やまさき先生、早川先生をはじめとするバディ・プロのみなさん(右から、紋次クン、早川先生、やまさき先生、井ノ内貴之さん、トマス中田さん)
◆やまさき拓味先生「手紙は嬉しいね。すべて読んでいるし、年賀状で返事を返してました。」『優駿の門チャンプ』&『優駿の門アスミ』(秋田書店)の第6巻が、3月20日に同時発売されました!今回は、優駿の門シリーズのやまさき拓味先生と、やまさき先生のアシスタントであり、『優駿の門アスミ』の作画を担当する、早川恵子先生にお話しを伺いました。
赤見:『優駿の門』は、最初は少年誌(少年チャンピオン)での連載でしたよね?競馬モノで少年誌というのは、かなりの挑戦だったんじゃないですか?
『優駿の門チャンプ』&『優駿の門アスミ』(秋田書店)の最新刊
やまさき:その前は水泳モノをやってて、編集の山口(徳二)さんと「次何をしようか」って話してて。でもその頃の編集長が競馬が嫌いだったの。それで、4回だけの短編で競馬の話を作ってね。テンポイント・トウショウボーイ・グリーングラスの3強が大好きだったんだけど、テンポイントが故障してから、1か月くらい生きてたんだよね。毎日新聞に容体が出て、それを毎日切り抜いてた。そういうドラマをやりたいと思って、4回のお話を作って。僕の中では「競馬漫画はこれで終わり」って思ったの。そしたらちょうど編集長が変わって、今度は競馬大好きな人になって(笑)。それで『優駿の門』が始まったというわけ。
赤見:早川さんがアシスタントとして入ったのは、この頃ですか?
早川:ちょうど『優駿の門』第1話の時に入ったんです。最初は、きなことかの服の模様を担当しました。まだ専門学校を卒業する前で、早く就職したくて、学校に来てた求人募集の中で、先生のところが一番早かったんです。それで応募して。その時は水泳漫画を描いてる人だっていう認識だったから、きっと水の絵を処理するんだなっていう覚悟で行ったら、馬の絵でビックリしました(笑)。
先生の最初の印象は…、あの頃グラサン掛けてたんですよ!目の表情が見えないし、ぶっきらぼうな言い方をするから、もう本当に怖かったです。
1995年から続く『優駿の門シリーズ』
赤見:先生から見た、早川さんの印象は?
やまさき:採用したのは柔道やってたからだから。スポーツやってる子が欲しかったの。絵がどうこうじゃなくね。入れる時に、いつも漫画家に育てようと思って入れるんだけど、絵は描いてれば上手くなるから、そこは重要視しないのよ。大事なのは性格。学生時代にどういう経験をして来たのかだから。履歴書とかいっぱい送って来てもさ、趣味・特技の欄が大事なの。そこが、読書・音楽・映画鑑賞っていうのはもうダメ。だってそんなのやってて当たり前じゃない。「え?」って思うような、僕の知らないこんなことやってんのかと思わせてくれる人は、絶対に何かあるから。それがあればそこを伸ばしてやれるんだよ。
やっぱり、自分でモノを考える人間になって欲しいの。最終的にネーム(漫画の設計図。コマ割り、セリフを大まかに描いたもの)は自分で考えなきゃいけないんだから。その作業が出来るように、育てていかないと。
赤見:先生もそうやって育ったんですか?
やまさき:僕の時は、さいとう・プロ(ゴルゴ13のさいとう・たかを先生のプロダクション)に入った時、3人のチーフがいて、3人3様で。僕が付いた人は僕みたいな人で、「これ夜景ね」って出されるわけ。夜何時くらいかで絵も変わって来るから、自分で考えて。そういう教え方が僕には良かったんだよね。うちの場合は、自分で考えさせるために、まずご飯を考えさせるから。
赤見:ご飯ですか?!
早川:先生が、何を食べたいか考えて買って来るんです。前の晩に何食べたかとか、最近は何を食べたとか考えて、その日のお昼に食べたいものを考えて買って来るんです。間違ったら、また買いに行かされるんですよ!
やまさき:違うよ。間違えたらじゃなくて、考えてなかったらね。ちゃんと考えて買って来たものならいいの。「こいつ、適当に買って来たな」っていうのはすぐわかるから。考えることは習慣にして欲しいので。ホント、考えられない子が多いんですよ。周りを見ていても、やっぱり考えられない子は消えて行くから。
赤見:先生でも煮詰まることってあるんですか?
やまさき:毎回やん。もう毎回やん。今回はもうダメだって毎回思ってる。でもやるよね。原稿用紙埋めて行かないと前に進めないから。で、面白くないな〜ってやり直して。ただね、煮詰まることよりも、描いたものが面白いのか面白くないのかわからなくなった時が一番辛い。思考が限界に達するとそうなる。途中までネームを描いてて、自分で判断できなくなる。そういう時は悶え苦しむよね。しょっちゅうよ。でも、悶え苦しむのも快感だから(笑)。この仕事してて、毎日ずーっと快感を味わってるの。毎日漫画描いて、じゃあ休みの日は何をするってなれば、いつかやる作品のアイデアを考えたり、油絵を描いたりね。
赤見:先生の描く馬は本当にリアルで力強いですけど、馬の絵をしっかりと描くために馬主になったんですよね?
やまさき:そうそう。一口を持ってたセンターコートっていう馬がいて、中央では勝てなくて高崎に行くという話になって。「やまさきさん、買いませんか?」って言われたの。やっぱり、絵を描くにはじっくりと触ってみて、鼻の辺りはすごく柔らかいとか、頬は硬いとか、目に見えることだけじゃなくて感触も確かめたくて。自分の馬なら、いくら触っても怒られないからね。
赤見:先生にとって、『優駿の門』という作品はどんな存在ですか?
やまさき:僕ね、描いてる内容っていうのは昔から変わってないのよ。時代の周期っていうのが2,30年に一度回って来るのに、たまたま合ったっていう。そういう時に作品てヒットするんだよね。それで、編集の山口さんが競馬やってて、僕と感性がピッタリ合って。編集長も競馬好きな人が入って来たし、オグリとかブライアンとかで競馬もブワッと盛り上がったでしょう。そういうのが重なったと思う。だから長いことやってたら、どっかで重なることがあるんだなって。諦めないで長くやってたら、絶対に自分の時代が来るから。だから、時代を追っちゃいけないのよ。その時代その時代を追ってたら流されちゃうから。
赤見:優馬とか、アルフィーとか、あのキャラクターはどうやって生まれたんですか?
やまさき:競馬をやってたから、その中から取ってるの。アルフィーにしてもボムクレイジーにしてもモデルはいるし、優馬も何人かの騎手の要素が入ってるから。描き出した時はまた違う展開を考えていたんだけど、キャラクターたちが動き出して、ああいう展開になって。アルフィーの最後のシーンは、実は雑誌連載の時はなかったの。描き終えた後に栗東に取材に行って、厩務員さんの膝の上で死んでいった馬が居たっていう話を聞いて。それ、すごくいいなぁ〜と思って単行本に追加したの。誰の膝がいいかなって考えて、アルフィーが最後に会いたかったのは、小林だったっていうね。
赤見:あのシーンは、もう本当に号泣しました!チャンプにもモデルがいるんですか?
やまさき:チャンプはいないかなぁ。あいつ、可愛いよね。ケナゲで。クレイジーみたいに我儘じゃないし、でも嫉妬するし。紋次っぽいところあるよねぇ。
赤見:紋次くんは、早川さんが『家庭救助犬リーチ』を描くにあたって、飼い始めたんですよね?
早川:そうです。実際に飼わないと動きとかもわからないですから。一緒に暮らし始めて8年になるんですけど、今は職場の「かすがい」になってます。みんなを繋いでくれる、大切な存在です。
みんなを繋いでくれる、大切な存在の紋次くん
赤見:やまさき先生が立ち上げた、バディ・プロの名前の由来は何ですか?
やまさき:バディっていうのは、相棒とか仲間っていう意味。みんなもう本当に長年一緒にやって来てるから、今は家族みたいなものですね。『優駿の門』だって、僕一人の作品じゃないから。編集の山口さんとスタッフたちと、一緒に作った作品だから。「やまさき拓味」は、その代表名にすぎないんです。
赤見:読者の方からの反応で、嬉しいことって何ですか?
やまさき:手紙は嬉しいね。すべて読んでいるし、年賀状で返事を返してました。今でも手紙は大切にとってあって、夜中にこそっと読み返してニヤニヤしてる(笑)。宝物ですよ。最近は、メールばかりで手紙を書く人が少なくなったから、ファンレター来ないんだけどね。でも直接サイン会で読者の方に会えるのが嬉しいね。
早川:サイン会は本当に励みになりますね!単行本を出すたびに競馬場で即売サイン会をさせてもらってるけど、わざわざ買いに来てくれるわけじゃないですか。本当にありがたいです。
やまさき:競馬場でのサイン会もそうだし、今、販売方法が動いている時代でしょ。出版社とか、紙にこだわるだけじゃなくて、インターネットにも広がっている。今はまだこれからの販売方法に、確固とした道がないの。色々なことを考えているけれど、例えば日本ダービーなんてものすごい人が来るわけでしょう。そうしたらピンポイントで出来るわけで。どうすればそういう道に進めるのか、今模索しているところです。新しい試みを、楽しみにしてて下さい!
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たくさんの方のご来場をお待ちしています。