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日本人ホースマンの悲願達成を阻む精強な敵とは?凱旋門賞展望

  • 2013年10月02日(水) 12時00分
他人さまに比べて苦労の多い来し方を過ごしたわけでは決してなく、むしろ随所で恵まれた思いをしてきた筆者だが、良い目が出そうな局面になると必ず、人生そうは甘くないと、むしろ悲観的になるのが習い性となっている。期待とは異なる結果となった時、これを受け止めるだけの胆力がないからで、胆力だけではなく目標に立ち向かう克己心も向上心も培って来なかったから、ハードルは常に低めに設定しておくという、情けない現実がここにある。

 だが、今年のG1凱旋門賞(芝2400m)に関して言えば、最良の結末を脳裏に描き、それが現実のものとなることを、強く念じながら見守りたいと思っている。

 そうでなければ、競馬の歴史を築いてこられた先達の皆様に、申し訳が立たない。日本で初めて西洋式の競馬が行われてから150年余り、日本馬が初めて海外に進出してから55年、凱旋門賞に初めて日本産馬が出走してから44年、幾多の艱難辛苦を乗り越えてきた人たちの夢が、ようやくにして叶おうとしているのだ。

 オルフェーヴル(牡5)を管理する池江泰寿調教師、キズナ(牡3)の手綱をとる武豊騎手が、いずれもスピードシンボリが日本馬としてはじめて凱旋門賞に挑んだ1969年に生まれているという事実にも、因縁を感じずにはいられない。

 報われてしかるべき人たちにとって、時は既に満ちている。

 オルフェーヴルとキズナに優劣を付けるのは、本当に難しい。

 前哨戦におけるパフォーマンスがより鮮烈だったのはオルフェーヴルだ。スローペースにも心乱されずに折り合い、勝負どころで鞍上が出したゴーサインに対し瞬時に反応。心身ともに1年前より良い状態にあることは明白で、そうであるならば1年前より良い結果、すなわち、優勝に結び付くと考えるのが道理である。

 前哨戦で乗り越えなくてはならなかったものはオルフェーヴルよりも大きくて多かったのがキズナで、これを涼しい顔で完遂したこの馬は、ひょっとすると私たちの概念を遥かに超越したサラブレッドではないかと思えてならない。しかも、古馬より3.5キロ、自身の前走より2キロ軽い斤量で出走してくるとなれば、頂点を極める走りをすると考えるのもまた道理である。

 本音を言えば、展望の結論は「2頭が馬体を併せてゴールに飛びこむ」としたいところだ。ゴールの刹那、どちらのハナを前に出ているかは、神の思し召し次第である。

 だが、さすがにそれでは解説者として失格で、胆力の欠片もない男には耐えられぬ誹りを受けることは火を見るよりも明らかだ。

 敢えて結論を出そう。メディアとの接触を絶つなど、鞍上の心に頑迷固陋さが垣間見えるオルフェーヴルよりは、手綱を握る男の表情に、これまでにはなかった明鏡止水の境地が読み取れるキズナを、わずかではあるが上位に見たいと思う。 

 日本人ホースマンの悲願達成まであとわずかというところへ来て、天の神様は最後の試練をお与え下さるかのように、精強な敵が随所に潜む舞台を設えている。

 最も恐い相手は、ドイツ調教馬ノヴェリスト(牡4)と見る。もともと期待の大変高かった馬で、デビューから無敗の4連勝で臨んだG1独ダービー(芝2400m)では単勝2倍を切る圧倒的1番人気に推されている。その独ダービーで2着に敗れ、秋のG1バーデン大賞でも4着となったが、ここまで11戦して敗戦はその2戦のみで、つまりは昨年10月にG1ジョッキークラブ大賞(芝2400m)でG1初制覇を成し遂げた後は、再び連勝街道を突き進んでいるのだ。

 勝っているだけでなく、その内容も極めて濃い。白眉は7月に英国のアスコットに遠征して制したG1キングジョージ(芝12F)で、Good to Firmという硬い馬場になった中、ハイペースで流れた競馬を好位で追走し、直線で桁違いの脚を繰り出して従来の記録を2秒以上更新する大レコードで快勝。そうかと思えば、G1サンクルー大賞では重馬場で楽勝し、G1バーデン大賞では超スローの上がりの競馬でも完勝。どんな競馬にも縦横無尽に対応出来るオールラウンダーがノヴェリストなのである。

 オルフェーヴルやキズナが、日本が産んだ稀代の傑物であるのと同様、ノヴェリストもまた、ドイツ競馬史に燦然と輝く名馬なのだ。この馬のポテンシャルの高さには、最大級の警戒が必要だろう。

 ノヴェリスト以外にも、それぞれにとって得意の形に持ち込んだ時には、脅威の存在となる馬が複数いる。

 馬場が軽く、切れ味勝負になった時のトレヴ(牝3)やザフーガ(牝4)。速い時計での決着となり、スタミナよりはスピード優先の競馬になった場合のアンテロ(牡3)。逆に、力の勝負になった際のルーラーオヴザワールド(牡3)。いずれも、凱旋門賞馬となっておかしくはない「格」を持った馬たちだ。

 だが、勝つのは日本馬である。当日はそういう局面のみを想定して、生中継に臨むつもりである。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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