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メジロドーベルの孫でダービーへ!吉田豊騎手の恩返し

  • 2014年05月20日(火) 18時00分
吉田豊騎手

メジロドーベルの孫、ショウナンラグーンでダービーへ挑む吉田豊騎手



◆吉田豊騎手「先生の馬でダービー乗るのは最後ですからね。青葉賞を勝って良かったなって思います」

赤見:ショウナンラグーンでの青葉賞制覇、おめでとうございます。

吉田:ありがとうございます。やっぱり勝つ時っていうのは上手く行きますね。人気も全然していませんでしたし、500万でだいぶあの馬の競馬が出来るようになっていたので、距離の2400mはいいんじゃないかって思っていましたから、道中上手く溜められれば脚を使ってくれるとは思ってました。あのメンバーでどのくらいやれるかなと思っていたんですけど、まさか勝ってくれるとは…。

道中も上手く行ってて、一頭外からマクってくるような感じで行った馬がいて、その馬が下がってくる時にその外じゃなくて内から行けたのが良かったですね。蛯名さんの後ろにずっといて、くっついて行こうと思ってたんですけど、外に行ったから、「あの外に行ったらさすがにキツイな」と思って内に行ったら、上手く出ることが出来たので。

直線でグングン伸びてる時は、「とりあえず掲示板はあるな」って思って、その集団から抜け出してくれた時に内にもう1頭いたので「2着はあるな」って思ったら、最後その馬も交わしてくれました。

もともといい馬だったんですけど、けっこうゆるくて…。力が付けば走りそうだねって厩務員さんとも話していたんです。古馬になってからかなって。でも一戦一戦力を付けてくれて、真面目にもなってくれましたね。最初の頃はホントにやんちゃばっかりしてて(笑)。立ち上がったりしてすごかったんですよ。そこからどんどん大人しくなっていって、いい方に向かってくれました。

赤見:この馬で勝ったというのは大きいんじゃないですか?

吉田:そうですね。先生もそう思って買ってもらった馬ですし、僕もそうですけど、厩務員さんもメジロドーベルを担当していた方で。お母さんがドーベルの子供の中で一番いい形の勝ち方をしてくれて、すごく楽しみにしていたんですけど、その後走れなくて…。その子供なので、やっぱり走る仔を産んでくれたなと思いますね。

赤見:お祖母さんのドーベルと似てるところはありますか?

吉田:ドーベルの時は「折り合いが…折り合いが…」って言ってましたけど、その孫の割には意外とコントロールしやすいっていうか、上手に走ってくれるんです。似てるところは、ってけっこう言われるんですけど、そんなにないんですよ。お祖母さんはどっちかって言ったら馬房ではすっごく大人しくて人懐っこくて、それで競馬場行くとガッとスイッチ入って馬を追いかけて行くタイプだったんです。でもこの馬は全く逆で、馬房の中とか鞍を置くときとか本当にうるさくってやんちゃで(笑)。ドーベルは成長力がものすごかったので、そこが似てくれればいいなって思ってます。

赤見:青葉賞を勝った時、大久保洋吉先生泣いてらっしゃいましたね。ものすごく感動的でした。

吉田:先生が泣いたところ、初めて見ました。ちょっとウルッと来てるなっていうのは、ドーベルで勝った時にあったんですけど。まさかあのレースでというか、ドーベルで勝った時はGIでしたけど、GIじゃないレースで泣くとは…。よっぽどですよね。先生からしてみたら、今までだったらメジロさんの仔分けでドーベルの孫だからうちの厩舎に来るっていう風になってましたけど、そうじゃなくなってしまった中で、この馬をやりたくてショウナンのオーナーにお願いして買っていただいた馬ですから。そういう意味でも嬉しかったんじゃないかなって思いますね。あの時は「ああ、恩返しが出来たかな」って思いましたけど、何と言っても前哨戦なんでね。やっぱり次がありますから。

赤見:大久保先生は来年2月で定年ですから、今年が最後のクラシックというのもありますよね。

吉田:そういうのもみんなわかってましたし、一戦一戦終わっていくごとに、「先生と一緒に挑む、これは最後の〇〇のレースか」っていう気持ちはありますよ。クラシックシーズンになって、「今年は出る馬いないかな…」という感じだったんですけど、ダービーの最後の切符を取れて嬉しいです。

勝って挑みますので、どのくらいやれるか楽しみです。その後の秋もね、距離が延びていい馬ですから、菊花賞もありますし。そういう意味でも、青葉賞を勝って賞金加算できたことは大きいですね。

赤見:先生はどんな存在ですか?

大久保洋吉調教師

吉田豊騎手の師匠、大久保洋吉調教師



吉田:初めて会ったのが競馬学校の2年生だから、16歳の時なんですけど、今と変わらないというか、見た目から怖い印象で…。あのサングラスかけて見学してたんですけど、その時はまだ所属とか決まってなくて、「わ、すごい人来たぞ」って思いました(笑)。それから今までずっと、もう20年以上経ちますけど、全然変わらないですよ。慣れませんし(笑)。先生と話す時の緊張感は変わりませんね。

赤見:今の時代って、ここまでずっと所属っていうのはなかなかないですよね。

吉田:もうないと思いますよ、これから先は。昔みたいに厩舎の所属で「うちの乗せます」って言う風にはいかない時代じゃないですか。所属はしていても乗せられない事情とかもありますからね。うちの先生は、他のジョッキーでって言われたこともたくさんあったと思うんですけど、「うちのでいく」っていつも言ってくれたので。本当に感謝ですね。

赤見:フリーになろうとは全く考えなかったんですか?

吉田:なかったですね。最初の頃は、ただただ一生懸命やって厩舎の馬走らせたいって気持ちでやってて、その中でいい馬ともめぐり合うことが出来て、周りから「そろそろフリーになったらどうだ」って言われたこともあったんですけど、その頃には先生もあと何年っていう感じになりましたから、先生からフリーになれって言われない限りは、先生の引退まで所属でいたいって思ってました。

吉田豊騎手と大久保洋吉調教師

ずっと大久保洋吉厩舎所属だった吉田豊騎手(写真は2013年11月16日に勝利したクロスボウ)



赤見:喧嘩になったことないんですか?

吉田:ないですよ!先生の言うことは絶対です!!「これ、ゲートうるさくてダメです」とか、「引っ掛かっちゃって…」とか、ちゃんと話せばわかってくれる先生なので。「何でゲートで暴れるんだ」とか、そういう無茶なことは言わないですから。先生とは、本当に師弟関係っていう感じです。競馬以外の話はほとんどしないですね。だって怖いですよ(苦笑)。かなり大きな存在です。

赤見:大久保先生のラストイヤーに、先生が長年育んで来た血統の馬でダービーに挑むって、すごいことですよね。

吉田:そう考えれば考えるほど、青葉賞を勝って良かったなって思いますね。厩舎スタッフ全員が想い入れのある血統の馬ですし、僕としては悔いが残らないように、先生の馬でダービー乗るのは最後ですからね。メンバーは強くなりますけど、間違いなく秋はさらによくなる馬なので、現段階でこういうメンバーでどれくらいやれるのか楽しみです。

常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30〜)に出演中。

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