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不思議な再会

  • 2013年07月27日(土) 12時00分
 木曜の朝、美浦トレセンでグリーンチャンネルの寺山修司没後30年特番の撮影をしたあと、福島に向かった。

 相馬野馬追取材のためである。

 常磐自動車道を北上していると、携帯電話にメールが届いた。標記は「馬が来ました」。差出人は野馬追の騎馬武者の蒔田保夫さんだ。長男の匠馬君を2011年3月11日に津波で亡くしてから野馬追出場を控えていた蒔田さんは、今年、3年ぶりに騎馬武者行列に出ることになった。その騎乗馬となる元競走馬が南相馬に到着したという。しかし、メールには「島田さんも知っている馬だと思うので、今は名前を明かしません!」と書かれている。

――どんな馬だろう。たぶん「この馬は誰でしょうクイズ」になるから、芦毛とかわかりやすいやつだといいな。

 いずれにしても、南相馬に行く楽しみがひとつ増えた。

 雲雀ヶ原祭場地近くの厩舎に入ったその馬で、夕方、蒔田さんが騎乗練習をするというので、案内してもらった。

蒔田保夫氏が今年の相馬野馬追で乗るこの元競走馬の正体は!?

蒔田保夫氏が今年の相馬野馬追で乗る
この元競走馬の正体は!?

 馬房にいたのは、大きな流星に特徴がある鹿毛馬だった。

「この馬、NHKの『八重の桜』に出たこともあるんですよ。今朝、会津を出てここにきたんです」

 蒔田さんの友人が教えてくれた。

「島田さんは馬名、わかるでしょう。プロなんだから」

 と蒔田さんにプレッシャーをかけられたが、もちろん、わかるわけがない。

「去年まで現役で走ってて、しかも重賞を勝っていますよ」

 と鼻面を撫でる友人に私が訊いた。

「何歳ですか」

「2005年生まれだから8歳」

「スマイルジャックと一緒だ。ディープスカイがダービーを勝った世代ですね」

「そうです。短いところの逃げ馬。いや、2000m以上でも競馬をしていますね」

 と言うこの人、かなりの競馬通だ。

「これ、トウカイテイオーの血が入ってるんじゃないですか」

「父メジロライアン。母の父バイアモン。入ってませんね」

「ハハハ……」

 当てずっぽうもいいところである。

 数頭の馬名を挙げてすべてハズしているうちに、蒔田さんがその馬を馬房から出して洗い場につないだ。ブラッシングをし、「左前が内向してるね」などと言いながら馬装をしている間も「馬名当てクイズ」はつづいた。

「朝日杯で2着に来て、勝った重賞は関屋記念です」

「ええっ? それをわからないというのは、マズいな、おれ」

 と困り果てた私は、最後のヒントを要求した。

「最初のひと文字は何ですか」

「レ」

 余計にわからなくなった。

 頭を抱えた私に、蒔田さんの友人が小声で教えてくれた。

「レッツゴーキリシマです」

「ああ、そっかァ……」

厩舎前でレッツゴーキリシマに跨った蒔田氏。右は長男の故・蒔田匠馬さんの親友だった一刀弘樹さん

厩舎前でレッツゴーキリシマに跨った蒔田氏。
右は長男の故・蒔田匠馬さんの親友だった一刀弘樹さん

一般道を馬とクルマが普通にすれ違うのは野馬追ならではの風景。

一般道を馬とクルマが普通に
すれ違うのは野馬追ならではの風景。

 贔屓のスマイルジャックと3歳のときから何度も一緒に競馬をしたライバルである。

 競馬場のパドックや検量室前などで目が合ったりすれ違ったりしたのも一度や二度じゃないはずだ。その馬とこうして、ちょっと変わった再会をするのは、とても不思議な感じがした。

 蒔田さんは、ひらりとレッツゴーキリシマに跨った。

 最近もほかの馬で乗馬をしていたというが、この馬とはファーストコンタクトである。真剣な表情。この緊張感がいい。

 道路への出入口が急な坂になっているので、滑らないよう、慎重に歩を進める。自動車が頻繁に行き交う道を、レッツゴーキリシマは物見をすることもなく、悠然と祭場地のほうへと歩いていく。野馬追出場は初めてだから、こうして公道を歩いた経験はないはずだが、この落ちつきはさすがにオープン馬という感じがする。

 それまで落ち着いていたキリシマが、祭場地の内馬場に入り、走路沿いを歩くと少しカリカリしはじめた。砂の馬場を見て、競走馬時代を思い出したのだろうか。

相馬武士にとっての「聖地」雲雀ヶ原祭場地を歩くレッツゴーキリシマ

相馬武士にとっての「聖地」
雲雀ヶ原祭場地を歩くレッツゴーキリシマ

練習後、蒔田氏に馬体を洗ってもらうレッツゴーキリシマ。

練習後、蒔田氏に馬体を
洗ってもらうレッツゴーキリシマ。

 馬上では厳しい表情だった蒔田さんだったが、下馬すると笑みがこぼれた。

「足がガクガクです。内股が痛くて、この調子じゃ明日も大変だなあ」

 その笑みは、また野馬追に出られることを喜びすぎないよう自身にブレーキをかけた結果のものというか、照れ隠しにも見える笑みだった。

 千年以上の伝統が、今年もつながれる。

 本稿がアップされる土曜日には相馬野馬追の宵祭りが行われ、翌日、日曜日が本祭りとなる。去年は月曜日の野馬懸で、かつて短距離戦線で活躍したカフェボストニアンの走りを見ることができた。

 祭りの前にレッツゴーキリシマと再会できた今年は、さらにどんな人馬との出会いがあるか、楽しみである。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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