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「一走するごとに力を付けていく馬をスタッフみんなで作っていきます」橋口厩舎・山手助手にインタビュー

  • 2014年07月22日(火) 18時00分
競馬の職人




 先週は競馬界夏の風物詩、セレクトセールが開催され話題が盛り沢山でした。特にディープインパクトの仔がやはり人気ですが、今春G1を3連勝したハーツクライ産駒も話題になっていましたね。

 2年後のこの仔たちのデビューがまた楽しみです。

 また、2歳馬が次々にデビューし新馬戦が面白くなってきました。先週は世代一番乗りの重賞、函館2歳Sを制覇した北出厩舎の「アクティブミノル」が好スタートを切って先手を取り、最後の直線ではもうひと伸びする強い競馬。秋が楽しみになってきましたね。

 そして先週も我が「花の12期生」のメンバーがやってくれました。うれしいなー! 函館記念G3で村山厩舎の「ラブイズブーシェ」が古川騎手の手綱で見事優勝へ。「ふるかわくん・・・おめでとう! 」と早速メールしました。「久しぶりや・・・」と返事から喜びがにじみ出ていました。

 昨年の有馬記念では4着と大健闘し、目黒記念では惜しくも2着と力のある馬なので秋に向けて楽しみが大きくなってきました。

 今週は競馬の「職人」中の「職人」、橋口厩舎の山手助手を取材してきました。名伯楽・橋口先生が「うちの厩舎に来ないか?」と誘ってくれたのでびっくりし半信半疑だった、というお話もお聞きしました。

常石 今日は、よろしくお願いします。

山手 改めて丁寧に言われると緊張するな。まーあ、同期やから普通にしゃべってや(笑)

常石 ありがとうございます(それそれ・・普通やないから)。競馬学校卒業してから違う厩舎にいましたよね。その後、橋口先生から誘いの電話もらったそうですが?

山手 ちょっとした行き違いで先生ともめてしまって辞めたんです。

常石 えー、いつも優しいやまちゃんやのに。

山手 若かったんやな(苦笑)。ある日競馬に行ってた時、橋口先生から電話をいただいて「うちへ来ないか」と言ってもらったけどその時は半信半疑でした。橋田厩舎に所属している同級生の児玉(調教助手)に「お前の厩舎、空きあるか?」って聞いたら「ないで」と。「じゃあ、だれから電話もらったんかな? やっぱり橋口先生だよな?」こんなやり取りでしたが、とってもありがたい話でした。

 今思うと、よく僕を拾ってくれました。とても感謝しています。それから16年働かせてもらっていますが、うちの厩舎はみんな経験年数が長いですね。それだけ居心地が、いいんです。

常石 先生も自称されていますが、調教スタイルが決まっていないとよく言われますよね。

山手 とは言っても先生の中では、「これ」って言うものがあると思います。考え方が柔軟でいいと思うことはどんどん取り入れています。決まったスタイルだとその調教に合わない馬もでてくるでしょう。無理にやって壊れたら大変でしょう。

常石 だからダービーにあれだけの頭数の馬を送り出せるんですね。

山手 そうだと思う。「坂路調教するからね」って前日に言っていて翌朝になると急に変更になり戸惑うことも時々あるけど、ずっと馬のことを見ているからこそ言えるんだと思う。だから僕たちは、納得して乗るだけ。

 僕たちの仕事は、馬の実力が出るような調教をすること。馬の成長に合わせて持つ能力を引き出すことが仕事やな。それが出来るから乗っていて面白い。背中に跨った瞬間に「この馬ちょっと違うな」思う瞬間があるからね。

常石 ワンアンドオンリーは、どうだったんですか?

山手 入厩してきた時は、幼くてヤンチャでよく立ち上がってふらふらしていました。それに脚が開いていたんです。「おー、なんじゃ。この馬走るんか?」と思ったけど、体がとっても柔らかくバネがよかったので背中の乗り心地がよかった。

常石 へー脚が開いていると走らないでしょう。四足で走るから走った後、線路のように2本の足跡が残るのかと思ったら違うんですよね

 しっかり走る馬は、前脚が交互に交わるような脚の使い方をして、走った後を見ると一筋の足跡しか残っていないそうですね。特に坂路の坂を駆け上がっていたときに足跡がついているのでよくわかりますよね。ワンアンドオンリーの癖を直す調教をしましたか?

山手 特に何もしなかった。背中も柔らかいしバネもあるので集中して走ることを教えると脚の回転も速くなるので、レースでは、上手く使っているんだと思うよ。気性も落ち着いてきたしね。デビュー戦はダメだったけどね。詳しくはオンリーに聞いてみな(爆笑)

常石 ハイ是非聞いてみたいです(笑)。今厩舎には、いないですよね。

山手 牧場で休養中です。お盆あけに厩舎に戻る予定になっています。今、キズナとオンリー隣同士の馬房だそうです。ダービーの話でもしてるんじゃない?

競馬の職人


常石 ダービー馬2年連続送り出した牧場なんて凄いですよね。大山は緑も多いしリラックスしてるでしょうね。どんな話をしているのかのぞきに行って見たいですね。厩舎へ帰ったら秋へ向かってボツボツ調教始まるんですね。

 それに来年の7月には、イギリスのキングジョージへ行く予定だそうですね。お父さんのハーツクライが成しえなかったタイトル奪取ですね。クラレントも一緒に行くんですね。

山手 新聞では、そう書いてたな。まだわからんよ。まず秋にいいレースをしてから。もし、行くとしても、おれは行かないかな。今、オンリーは赤木さんが乗ってるしイギリスは旨いもんないからいややな(笑)。

常石 オンリーではなくやまちゃんの食事ですか?(爆笑)ポテトしかないといいますからね。まずは、オンリーの心配してくださいよ。

山手 いやいや人間やろ。世話するものがしっかり食べておかないと・・・。

常石 イギリスは、王室が持つ食器ウェッジウッドなどが有名ですからきっと美味しいものあると思うけどな。是非見つけてきてください。

 オンリーの調教では横山典弘騎手は栗東に来られなかったですよね。その辺の話を教えてください。他所の厩舎の話で申し訳ないですがゴールドシップの時は、3週連続で通い調教してましたよね。

山手 ゴールドシップは、とって強い馬だけどむらがあって、鞭を入れたら走るのを辞めてしまったり入れないと走らなかったりタイミングが難しい。厩務員もよくやってると思います。気を緩めると持っていかれてしまうからね。凄い馬を世話してると思うし、俺はまだあんな馬に出会ったことないな。

 オンリーは、典さんの中では、調教する必要がなかったんでしょう。だから俺たちが、典さんに手綱を渡すまで100%に仕上げ典さんにバトンタッチする。ダービーの日オンリーに跨ってからスタンド正面に行って客席を眺めるような感じだったからびっくりしてしまいテンションがあがってしまうと思って早く輪のりへ行って欲しいと思っていた。典さんに話すと「山ちゃん、馬鹿だなあ。あれが大事なんだよ。山ちゃんから手綱をもらってからあそこから俺は馬を作ってんだよ」と言われた。俺たちが頑張ってもここまでしか作れない。その後の13万人の客席を巻き込み、レースの駆け引きを想像しながら最高のオンリーに仕上げていくパフォーマンスは、ベテランの典さんしかできない業だと感じたね。

 ここが調教助手と騎手の違いだと実感した。レースに乗った感覚やそこで何が起こっているのかは、外から見ていたんではわからない。その違いがあるから、また面白いだろうね。厩務員には、馬のことしっかり聞いているのも凄いと思う。

 典さんの動きには、無駄がないしそつもないね。

常石 僕たちから見ても典先輩は普通の騎手ではなく馬を作る側にいる騎手だと思いました。時に精神面で「ここでレースするんだよ。ここがお前の力を出すところなんだ」と教えているようです。だから無理に観客の前から離そうとせず、馬が納得し馬自身が動き出すまで待っているんですよね。無駄な鞭も使いませんね。宝塚記念の時のレースを思い出します。ゴールドシップの時も1度も使ってなかったように思いました。

 山ちゃんももう21年目に入りますが、馬つくりでこだわって来たことは、ありますか?

山手 例えば、ワンアンドオンリーで言えば脚が広がっていたと話したけれど、大体こんな馬は体も硬いのでやばいなと思うんですがオンリーの場合はちょっと違った。体が柔らかく全体のバランスが取れていたんだ。だから悪いところは、治すのではなくいいところを見つけそれを使えるように教えていく。

 ムキムキに筋肉がつきすぎても体が重くなってかたい。ボディビルダーのように見せる筋肉で使う筋肉ではないね。長距離馬は、全体にバランスがよく持久力やバネがいい。短距離馬は、瞬発力がいるので前脚の筋肉がしっかりしているかな。

常石 G1馬になるような馬ってどんな感じですか?

山手 よく背中が柔らかいとか鞍はまりがいいとかいうだろ。イスで言うと高級のソファーに座るのと木の丸いイスに座る違いかな?

常石 それってよくわかります。馬の背中にバッチリはまったときは乗り心地もよく落ち着きますよね。はまらない時は、落馬しそうになりますよね。わかっているんですが難しいんです。

山手 座り心地のいい場所を見つけるのが助手の仕事だと思う。馬は助手が背中で安定し動きやすい位置にはまってくれていたら馬の動きの邪魔にならないし動きやすいし。だから走ってくれる。バランスよく走らせる。

常石 僕には、子供がいないのでよくわかりませんが、母がよく言うのには大人の体にそって骨盤の上にお尻をかけて抱くと片手で抱っこできるが真っ直ぐ抱えるように抱くと滑り落ちるようで危なっかしい。きっちりはまるってこんなことを言うんでしょうね。山ちゃんもお子さんがいるからわかりますか。

山手 そうやなー、よりかかってくれると抱きやすいけど反り返ると恐いな。ローズキングダムも乗り心地のいい馬でベルベットで包んだような柔らかさと品格があった。「おー、なんだこの感触は」という感じで初めての感触だったな。前と後ろのバランスがよくかみ合いきれいなフォームで走っていた。リーチザクラウンは、体の筋肉のバランスがよかったな。いいバランスで走れる馬を作らないといけないと思う。そういえばあのサンデーなんかはすごかったもんね。気性は激しく縦列にならんでキャンターしてる時でも前の馬に噛み付いていたな。今年のワールドカップに出ていたサッカー選手みたいやな。(笑)

常石 印象に残ってる馬はありますか?

山手 やっぱり有馬記念のトウカイテイオー。あれは最高でしたね。今でも思う。宮崎県出身なんですが、高校のとき乗馬クラブに所属し宮崎競馬場の馬とよく競走したんです。宮崎競馬場のクリバロンという馬がいて印象に残っています。実はこの馬、橋口厩舎にいたんだそうです。

常石 橋口厩舎とはやっぱりご縁があったんですね。確か先生も宮崎県出身でしょう。

山手 そうなんだよ。人の縁って面白いよな。

常石 ファンへのメッセージなどがありましたらお願いします。

山手 他のスポーツは、あまりよくは知らないけれど、自分が頑張ることで結果を出せるスポーツもある中、競馬は引退してからもいろんな面で活躍するし、血統が続いていくのも面白いね。

 どんな馬を作るにしても一人では出来ないし、個人ではなく厩舎スタッフみんなで作って行く。作る側と乗る側そして見る側それぞれ立場は違うが、1頭の馬に沢山の人が関わるから競馬は面白いし醍醐味もあると思うんです。勝つ負けるだけではなく、それぞれの立ち位置で見てみるのも面白いかな? 例えば、もし自分が騎手だったらとか馬主だったらとか考えると視野が広がってくるかな。

常石 2歳もデビューしてきましたが楽しみな馬いますか?

山手 これから見つけていきます。オンリーはデビュー戦なんてひどかった。でも一走するごとに力を付けていったんですけれど、そういった馬をみんなで見つけていきたいです。オンリーが阪神で走った後、C・ルメール騎手がダービー行ったらいいよ、そんな走りができる馬だよ、とアドバイスしてくれたんです。そう言ってくれる馬をスタッフみんなで作っていきます。

常石 わー、楽しみですね。秋も橋口厩舎から話題がいっぱい飛び出しそうですね。期待しています。今日はありがとうございました。

***

 橋口厩舎物語はこの後もまだまだ続きます。今回インタビューした山ちゃんは、競馬学校の同期です。年齢が2歳上なので頼れる先輩でした。学校の時からアンちゃんになって乗り役になってからもよくご馳走していただきました。いつもにこやかに笑って優しい先輩で頼りになる兄貴分です。いつも自分ではなくみんなでとか一緒にを大事にしてます。馬に余分な負担をかけない。いいところを見つけてのばす。そんな優しさが馬作りにもでているんだなと感じます。ずっと笑いっぱなしの取材でした。みなさんにもこの笑いを伝えたいです。つねかつこと常石勝義でした。

常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30〜)に出演中。

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