとも思わない。

 馬の代弁者である騎手には、それが日本馬なら、やはり日本語をしゃべってくれるほうが嬉しい。

 とまあ、以上が、オルフェの乗り替わりを残念に思っている理由である。

 誤解のないよう言っておくが、私は外国人騎手が嫌いなわけではない。

 ミルコ・デムーロ騎手のように、ドバイワールドカップを勝って日の丸を手に涙し、その後、福島県の被災地・相馬を訪ねるなど、日本の心を大切にしてくれる騎手は大好きである。ミルコはレースぶりも綺麗で、グランプリボスで10年の朝日杯フューチュリティステークスを勝ったとき、他馬を弾くような格好になったことに関して、

「イッツ・ノット・マイ・スタイル」

 と会見で言ったときの恥じ入るような表情が印象に残っている。

 彼が皐月賞を勝たせたロゴタイプに、ダービーでは弟のクリスチャン・デムーロが騎乗する。キズナとタイプがまるで異なるだけに、対決が楽しみである。

 18日発売の月刊誌「優駿」の企画で、ミルコとクリスチャンの「デムーロ兄弟対談」の司会、構成を担当した。クリスチャンは兄ほど英語も日本語も話せないが、「ツヨイ」だとか「キョウト、スキ」といった日本語の発音がいいので驚いた。というのは、イタリア人の彼にとって、「ローマ字」をもとに読む日本語は発音しやすいからだという。なるほど、と思った。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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