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『人間は大半が右利き、馬はどっち!? 競馬都市伝説を解明!』JRA競走馬総合研究所(5)

  • 2013年07月29日(月) 12時00分
最終回の今回は、競馬の『都市伝説』に迫ります。「右回り左回り、得意な馬がいるのはなぜ?」「牝馬は夏に強いは本当?」など、競走馬にまつわる素朴な疑問をバンバン解明。これまでの常識は非常識!? 意外な事実に、赤見千尋さんもびっくり!(7/22公開Part4の続き、ゲスト:JRA競走馬総合研究所 高橋敏之主任研究役)

赤見 :今回は、競馬の『都市伝説』を解明していきたいと思います。まず、馬によって「右回りが得意」「左回りが得意」というのがありますが、それはやっぱり手前が関係しているんですか?

高橋 :そうですね。例えば右回りの競馬場で、コーナーで左手前にしていると、遠心力に対抗して体を内側に傾けるのが難しかったり、脚の運びをクロスにしないと右に曲がっていけないですよね。なので、右回りの競馬場だと、コーナーに入ったら強制的に右手前を使わないといけないので、それが関係して手前の得意不得意が出るんだと思います。

赤見 :人間だと右利きの方が多いですが、馬の場合はどうですか?

おじゃ馬します!

ゲートを出た時の手前を調べてみると…

高橋 :競馬でゲートを出た時にどっちの手前で走るかというのを見ていくと、中山(右回り)と東京(左回り)で違うんですが、6:4ぐらいで中山だと左手前、東京だと右手前が多いという結果でした。これをジョッキーに言ったところ、「右回りでは、コーナーを右手前で回るので、スタート後に直線を走るときには左手前になるように、自分たちがコントロールしている」という話も多かったので、それも頷けるような結果ではありますけどね。

他の馬たちも見てみると、左手前が得意なのと右手前が得意なのは半分ずつくらい。坂路を上がってくる馬を見ていても、左右半々ぐらいですね。もしくは左右1/3ずつで、あとの1/3は両方大丈夫というパータンですね。

赤見 :ということは、全体の2/3は得意不得意があるということですか。

高橋 :ある程度はあると思います。私たちの研究所の馬はトレッドミルで調教をするんですが、毎日見ていると、いつも同じ手前から入りますね。左手前が得意なのはずっと左手前で、右手前が得意なのはずっと右手前で走ります。馬によっては気分でコロコロ変える馬もいます。ただ、人間の利き手のように極端に「こっち側が得意」というのはないと思います。

赤見 :実際の競馬では「右回りがダメ」「左回りがダメ」というのは少数で、大多数はどちらでも大丈夫なように思われるんですが?

高橋 :そうですね。大多数は大丈夫なんですけれども、どうしても身体のくせみたいなものがあるんだと思うんですね。逆の手前になるとスピードが落ちる馬もいますので、そういう馬は回りがかなり影響するんだろうなと思います。

ただ、基本的に競走馬の場合は、調教助手さんたちが左右差が出ないように左右を変えてバランスを矯正して乗っていますので、それほどひどくはならないと思います。

赤見 :日本の競馬場は右回りが多いですが、右手前の馬が多いからではなく、たまたまですか?

高橋 :たまたまでしょうね。ゴール地点の取り方などの事情もありますから。新潟も、直線コースを入れて回りを変えましたからね。アメリカの競馬場で左回りが多いのも、確たる根拠はないはずです。

赤見 :なるほど。次にお聞きしたいのが、「牝馬は夏に強い」は本当なのか。よく言われることですが、実際にはどうでしょうか?

高橋 :夏になると毎年聞かれますね(笑)。以前は、重賞で活躍するような有力な牡馬が夏は休みに入るので、ローテーション的に牝馬が多く残っていて、相対的に強くなるんじゃないかと考えられていたんですが…、牝馬が夏に強いことを示す確たるデータはないんですよね。

赤見 :暑さに対する抵抗力としても?

高橋 :そういう点からも調べているんですが、人間の場合でもそうですけど、なかなかそういうデータはないですね。理屈で考えると、体が大きい方が寒さに強いんです。寒いところに行くと動物は大きくなるんですね。マンモスも大きいですよね。逆にジャングルなど熱帯だと、小さい動物が多いんです。そう考えると、牝馬の方が体は小さいので、暑さにも少しだけ強いのかなと。

あと考えられるのは、2歳馬ってこの時期は牡馬も牝馬も斤量が同じですよね。人間もそうなんですが、女性の方が発育が早いんです。馬も2歳のこの時期は牝馬の方が早く成長するので、斤量差もそれを裏付けて同じに設定してあります。そういうところで、2歳馬なら牝馬の方が少し有利な可能性があります。

赤見 :それでも、古馬には特にない?

高橋 :そうですね。古馬は特別な理由が思いつかないですね。

赤見 :これも都市伝説ですが、女性は出産ができるぐらい痛みに強い。馬も牝馬の方が精神的に強いから、暑さとか辛い状況にあっても力を発揮できるんじゃないか、というのを聞いたことがあるんですが?

高橋 :う〜ん、それはどうでしょうかね。馬はわりと安産なので。

赤見 :馬って安産なんですか!?

高橋 :そのはずですね。まあ、人も手伝いますけど、牧場で放牧中に生まれたという話もありますので、安産なはずですね。

赤見 :そうなんですね。時期的なことでもうひとつお聞きしたいのが、夏競馬に入ると3歳馬が古馬に混じって競馬をします。その時期の3歳馬と古馬では、どの程度体力差があるんですか?

おじゃ馬します!

成長による体重増加

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高橋 :これは、全出走馬の体重の推移を表したものなのですが、馬はどこまで成長するのかを示すデータになります。平均して見ると、4歳の秋頃で頭打ちになるんですよね。なので、そこまではある程度成長するんですね。

3歳の夏だと、まだ成長し切っていないというところで、混合戦になると斤量差があります。それでバランスを取っているということになります。

赤見 :このグラフを見ると、牝馬は成長が夏にかぶっている感じで、牡馬は秋から冬にかけて成長しているように見えます。やっぱり牝馬は夏場でも強い…? って、どうしても結論付けたくなってしまいます(笑)。

高橋 :うーん(苦笑)、と言いますか、牡馬は代謝が変わるんだと思うんですね。昔から言うように『馬肥ゆる秋』なんだなって、みんなで言っているんです。餌はほとんど変わっていないはずなので、体の中で変化があるんだろうなと思いますね。夏バテで落ちているわけではないということですね。

赤見 :あぁ、そういうことですね。

高橋 :体重的には2月くらいから落ち出して、秋に上がって春先に向けてまた下がると。馬は季節繁殖動物なので、繁殖シーズンのホルモンの動きと関係があるのではないかと思うんですよね。それを言ったら牝馬の方が強く出るのかなと思うんですが、あんまりデータ上では出てこないんですけどね。

赤見 :牝馬に関連してもうひとつお聞きしたいのが、最近、牝馬が復活するシーンが目立つように思います。2011年の桜花賞馬マルセリーナが2年ぶりに重賞を勝ったりと、以前なら牝馬はいったん成績が落ちるとなかなか復活できないイメージだったのが変わってきたような。その辺りの根拠というのはあるんですか?

高橋 :それについては、手前味噌なんですけれども、JRAとして牝馬も引退せずに長く走れるようなレース体系を整えているのもあって、だいぶ活躍できるようになったんではないかなと思います。

おじゃ馬します!

都市伝説の真相にびっくり!

赤見 :以前なら、ある程度の年齢になるとお母さんになった方がって。

高橋 :それもありますし、あとは出るレースがなかったんですよね。どうしても牡馬相手になってくるので、それで勝てないなら繁殖に上げてというのもあったと思います。

でも、皆さんがよく知っているような牝馬が引退してしまうと、ファンの方の楽しみも減ってしまうと思いますので、牝馬もできるだけ長く活躍してもらいたいということでレース体系を整備したのもあって、だと思いますね。

赤見 :だんだんと底上げされて行ったんですね。トレーニングの研究の中で、牝馬と牡馬で違うところはありますか?

高橋 :特性は違いますよね。牝馬の方が、トレーニングをしても素直に数字に出て来ないです。あまり数字とリンクしないので、よく分からないところはありますね。

赤見 :やっぱり女は難しいですね(笑)。競走馬総合研究所では競走馬に関する様々な研究をされていますが、今現在されている研究はどんなものですか?

高橋 :私の研究の範囲では、「屈腱炎の予防」をずっとテーマにしています。脚にかかる力を測定するというお話をしましたが、屈腱にかかる力というのを測定しているんですね。それがもうちょっと進歩して、全力疾走の時に浅指屈腱にかかる力がどれくらいなのかとか、あとは屈腱炎の原因や発症に強く関わっているのはどういうことかというのを研究して解明していきたいと思っています。

赤見 :現段階で分かっている範囲では、何が関わっているんですか?

高橋 :競馬で長い距離を走っている馬は屈腱炎になりやすいというのがありますね。短距離GIを勝った馬というのはあまり屈腱炎にならないんですけども、天皇賞やダービーを勝った馬は、その後に屈腱炎で引退することが案外多いんです。疲労すると屈腱にかかる力が増えて、それで屈腱炎になるのではないかと考えています。

あとは、屈腱の硬さもある程度ばらつきがあって、それも関係するのかなと。そういうところからも研究して行けたらいいなと思っています。

赤見 :屈腱炎って、ニュースになるのは有名馬が多いですが、どんな条件の馬でもなるものなんですか?

高橋 :そうですね。年を取るとなりやすいのはあります。あとは、牡馬がなりやすいですね。牝馬の1.5倍くらい、牡馬の方がリスクは高いです。

赤見 :牝馬は屈腱がやわらかいんですか?

高橋 :いや、そういう性差はなかったはずなんですけどね。性差があるとすれば、ホルモンが関係するのではないかなと思うんですね。それこそ、出産する時に靭帯を緩めるようなホルモンを出すことが多いので、そういう関係で性差が出てくるのかなという気はします。

おじゃ馬します!

学ぶことの多かった“競走馬総合研究所”取材

赤見 :やっぱり「屈腱炎」というのは大きなテーマですか?

高橋 :そうですね。屈腱炎は年間800頭もかかるのに、完治する治療法はないですし、再発率も高いんです。何か屈腱炎の発症をコントロールできるものがあればと、その発見に力を入れているところです。将来的には「屈腱炎で引退」ということがなくなってほしいなと思っています。

屈腱炎のような病気で競走馬が引退することがないように、競走馬が健康で走れるようにということを考えて、また、能力が引き出せるようなトレーニング法の確立ですとか、どうやったら馬が速く走れるのかを解明することによって、ファンの皆様に「こういうふうに競走馬は走っているんです」ということが説明できるような研究を、これからも行って行きたいと思っています。(了)

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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