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大人の遊び

  • 2013年10月26日(土) 12時00分
 今、札幌の生家でこの稿を書いている。25日、金曜日の最終の飛行機で東京に戻る予定だ。先週札幌に来たときは、台風26号の影響で羽田空港発の午前中の便がすべて欠航したなか、正午過ぎの便で無事に到着した。着いたら千歳で雪が降っていたのにはたまげたが、たまげただけで済んでよかった。
 帰りも、天気予報によると新千歳空港、羽田空港ともに大丈夫そうだ。雨や風がひどくなって飛ばなくなったり、飛んだはいいが別の空港に着陸なんてことになったら、時間が時間だけに困ってしまう。

 27日の日曜日、東京競馬場の非公開のイベントで、寺山修司に関する講座の講師をすることになっている。だから、最悪、その日の午前10時ごろまで府中にたどり着くことができればいい。万が一羽田に着陸できなくなったとしても、間に1日あるから、茨城だとか静岡あたりで降ろされても余裕なのか。いや、やっぱりスケジュールどおり、金曜の夜のうちに羽田に到着してほしいものだ。

 27日の天皇賞・秋では、私淑する伊集院静氏が表彰式プレゼンテーターをつとめる。

 氏は、その依頼を受けた日の夜、私に電話をくださった。

「話を持ってきてくれた人に、『島田明宏さんってご存じですか』と訊かれたから、よーく知ってますと言っておいたよ」
「ありがとうございます」
「天皇賞の日、あなたも競馬場で何かやるんだって?」
「はい……」

 と私は、前記のイベントについて説明した。

「なるほど。じゃあ、競馬場で会いましょう」
「はい、嬉しいです」
「ところで、最近まじめに……やってるわけないよな。キミがまじめにやっていないことは、おれが誰よりもよく知ってるんだ」
「いやあ……すいません」

 と言いながら、笑ってしまった。
 どうしてあんなに面白いことが言えるのだろう。

 私が同じように、自分より14、5歳下の書き手に電話したとしても、最近書いたものに対する感想を普通に言うなどし、相手を疲れさせて終わってしまいそうだ。

 型にハマって、つまらなくて、当たり前のことしかできないやつの書いたものが面白いわけがない。まだまだ青い……なんて、来月49歳になる男のセリフではないが、青いのだから仕方がない。

 大人の遊び。これが東京競馬の今開催のキーワードになっている。

 今、東京競馬場のイーストホールでは「大人の遊びとしての競馬〜寺山修司と虫明亜呂無の世界」の特別展が開催されている。
 伊集院氏が秋天のプレゼンテーターとなり、最終レース終了後にパドックで「大人の遊び、競馬」と題したトークショーをするのも、また私が寺山の講座に顔を出すのも、「大人の遊び」がらみである。

 私が20代前半のころから競馬にのめり込んでしまったのは、競馬が「ひとりで遊べる」ものだからだと思う。

 私は、「誰かと友達にならなければならない」という環境が非常に苦手である。前に書いたように、サラリーマンにならなかった(なれなかった)のは、毎日会ったり話したりする人間を選べないのが嫌だったからで、長い時間しゃべったり、一緒に行動する人間ぐらいは自分で選びたいと思っている。が、そんなワガママな男に付き合ってくれる人はそういないので、どうしてもひとりで遊ぶことが多くなり、ドライブや読書、ガーデニング、そして競馬などの「ひとり遊び」が生活の一部となった。でもって、私は根がセコく、効率よく物事を進めないと気が済まないタチなので、趣味で詳しくなったことをもれなく仕事にしてしまう。クルマの試乗レポートも書評もガーデニングエッセイもレース観戦記も、最初は書きたくて書いたはずなのに、3、4回も書くとスタミナ切れして、「つらい、苦しい」とばかり言うようになるのだから、我ながらわけがわからない。

 本稿を愛読してくれている方々はお気づきだろうが、また今回も、あれこれ書いているうちに、自分が何を言おうとしていたのか忘れてしまった。

 凱旋門賞ウィークの金曜日の夜、中央競馬PRセンターが企画したツアーの夕食会にゲストとして参加したときも、打ち合わせの段階で、司会者に「ぼくは脱線型」ですから、と伝えておいた。話しているうちに、最初に質問されたことを忘れてしまうので、どうしても脱線型になってしまうのだ。

 そうだ、「大人の遊び」について書こうとしていたのだ。
 寺山が言っていたように、馬券を買うのは自分を買うことであり、また、自分自身や、自分の欲望の形を見つめることでもある(とは言っていなかったかもしれないが、私はそう解釈している)。それを自分の金でフラフラになるまで繰り返して笑っていられるのが大人であり、そんな大人たちを、どんなときでもゆったりとした構えで迎えてくれるのが競馬である。

 今気づいたのだが、1995年の武豊騎手の結婚式で初めてご挨拶した伊集院氏と、競馬場でお会いするのは今週の天皇賞・秋の日が初めてになる。

 多くの作家が定宿としているホテルのラウンジ、銀座のクラブ、京都のすっぽん料理店……どこで会ってもカッコいい伊集院静氏が、東京競馬場でどんなふうに人々の目に映るのか。

 日曜日が、前以上に楽しみになった。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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