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報道はどこまで許されるか

  • 2003年07月07日(月) 20時49分
 友人のSは、北海道のとある民放の支局で働いている。支局といっても、所属しているのは彼一人。カバーするエリアは、日高地方全域だ。

 日高地方といっても、面積だけは広い。福島県や和歌山県とほぼ同等の広さなのだ。そこに住んでいるの約9万人程度。典型的な過疎地帯と言って差し支えない。

 おそらく、ここが馬産地でなかったら、果してこの民放の支局も設置されていたかどうか、疑わしい。時々発生する交通事故や、農林水産業関連の話題を拾うだけなら、取材時だけ苫小牧や帯広などからスタッフを派遣することで十分対応できるのだろうから。

 さていささか前置きが長くなった。ここらで本題に入ろう。去る4日午前7時10分頃、道内富良野市の国道38号線で、視察のため、とある観光牧場に向かう途中の天皇、皇后両陛下の車列に、軽乗用車が接近、それを阻止しようとした白バイが両陛下の乗った車に接触するという事件が発生した。テレビや新聞などでこのニュースを知った方は多いだろう。軽自動車を運転していたのは自称住所不定、無職の古泉靖容疑者(35歳)という。容疑者は、対向車線に停車し、天皇、皇后の車列が近づくのを待って、すれ違いざまに突然Uターンし、後方から他の車列を追い越して両陛下の車に幅寄せしようとしたものという。

 ところで、この容疑者が、実は今年4月まで日高の門別町内に在住しどこかの牧場に勤務していたらしい、という情報をSがキャッチしたのだった。「どこの牧場か調べる方法がないものか」と私に電話を寄越したのは、事件発生の翌日のこと。もちろん、私にとっても初耳の話で、しかもそれを調査するとなると大変な手間と時間がかかるだろうことが予想できた。仮にその牧場を突き止めたところで、今回の件とその元勤務先の牧場とは直接何の関係もないはず。これは取材できるかどうか、かなり疑問だと思った。

 後日Sに聞いたところ、やはり、元勤務先の牧場を割り出し、取材に赴いたのだが、収録した映像は一切使用禁止と厳命されたという。他の良いことならばいくらでも取材に応じる用意があるかもしれない。しかし、こんな形での寝耳に水のような話では、迷惑以外の何物でもないのだから、テレビはお断りと拒絶されるのも当然のことだとその牧場主に同情したくなった。

 折りから、ちょうど静内の牧場主殺害事件発生より、一ヶ月経った。この事件も、人気騎手武豊の親類にあたる人物ということから、競馬サークルではずいぶん話題になったものだ。事件発生後、Sを含め地元のメディアは揃って連日静内方面に取材のため繰り出した。「誰か、故人と面識のあった知り合いはいないか」と私もSから電話がきた。しかし、こういう場合、決して「はい、分かりました」と、うかつに協力できるものではない。昨秋、門別町で起きた、牧場主一家心中事件の時も然り。この一家の二人の娘が通う小学校には、私の高校時代の同級生Hが勤務していた。Hから、生々しいこの牧場主とのやりとりをじかに聞かされて驚いたものだが、とてもそんなことは安易にテレビ局の関係者には伝えられないと思った。ワイドショーのネタにされて、無遠慮にテレビカメラが踏み込んでくる場面を毎日私たちはテレビで見せられている。そんな被写体になりたいとは誰も思っていないはずだから。

 もっと良いこと、明るいことで取材を受けたいものだと思う。だが、何ともそれが乏しいのが今の馬産地だ。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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