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『骨折や屈腱炎は、高速馬場が影響しているのか』JRA競走馬総合研究所(3)

  • 2013年07月15日(月) 12時00分
年間1000頭以上にのぼるという「骨折」。その原因はいったい何なのか。「高速馬場が脚元への負担になっている」「激しい調教やレースの使い詰めが骨折につながる」「レース中の手前変換が負担」など、様々な説があるが、果たして真相は? 先週に続き「骨折」の問題を追います。(7/8公開Part2の続き、ゲスト:JRA競走馬総合研究所 高橋敏之主任研究役)

赤見 :骨折が起きやすい原因として「高速馬場だと脚元に負担がかかる」というイメージがありますが、実際に影響はあるんでしょうか?

高橋 :「良馬場の芝でスピードが出る高速馬場だと故障しやすい」と言われますよね。それで、ちょうど昨年、調査を行いました。その結果、ほとんど関係はなかったんです。

赤見 :えっ、関係ないんですか!?

高橋 :はい。腕節や球節の骨片骨折など程度の軽い骨折も入れて、1着馬のタイムが平均よりも速くなったときに、どれだけ危険性が上がるかというのを調べました。良馬場の芝で、1200mで0.8秒、1400mで1秒、2000mで1.5秒、それぞれタイムが平均より速くなったと仮定するんですね。

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速度上昇による損傷の危険性

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そうすると、1400m以外の距離では、速く走っても危険性の上昇はありませんでした。ちょっと難しいんですが、「オッズ比」と言いまして、例えば「タバコを吸うとガンになる確率が20倍です」というように言われますよね。それをオッズ比と言うんですけれども、1400mの場合に若干の増加が見られますが、すべての競馬場で1着馬の走破タイムが1秒速くなったと仮定した時に1.174倍、頭数にすると年間約4頭増加なので、それほど心配するような結果ではないと思います。

赤見 :そうだったんですか。これまで当たり前のように「高速馬場はよくない」と思っていましたが、データから見るとイメージ先行だったんですね。

レコードが出ると、「馬場を固く作ってる」みたいに言われます。でも、以前にJRAの馬場造園課の方に取材をさせていただいたら、「馬場は固くないんですよ」ってすごくおっしゃっていて。タイムが速いと「固い、固い」って言われますが、良い芝を研究して、馬場が良くなったから速くなったということも考えられるんですよね。

高橋 :う〜ん、馬の能力の向上もあると思いますしね。それに、レコードを出させるために馬場を改良しているわけではないですから。あまり馬場を固くしてしまうと、芝が根を張れなくなってしまいます。なので、馬場造園課の方たちは、芝に切れ目を入れたり、小さな穴を開けて柔らかくしたり、そういう技術もだいぶ上がってきています。

赤見 :一時期美浦で、ポリトラックでの事故が続きましたが、馬場の種類によって骨折しやすいというのはありますか?

高橋 :ポリトラックの危険度についても調査したことがありますが、普通の骨折に限っては、ウッドチップと危険性は変わらないという結果が出ています。実際のところは、ダートの危険性が高かったんですけどね。

赤見 :ええっ!? 衝撃!! だって、脚元に心配のある馬はダートから下ろすというのは、ある意味常識のようになっています…。

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馬場の種類による損傷の可能性

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高橋 :そうですよね。ケガをする確率は、芝の競馬を1とするとダートは1.3倍で、有意差があります。ダートの方が30%確率が高いということになりますね。

ダートは競馬でも調教でも、実はリスクが高いんです。それは発表していることなので、調教師さんはご理解されているとは思うのですが。そういう数値で言うと、障害レースは平地のレースの7.4倍と、危険度は非常に高いんですけどね。

赤見 :障害のリスクは、数字上でもこんなに大きいんですね。

高橋 :そうですね。このように調べていくと、馬場の差では、芝よりダートの方がいつも高いですね。20年くらい前は芝の方が高い時もあったと思うんですが、今はダートの方が高いです。

赤見 :「調教のやり過ぎやレースの使い詰め」というのもよく言われますが、それはどうですか?

高橋 :調教パターンも調べているんですが、やり過ぎで折れることはまずないというふうに見ています。骨折する前にどれだけ調教していたかというのを見てみると、程度の軽い骨折も含め、あまり調教していなかった場合の方が多いんですよ。

赤見 :むしろ逆なんですか。

高橋 :はい。それには、「調教していないから折れる」という考えもありますし、「どこか腫れたり痛んだりしていたから調教が軽くなった」というのもあると思うんですが、比重としてはそっちの方が多いです。だから「使い詰めで来たから骨折した、屈腱炎になった」というのは当てはまらないんです。

赤見 :こうやってお話を伺うと、骨折の原因というのは、特定はなかなか…。

高橋 :そうなんですよね。どうして骨折するのかいろいろ調査はしていますが、どれか特定の要因というのはないですね。「体重が重たいと折れやすい」とか、「年齢が上がると重度の事故が多くて、若い時は骨片骨折のような軽いものが多い」というのは分かっているんですが、そこはどうにもできないところですので。

赤見 :動作ではどうですか? 例えば手前を変えた時とか。

高橋 :手前変換については動作が派手なので、脚にかかる力が増えて折れてしまうのではないかと思われがちですが、手前変換がちゃんとできていれば、あまり影響はないはずなんです。馬の脚にかかる力って、走っている時で1トンくらいなんですね。

赤見 :1トン!? そんなにですか。それは折れやすいわけですね。

高橋 :いやいや、折れないんです!! 500キロの馬と考えると、体重の2倍です。90キロの人間の場合、ひざを曲げずにジャンプすると、ピークで600キロくらいかかるんですね。体重比で言ったら6.8倍です。馬は2倍なので、いくら脚が細いと言っても、それだけでは折れないですね。

赤見 :1トンという数字の大きさに、ついついそう思ってしまいました…。人間の場合の負担はすごいんですね。

高橋 :そうなんです。だから、人間はちゃんとひざを使ってクッションを利かせないと、ひどく痛みますね。

赤見 :ちなみに、馬の脚にかかる力ってどうやって測るんですか?

高橋 :蹄と蹄鉄の間に小さな体重計を挟むような感じです。それを4本の脚に付けて測っています。

馬がちょっとスピードの遅い駈歩(かけあし)で走っている時に脚にかかる力は、前脚が多くて、だいたい700キロ〜800キロなんですね。人間が全力ではなくジョギングくらいで走ると、225キロくらいかかるんです。体重の2倍以上です。その点、馬は4本脚があって、それでうまいことバランスも取って走っているので、それほど脚にかかる力は大きくないということですね。

ハロン17秒くらいで前脚にかかる力が700キロくらい、スピードを速めたと考えてハロン10秒だと仮定しても、1トンくらいではないかと予測しています。

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体重比でみたら人間の方が負担

赤見 :ハロン10秒で走ったとしても、体重の2倍くらい。

高橋 :そうですね。1mの障害を飛んだ時の着地でも1トンくらいなんです。障害の高さを上げたらもう少し上がるかなとは思うのですが、それでも1トンちょっとだと思いますね。

馬場の種類では、脚にかかる力が一番少ないのはダートになります。その次がウッドチップ、芝という順番になりますが、芝で全力を出しても1トンくらいだろうと予測しています。

赤見 :先ほど、ダートは故障の確率が高いというお話がありましたが、脚にかかる力で言ったらダートは良いんですか?

高橋 :かかる力は少ないですね。ただ、それが良いか悪いかは結果論です。事故が多いのはデータとしてあるので、良いかどうかとなると、必ずしも良いとは言えないのではないかと。ただ、梅雨時期に調教場で芝を使うのは難しいですし、競馬も芝ばかりで行うには費用もかなりかかります。その点でダートは、日本の気候に適した馬場ではあります。

赤見 :そうですよね。整備もしやすいですし。ウッドチップは力が要るイメージでした。

高橋 :ウッドチップは前後方向の締まりが悪いので、それこそウッドチップを蹴散らして走らないといけないために、推進力がうまく伝達されない可能性があって、それで多少力は要ると思います。

少し話がそれましたが、手前変換については、脚にかかる力が増えるという感じはしますが、先ほどの体重計のようなものを付けて走らせている時に、たまたま何頭か手前変換をした馬がいたので調べてみたんです。そうしたら、大抵の馬は手前脚にかかる力が少なくて、反手前脚の方が多いんですよね。

赤見 :手前を変えた直後ですか?

高橋 :いえ、普通に走っていても反手前の方が、力がかかります。馬のタイプにもよるんですけど、縦方向の力は大きいことが多いですね。

赤見 :なんか、前に出ている方の脚に力がかかりそうなのに。

高橋 :そういう感じはするんですけどね。ただ、1本脚で支えている時間が多いように見えるんですけど、本来はそうではないんです。また、これまでは、2本で支えてたのが1本になった時に倍の力がかかるんではないかと思われていたんですが、その時には体は上に向かって動いているので、1本で支えているときでもそんなに変わらない。反対側の脚と同じくらいということが分かっています。

手前変換の時、手前脚から反手前脚に変わる脚では、手前の時に720キロくらいの力がかかっています。手前変換をして反手前になったら、直後は800キロ弱、その後は平均780キロくらいになるんですね。確かに少し増えるんですが、その後反手前脚として走っているとだいたい同じくらいの力がかかるということで、ちゃんと手前変換をすれば、手前と反手前の役割が変わっただけだと考えられるので、特別な危険性はないですね。(Part4へ続く)

◆次回予告
競馬界のレジェンド・ディープインパクトの研究をされていたことでも有名な高橋さん。次回は、ディープインパクトの名馬たる所以に迫ります。「ディープインパクト、実は飛んでいなかった!?」「もしも、オルフェーヴルとディープインパクトが対戦したら!?」。テイエムオペラオーやクロフネも登場します。公開は7/22(月)、お見逃しなく!

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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