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今季ここまでの欧州中距離路線の道程

  • 2013年09月04日(水) 12時00分
 日本の競馬ファンが熱い視線を送るG1凱旋門賞(芝2400m、ロンシャン、10月6日)の開催まで1カ月余りとなった。9月15日にいずれも本番と同じコース・同じ距離で行われる前哨戦のG2ニエユ賞やG2フォワ賞の展望や回顧など、今後しばらくはこのコラムも凱旋門賞の話題が中心になろうが、各論に移る前に、まずは全体像を把握する意味で、今季ここまでの欧州中距離路線の道程をおさらいしておこう。

 今シーズンの芝平地競馬が開幕した段階で、ブックメーカーが売る凱旋門賞へ向けたアンティポスト(前売り)で、各社横並びで1番人気に推されていたのはオルフェーヴル(牡5、父ステイゴールド)だった。

 ヨーロッパ以外で調教されている馬が1番人気というのは異例だったが、前年「勝ったも同然」の競馬をしながら2着に惜敗した馬が、雪辱を目標に今季も現役に留まったとあっては、むしろ当然の1番人気であったとも言えそうだ。

 シーズン序盤に前売り戦線で大きな台頭を見せたのが、愛国調教の古馬セントニコラスアビー(牡6、父モンジュー)だった。今季を迎えた段階で既にこの路線のG1・3勝(2歳時のG1を合わせてG1・4勝)いう確固たる実績を築いていた同馬。ただし、ここまでのG1は全て左回りコースで挙げたもので、ましてや乾いた馬場なら盤石の強さを発揮する一方、右回りでは勝ち味に遅く、馬場が渋ると更にパフォーマンスが落ちる傾向があったから、凱旋門賞は「不向き」と見られ前売りでの評価も低かったのである。

 ところが、シーズン初戦となったメイダンのG1シーマクラシック(芝2400m)で、「あのオルフェーヴルに勝った馬」としてヨーロッパでは非常に評価の高かったジェンティルドンナ(牝4、父ディープインパクト)を一蹴したのに続き、欧州初戦となったエプソムのG1コロネーションC(芝12F10F)でもG1・3勝馬デュナデン(牡7、父ニコバー)に3.3/4馬身差をつける楽勝。いずれも左回りでの競馬だったが、6歳にして遂に円熟の時を迎えたと思しき盤石の競馬振りだったことから、これなら右回りでも侮りがたしと、凱旋門賞の前売り戦線でも上位に顔を出すことになったのである。

 ところが、好事魔多し。G1キングジョージへ向けて調整中の7月23日、セントニコラスアビーは右前脚の繋と球節部分を骨折。キングジョージの回避はもとより現役引退を即断せざるをえないほど症状は重篤で、凱旋門賞戦線からも消えることになった。

 2枚のプレートと20本ものボルトが埋め込まれる大手術が行われたセントニコラスアビー。フェットハード診療所では現在も、同馬の命を救い、種牡馬として供用する道を開くべく、懸命の治療が続けられている。

 また、6月13日にオルフェーヴルが肺出血を発症したニュースはヨーロッパでも報道され、凱旋門賞前売りにおける同馬の評価はこの頃、5〜6番人気まで低下していた。

 変わって、古馬戦線で超絶パフォーマンスを見せて凱旋門賞前売り戦線で急浮上したのが、ドイツ調教馬のノヴェリスト(牡4、父モンスン)だった。

 もともとドイツのこの世代では屈指の素質を持つと高く評価されていた同馬。3歳秋にイタリアに遠征してG1ジョッキークラブ大賞(芝2400m)でG1初制覇。いよいよ本格化なった今季は、緒戦となった地元のG2を白星で通過すると、次走はフランスに遠征しG1サンクルー大賞(芝2400m)で2度目のG1制覇を達成。続いて7月27日に英国アスコットで行われた、欧州におけるこの路線の前半戦の総決算G1キングジョージ&クイーンエリザベスSに駒を進めると、従来の記録を2秒以上縮める2分24秒60という驚異のトラックレコードを樹立して5馬身差の圧勝。サンクルー大賞が道悪だったのに対し、キングジョージはパンパン馬場と、条件を問わず至高のパフォーマンスが出来るオールラウンダーとして、凱旋門賞戦線の最前線に立つことになった。

 ノヴェリストは、9月1日に地元のバーデンバーデンで行われたG1バーデン大賞(芝2400m)に出走し、ここも無事白星で通過。今季の成績を4戦4勝として凱旋門賞に臨むことになった。

 古馬勢では、今季ここまで10F路線を歩んでいるアルカジーム(牡5、父ドバウィー)にも触れねばなるまい。昨年春にニューマーケットのG2ジョッキークラブS(芝12F)を制して重賞初制覇を果した同馬。その後骨盤の圧迫骨折を発症して1年近い休養を余儀なくされたが、今年4月にサンダウンで行われたG3ゴードンリチャードS(芝10F7y)で復帰して2度目の重賞制覇。続いてカラのG1タタソールズGC(芝10F110y)に駒を進め、キャメロット(牡4、父モンジュー)を破ってG1初制覇を果した段階で、陣営から「秋の目標は凱旋門賞」とのコメントが出て、前売り戦線でも上位にランクインすることになった。

 その後、ロイヤルアスコットのG1プリンスオヴウェールズS(芝10F),サンダウンのG1エクリオプスS(芝10F7y)を制し、10F路線の最強馬と自他ともに認める存在となったアルカジーム。8月21日にヨークで行われたG1インターナショナルS(芝10F88y)は、硬めの馬場が不向きだったか3着に敗れて一昨年10月以来の黒星を喫したが、秋の目標が凱旋門賞という方針に変わりはなく、9月7日にレパーズタウンで行われるG1愛チャンピオンS(10F)か9月15日にロンシャンで行われるG2フォワ賞を使って本番に向かう予定だ。

 古馬勢では、牝馬のザフーガ(牝4、父ダンシリ)もここへきて評価が上がっている1頭である。昨年はG1ナッソーS(芝9F192y)を制している他、G1ヨークシャーオークス(芝12F)2着、G1英オークス(芝12F10y)3着、G1BCフィリー&メアターフ(芝10F)3着などの実績を残している同馬。今季初戦のG1プリンスオヴウェールズS(芝10F)でアルカジームの3着と健闘した後、サンダウンのG1エクリオプスS(芝10F7y)は7着に敗れたが、8月22日に行われたG1ヨークシャーオークス(芝12F)を4馬身差で快勝して2度目のG1制覇を達成。陣営から「馬場が極端に悪くならなければ」という条件付きで、凱旋門賞参戦表明が出ることになった。

 一方、当初は「低レベルか」と見る向きがあったものの、シーズンが進むにつれて続々と個性に富んだ好素材の台頭が見られたのが、今年の3歳世代だった。

 6月1日にエプソムで行われたG1英ダービー(芝12F10F)で、圧倒的1番人気に推されたドーンアプローチ(牡3、父ニューアプローチ)が、スタート直後から折り合いを欠いて競馬にならず、最下位に惨敗。3番人気(8倍)のルーラーオヴザワールド(牡3、父ガリレオ)が勝利を収めたものの、公式ハンディキャッパーが与えたレイティングは、過去10年の英ダービー馬としては最も低い120に留まった。

 そのルーラーオヴザワールドが、次走のG1愛ダービー(芝12F)で5着に敗退。G1英ダービー2着馬リバーテイリアン(牡3、父ニューアプローチ)もG1愛ダービーで8着に敗れたため、この段階で「今年の英ダービーは低水準」との評価が固まりつつあった。そんな顔触れが相手だったから、G1愛ダービーを制したトレイデイングレザー(牡3、父テオフィロ)の評価も、この時点ではさほど高いものではなかった。

 そんな中、評価が高かったのは6月2日にシャンティーで行われたG1仏ダービー(芝2100m)を制したアンテロ(牡3、父ガリレオ)だった。

 2歳時の戦績2戦2勝。3歳緒戦となったニューマーケットのLRフィールデンS(芝9F)も白星で通過した同馬は、次走ロンシャンのG1仏2000ギニー(芝1600m)で、勝ち馬から首+頭差の3着に惜敗。初めての敗戦を経験することになった。

 こうして迎えたG1仏ダービーで、アンテロは1番人気に応えて2馬身差の快勝。レース内容も良かったことから、久しぶりに出現した「強い仏ダービー馬」と高く評価され、この段階で凱旋門賞戦線における3歳世代の旗手と称される存在となった。

 そして陣営も「秋の目標は凱旋門賞」と公言しながら、その後の同馬は異例のローテーションを歩むことになった。惜敗したG1仏2000ギニーはよほど悔しかったのか、マイルのG1でも通用するスピードがあるところを見せたいという馬主サイドの希望によって、仏国における真夏のマイル王決定戦と言われるG1ジャックルマロワ賞(芝1600m)を目指すことになり、そこを狙うならその前にマイル戦を使っておくべきというA・ファーブル調教師の進言によって、7月7日にメゾンラフィットで行われたG3メシドール賞(芝1600m)に出走。ここを白星で通過したアンテロは、予定通り8月11日にドーヴィルで行われたG1ジャックルマロワ賞に駒を進めることになった。

 ここでのアンテロは、悪くない競馬を見せたものの、トップマイラーが持つ瞬時の加速力には付いて行けず、勝ち馬ムーンライトクラウド(牝5、父インヴィンシブルスピリット)に2馬身近く遅れる3着に敗退。仏2000ギニーの雪辱を果すことは出来なかった。

 この後は、9月21日にロンシャンで行われるG3プランスドランジュ賞(芝2000m)を使ってG1凱旋門賞に向かうと伝えられている。

 アンテロ同様に、高い評価を与えられたのが、6月16日にシャンティーで行われたG1仏オークス(芝2100m)を制したトレヴ(牝3、父モティヴェイター)だった。

 フランスの名門ケネイ牧場による生産馬トレヴ。アルカナの10月1歳市場に上場されたものの、2万2千ユーロ(当時のレートで約230万円)でも買い手が付かず、ケネイ牧場が自ら所有することになった過去を持つ。

 2歳9月にロンシャンのメイドン(芝1600m)でデビュー勝ち。3歳緒戦となったサンクルーの条件戦(芝1600m)も白星で通過して出走したのがG1仏オークスだった。

 連勝中だったとは言え、強い相手と戦うのはここが初めてだった同馬は、オッズ9.3倍の4番人気という評価だったが、前半は後方内埒沿いで脚を溜め、直線でも内を突くと、素晴らしい瞬発力を発揮して先頭に立ち、後続に4馬身差を付ける快勝。勝ち時計2分03秒77は、従来の記録を2秒以上縮めるトラックレコードだった。

 これで一気に、欧州3歳牝馬世代の最前線に躍り出た同馬。5月15日に締め切られた凱旋門賞の第1次登録リストに名前がなかったことから、当初は凱旋門賞当日のG1オペラ賞(芝2000m)が目標と言われていたが、その後、カタールの王族シェイク・ジョアンが同馬をトレードで獲得。10月3日に設けられている追加登録のステージで10万ユーロを支払って、凱旋門賞に出走してくると見られている。

 そのG1仏オークスでは2着に敗れたチキタ(牝3、父モンジュー)が次走、7月20日にカラで行われたG1愛オークス(芝12F)ではきっちりと差し切って優勝。この馬もまた、凱旋門賞を視野に入れている。

 1歳夏に出場したアルカナ8月1歳市場で、2番目の高値となる60万ユーロで購買された同馬。気性が難しいことで有名で、今季初戦となったサンクルーの条件戦(芝2100m)では、後続に3馬身差を付けて楽勝ムードの中、ゴール前で右に寄れて生垣に衝突し騎手が落馬。G1仏オークスでもG1愛オークスでもゴール前は外に大きく寄れており、それでもクラシック制覇を果すのだから能力の高さは折り紙つきだ。

 トレヴもチキタも、9月15日にロンシャンで行われるG1ヴェルメイユ賞(芝2400m)に出走を予定している。

 春の3歳クラシックには無縁だったものの、その後に急浮上した3歳勢の中でも代表格にあたるのが、7月13日にロンシャンで行われたG1パリ大賞(芝2400m)を制したフリントシャー(牡3、父ダンシリ)だ。

 カリッド・アブドゥーラ殿下のジャドモントファームスによる自家生産馬フリントシャー。G2ロワイヤリュー賞(芝2500m)やG3ロワイヤモン賞(芝2400m)を制している他、G1仏オークス(芝2100m)2着の成績を残したダンスルーティンの4番仔となる同馬。今年5月6日にシャンティーのメイドン(芝2000m)でデビュー勝ちを飾ると、続くロンシャンの条件戦(芝2100m)では2着に敗れたものの、シャンティーのG3リス賞(芝2400m)で重賞初制覇を果して臨んだのがG1パリ大賞だった。

 ここは、G2グレフュール賞(芝2000m)勝ち馬で、前走G1英ダービー5着のオコヴァンゴ(牡3、父モンスン)、G2愛ダービートライアルS(芝10F)など3重賞を制していたバトルオヴマレンゴ(牡3、父ガリレオ)らが相手だったが、前半後方待機から直線で鮮やかな末脚を発揮して1.1/2馬身差の快勝。凱旋門賞と同コース・同距離のG1を鮮やかに制したことで、この段階でG1仏ダービー馬アンテロを差し置いて、凱旋門賞前売り1番人気の座に就くことになった。

 この他、7月21日にメゾンラフィットで行われたG2ユージンアダム賞(芝2000m)を2馬身差で制し2度目の重賞制覇を果したトリプルスレト(牡3、父モンスン)、デビュー2戦目から4連勝で8月15日にドーヴィルで行われたG2ギョームドルナーノ賞(芝2000m)を制し重賞初制覇を果したヴァンクーヴェリテ(牡3、父ダンシリ、現段階では凱旋門賞未登録)、G1独ダービー(芝2400m)2着馬で、その後ドーヴィルのG3リュー賞(芝2500m)、G2ドーヴィル大賞(芝2500m)を連勝したトレブルー(牡3、父アナバーブルー)らも、凱旋門賞参戦に意欲を見せている新興勢力だ。

 フリントシャーを含めて、これらの多くが9月15日にロンシャンで行われるG2ニエユ賞(芝2400m)に出走してくると見られており、ここで早くもキズナ(牡3、父ディープインパクト)との対戦が見られる公算が大きくなっている。

 また、G1愛ダービーを制した段階ではそれほど評価の高くなかったトレイディングレザーが、その後、G1キングジョージ、G1インターナショナルSで、いずれも古馬の一線級を相手に2着に好走。この馬自身の評価を高めるとともに、3歳世代全体の水準を見直す声も上がっている。

 更に、一旦は前売りでの人気を下げたオルフェーヴルが、体調に問題がないことが確認されて再度の参戦が確定すると、再び人気が上昇。現段階では各社横並びの3番人気まで評価が戻ってきている。

 かくして、近年にないほど多士済々の顔触れが揃った今年の凱旋門賞戦線。残り1か月でどう動くかに注目したい。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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