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陣営の信頼関係で勝ち取った栄光/日本ダービー

  • 2014年06月02日(月) 18時01分


◆人馬の「お互いの意志が通じる関係」

 見ごたえのある素晴らしい日本ダービーだった。栄光の勝者と、願い叶わず敗れた人馬の差は大きい。ゴールして互いに速度を緩めたワンアンドオンリー(横山典弘騎手)と、イスラボニータ(蛯名正義騎手)は、前後するように向こう正面まで流しながら息を整えた。

 ワンアンドオンリーは、10万を超す観客が待つスタンドに向かって、そのままゆっくり芝コースを帰った。勝者だけに許されるヴィクトリーランである。大歓声に向かって歩いた。

 イスラボニータはラチの切れ目にさしかかると、蛯名騎手にうながされるようにダートコースに入った。そのままイスラボニータは、ダートコースの馬道に下っていった。

 ワンアンドオンリーの橋口調教師は、これまで19回もダートコースに通じる馬道から帰ってくる管理馬を、地下の検量室近くで待った。ダンスインザダークの1996年、フサイチコンコルドに負けたとき、それは、勇退を間近に控えた小林稔調教師の執念に負けたのではないかと思ったという。2009年、2着に負けたリーチザクラウンがそうやって帰ってきたとき、15回目の日本ダービー挑戦で、初めてロジユニヴァースで勝った横山典弘騎手に、「ノリ、おめでとう」。真っ先に祝福の言葉をかけたのが、リーチザクラウンの橋口調教師だったのをリポーターの細江純子さんは見ていたという。

 今年の日本ダービーは、「わたしの執念で勝てたのかもしれない」と振り返る橋口調教師は、コンビで何度も何度もGIレース2着の経験がある横山典騎手にワンアンドオンリーの手綱をゆだねるとき、この馬に「ダービーまで続けて乗って欲しい」と指名した。

 これは、今年のワンアンドオンリーの日本ダービー制覇に大きなプラスをもたらした。2着に負けた弥生賞や、4着にとどまった皐月賞の内容から、横山典弘騎手に「これなら大目標のダービーでいい結果が出せそうだ」と思わせた。さらに「思うように乗れた」となる。でも、それだけではないように思える。今年の芝コースは明らかにイン有利だった。引いたのは内の2番枠。スローは見えている。だから、当然のようにワンアンドオンリーは、いつもとは違う先行策に出た。

 仮にテン乗りでも、同じように好位のイン追走だったろう。だが、ワンアンドオンリーと横山典騎手に、お互いの意志が通じる関係ができていなかったら、いつもとまるで違うレースになったワンアンドオンリーが、いつもと異なる先行策をとり、坂下にくるまで我慢してスパートを待ち、これまでと同じように猛然と伸びるレースができたとは限らない。

 先行型のウインフルブルームが出走を取り消した今年、逃げ宣言のエキマエが行くのは江田照男騎手でもあり、予想された通り。だが、事実上の流れの主導権をにぎって2-3番手でレースの流れを作る人馬が見えなかった。内の3番マイネルフロストがその候補ではないかと推測したが、そうではなく、外枠17番から好スタートを切ったトーセンスターダム(武豊騎手)だった。

 エキマエの飛ばした数字ではなく、2番手のトーセンスターダムの刻んだ数字を基準にすると、全体の流れは、推定「前半1分13秒0-後半1分11秒6」=2分24秒6。

 キズナの勝った昨年は、事実上の主導権をにぎり3着に粘ったアポロソニックを基準にすると、

 推定「前半1分12秒6-後半1分11秒7」=2分24秒3。

 今年は昨年以上にイン有利の高速の芝だから比較は難しいが、昨年の上がりは

「12秒3-11秒6-11秒7-11秒9」=35秒1-23秒6。

 今年は

「12秒2-11秒6-11秒1-11秒7」=34秒4-22秒8。

 残り400m地点で蛯名騎手のイスラボニータがまだ持ったままで先頭に並びかけたように、昨年と同じような勝ちタイムながら、全体が予測通りのスローで展開したため、最後の2ハロンがとくに「高速上がり」。かつイン有利のレースだった。

◆イスラボニータは距離を克服した見事な内容、タガノグランパの快走は非常に高い価値

 巧みにスローに持ちこんだトーセンスターダム(父ディープインパクト)は、故障かと映ったが、なにに驚いたのか自ら内に逃避してラチにぶつかった。つい最近も、新潟で内ラチにぶつかった馬がいたが、いったいなぜなのだろう。ムチや御法の問題ではない。買っていたファンはキツネにつままれた感じである。トーセンスターダムはバテて苦しくなったわけでもない。坂下までのレース内容からすれば、残念というしかない。ふつうにいえば、キャリア不足、厳しい競馬の経験不足が思わぬ破綻をもたらした、となるが、新馬戦ではない。これは日本ダービーである。

 13番枠からかかり気味に早めに3番手になったイスラボニータは、中盤からは折り合ったが、外枠から早めに好位に行かざるを得ない不利は大きかった。だが、負けたのだから、愚痴をいってはならない。イスラボニータは距離など平気でこなし、見事な内容の日本ダービー2着だった。橋口調教師の執念に屈したのかもしれない。勝ったワンアンドオンリーを素直に称えるとき、きっとイスラボニータ陣営(栗田調教師、蛯名騎手)に、ダービー制覇のチャンスが回ってくる。

 蛯名騎手は落ち込んだような顔つきに映ったが、また今年もフェノーメノの12年と同じように直後の「目黒記念」を勝った。さすがである。来年は、23回目のダービー挑戦が待っている。

 人気薄の伏兵として3着、4着に飛び込んだマイネルフロスト、タガノグランパは、ともに流れを読んだ果敢なレース運びが好走につながった。見事な健闘である。とくにタガノグランパ(父キングカメハメハ)は、レース前に生産牧場の「1400mで3勝してダービーに出走は申しわけない気もするが、牧場や馬主にとって初めてのダービー出走なので……」。そんなトーンの談話があったが、念願のダービー出走に心おどる生産者の心情がストレートに伝わってきた。それに応えたタガノグランパ(菱田騎手)はえらい。単勝230倍で、なんと0秒3差の激走である。

 レースの前に、「フジキセキの産駒だから…」などと短絡にも聞こえるひとくくりの考え方に、イスラボニータは身をもって反撃しなければならない、としたが、1400mでしか勝っていないタガノグランパの可能性を示した快走は、もっとはるかに価値があった。

 人気のトゥザワールド(父キングカメハメハ)は、素晴らしい中間の動きから、デキの良さならNo.1と思えたが、不思議なことに当日のパドックではあまり目立たなかった。各陣営ともに必死の仕上げだが、3歳馬はキャリアが浅いだけに、張りつめたピークの状態と、そうではなくなるのは紙一重なのだろう。横山典騎手や、蛯名騎手や、橋口調教師をみていると、川田騎手は、やっぱりまだ若すぎた。だいたい武豊騎手にしてからがダービー制覇は10回目の騎乗である。

 牝馬のレッドリヴェール(父ステイゴールド)の挑戦は、今年のダービーの盛り上がりに大きく貢献した。勝つのは1頭。ほかはみんな負ける。だからこれは仕方がない。初の遠征が応えたか、小柄な牝馬が当日輸送なしでマイナス8キロ。テン乗り。外の16番枠を引いた時点で、運にも見放されていたのだろう。素質証明は秋のビッグレースシーズンに持ち越しでいい。

 ハギノハイブリッド(父タニノギムレット)は、メキメキ地力アップ中のブライアンズタイム系の上昇馬。逆転の快走があって不思議なし。また、そういうデキと思えたが、この父系にしてはしなやかなフットワークのはずが、返し馬に入ると妙に硬く映った。今年になってここが6戦目。残念ながら、ちょうど目に見えない疲れが出るころだったかもしれない。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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