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“気持ちのリレー”で安住の地を得たシャドウスケイプ【動画有り】

  • 2014年06月10日(火) 18時00分
第二のストーリー


◆運命を決めた牧場スタッフの一言

馬の運命は、人間のさじ加減ひとつで決まる…馬の近くに長らく身を置いて仕事をしていると、そう思わずにはいられない場面にしばしば遭遇する。

 5月21日に亡くなったミヤギロドリゴが余生を過ごしていた福島県伊達郡のにぐらや牧場には、ダート戦線で活躍したシャドウスケイプ(牡15)も暮らしている。

→ミヤギロドリゴの最後の姿『18年の絆、現役時代の担当厩務員と暮らすミヤギロドリゴ』こちらから

第二のストーリー

 シャドウスケイプは、3歳時からダート路線で頭角を現して、長らくオープン馬として活躍し、2004年には根岸S(GIII)と交流重賞のクラスターC(GIII)に優勝している。2007年5月27日の障害未勝利戦13着を最後に競走馬登録を抹消されて、乗馬として第二の馬生を歩み出した。

 現役時代は栗東の森秀行厩舎の管理馬だった同馬がなぜ、福島のにぐらや牧場にやって来たのか。私の中に素朴な疑問があった。

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▲現役時代のシャドウスケイプ(撮影:下野雄規)


「主人の知り合いの方がシャドウスケイプを乗馬として持っていたのですが、後ろ脚が良くなくて乗馬になるのは難しく、2007年12月にウチにやって来ました」と、にぐらや牧場の斉藤美和子さん。斉藤さんのご主人の忍さんに伺うと、馬のマッサージ師・山縣眞紀子さんが、シャドウスケイプの乗馬時代のオーナーだったことがわかった。

「競走馬のマッサージを始めたのは、シャドウスケイプの馬主の飯塚知一さんがきっかけだったんですよ」と山縣さん。シャドウの冠名で知られる飯塚知一氏の所有馬のマッサージを依頼されて、トレセンに出入りするようになり、今では毎週美浦トレセン内で、競走馬たちにマッサージを施している。

「飯塚さんの馬が関西にもいましたので、時々マッサージをしに関西方面へも出向きました。シャドウスケイプは、グリーンウッドに放牧されている時によくマッサージをしたのですが、当時は小さいのに良く走る馬だなと思っていました」。山縣さんの言葉通り、現役時代のシャドウスケイプは、440キロ台〜450キロ台での出走が多く、ダート馬としては小柄であった。

「とても大人しくて小さくて可愛い馬でしたから、牧場でも可愛がられていて、乗馬としてどうですか? と牧場スタッフにも勧められました」。この牧場スタッフの一言が、シャドウスケイプの運命を決めたと言っても良いだろう。「本当に大人しくて可愛かったですから、飯塚さんにも了承していただいて、私が乗馬として持つことになりました」

 競走馬から乗馬に転用するには、調教がほぼ毎日必要となる。山縣さんは懇意にしている信頼おける人物にシャドウスケイプを預託し、しばらくの間、乗馬になるべく調教がなされた。「でも後ろ脚に跛行があり、それがどうしても治りませんでした。治療もしたのですけど、乗馬としては調教ができないということになってしまいました」

◆乗馬にはなれず…その時、思いが通じた

 乗馬を諦めざるを得なくなった時、山縣さんはシャドウスケイプをのんびりした場所で過ごさせてあげたいと考えるようになっていた。そんな折、マッサージをするために訪れたとある牧場で、旧知の仲だったにぐらや牧場の斉藤忍さんと再会する。
「斉藤さんにシャドウスケイプの話をしたら、奥さんも元厩務員さんで、しかも牧場だから1頭くらい大丈夫ですよと言って下さいました。本当に幸運でした」

 現役時代の放牧先のスタッフが乗馬として山縣さんに勧め、飯塚オーナーもそれに快諾した。乗馬にはなれなかったが、のんびり過ごさせてあげたいという山縣さんの思いが斉藤さんに伝わった。シャドウスケイプという1頭の馬を愛する人たちの気持ちが次々とつながっていき、ついに安住の地を手に入れたのだった。


 ゆったりと流れる時間の中で、のんびりと過ごすシャドウスケイプ。「乗馬になるために調教をされていたので、すぐに環境にも慣れました。去勢をしていないので、元気なところもありますよ。厩(うまや)に帰る時は、餌が待っているせいか、特に元気が良いですね。バタバタしたりしています。春は女馬のにおいがすると反応もしていますしね(笑)」

 放牧地の前に美和子さんが現れると「食べ物をくれ〜」と首を伸ばして催促していた。「私に懐いているという感じはしないですけど(笑)、ミヤギロドリゴと同じで、こちらも気ままです(笑)。ハートばみをかけようとするとイヤイヤをしたり、頑固な面もありますよ」。

 ミヤギロドリゴの時もそうだったが、美和子さんとシャドウスケイプの関係も、お互いが空気のように存在している…そういう感じがした。その美和子さんはシャドウスケイプを「シャドウスケイプ」と呼んでいるそうだ。「シャドウとかスケイプと呼ぶのはどうもしっくりしないので、ついフルネームになってしまうんですよねえ(笑)」、美和子さんは笑顔を見せた。

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▲のんびりと過ごすシャドウスケイプ


◆アラブの女傑も元気に過ごしている

 そしてここには、もう1頭、名馬がいる。生涯成績38戦29勝、金沢競馬のアラブの女傑・スーパーベルガー(牝16)だ。

 5月12日ににぐらや牧場を訪れた時には、出産を控え、大きなお腹で放牧地にいた。その瞳は爛々と輝き、さすがは29勝もした女傑だけあると感心した。レースで走っている姿を見てみたかった…そう思わずにはいられないような雰囲気を持つ馬だ。

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▲アラブの女傑・スーパーベルガー(牝16)


 後日、美和子さんから「6月2日の夜明け前に男の子を出産しました」という知らせが届いた。父にスクワートルスクワートを持つその子の今後に幸あれと祈りたい。

 すべての馬に第二の馬生が用意されてはいないという厳しい現実がある。その一方で、1頭の馬を愛する人々の思いがつながって、穏やかな毎日を手に入れたシャドウスケイプという馬がいるのも事実だ。5月に急逝したミヤギロドリゴも、現役時代の担当厩務員だった美和子さんの嫁ぎ先に引き取られるという幸運に恵まれた。アラブの競馬は廃止されてしまったが、アラブのスーパーベルガーは繁殖牝馬として第二の馬生を過ごしている。

 人間の気持ちひとつ、人間のさじ加減ひとつで、馬の運命は決まる。今回、にぐらや牧場で過ごしている馬たちと出会って、そのことを改めて実感したのだった。

(取材・文・写真:佐々木祥恵)


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▲にぐらや牧場の門


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▲桃の木に囲まれた牧場。育成も行われている


※シャドウスケイプは見学可です。見学希望の方は前日までに連絡してください。

にぐらや牧場
〒969-1663 福島県伊達郡桑折町伊達崎字吉沼31
電話 024-582-2786
見学時間 9:00〜16:00(12:00〜14:00まで休憩時間)

詳しくは「引退名馬」のホームページをご覧ください。
https://www.meiba.jp/horses/view/1999102590

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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