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競走馬が安住の地を得るということ ―トウカイパルサーの馬生【動画あり】

  • 2014年07月29日(火) 18時00分
第二のストーリー

▲北海道の上富良野で暮らすトウカイパルサー(撮影:江口美和)



(先週のつづき)

◆ヤンチャなパルサー、脱走して見つかった場所は…

 コバン牧場.eの江見洋一さんが最初に引き取ったサラブレッド、それが宝塚記念を勝ったスズカコバンだった。種牡馬を引退して行き場を失ったコバンは、江見さんのもとで約5年間のんびりと余生を過ごし、23歳で息を引き取った。

 コバンが亡くなる2、3か月前に、競走馬を引退した1頭のサラブレッドが江見さんの牧場にやって来た。2002年の愛知杯(GIII)を含めて6勝を挙げたトウカイパルサー(セン18)だ。

 2004年12月に中央競馬をを抹消された後にホッカイドウ競馬に移籍したが、脚部不安のために1度も走ることなく引退となった。「コバンを紹介してくれた知り合いから、処分されそうな馬がいるからどうかと言われて、もらいに行きました」。それから8年の歳月が流れた。

 江見さんに曳かれて外に出てきたパルサーは、早速草を食べ始めた。美しい流星とサラッと額に流れる前髪が、昨年亡くなった父トウカイテイオーとよく似ていて、品のある顔付きをしている。

第二のストーリー

「うるさいぞって言われたんだけど、うちに来たら大人しくなるから大丈夫だと言って引き取りました(笑)。現役時代は、結構騎手を落としていると聞いていましたし、大人しい馬ではなかったのでしょうけどね。コバンもうるさかったけど、あの子ほど大人しくなった馬もいなかったですし、馬は基本大人しいものと僕は思っていますからね」(江見さん)

 普段は至って穏やかなパルサーだが、江見さんが跨った時には競走馬だった頃の片鱗を見せることもある。「悪いことはしないですけど、乗られたら目付きが変わります。目が三角になりますよ(笑)。ジョッキー乗りなんかしたらキィーッとなるので(笑)、遊びで乗るだけだからってなだめて。するとそうでもなくなりましたけど」(江見さん)

 牧場を脱走して近くの小学校にいたこともあったという。「今は高台にいますけど、前はこの下で飼っていましたので、その時はよく脱走していたんですよ(笑)。この近くの学校に行ってたりしてね(笑)。馬がいるんですけど? って、学校から電話がかかってきました。でも餌の時間が来たらちゃんと戻ってきましたよ。多分、自分自身では逃げているつもりなんでしょうけど、餌もらえるから帰ってくるんですよね(笑)」

 江見さんは屈託ない笑顔を浮かべて、楽しそうにパルサーやコバンのエピソードを語っている。その横で、パルサーはひたすら草を食べ続けていた。「あんた、その草、おいしくないと思うんだけど」などと、江見さんはまるで友達にでも話かけるような口調で、パルサーに時折声をかけている。


◆「残れる馬は、生かしてやりたい」

 パルサーと江見さんの様子を見ながら思った。江見さんの自然体こそが、うるさかったスズカコバンやトウカイパルサーをリラックスさせたのだと。

 江見さんの奥様で、大阪出身の知美さんにも話を伺った。

「コバンが年を取って来てボーッとするから1頭ポニーを飼おうということになったのですけど、いつの間にか増えちゃって(笑)。主人が1頭だけと言っていたのに、2頭連れてきちゃったり(笑)。結局、ポニー6頭、ヤギが9頭、犬が9匹に、猫5匹、そしてウサギが2羽でですねえ(笑)。その結果、ふれあい移動牧場を仕事にすることになったんですよ(笑)」

 知美さんはしっかり者という雰囲気もあるが、江見さん同様、自然体でとても朗らか。話も弾んだ。

「パルサーは馬にはきついところもありますよ。牝馬には何もしないんですけど、牡馬にはきついです。まあパルサーは去勢されちゃってますけど(笑)。ポニーのエルフと柵越しによくやり合っています。エルフはポニーのボスなので、他のポニーたちを守っているんでしょうけどね」(知美さん)。品のある風情からは想像できない一面を知り、一層パルサーが身近に感じられた。

 上富良野から近い美瑛町にある「青い池」に寄って、その神秘的な水の青さに心洗われ、コバン牧場.eの「ふれあい移動牧場」があるかんのファームのラベンダーの紫の絨毯に癒された。こんな美しい自然の中で動物たちと暮らせたら幸せだろうな…と一瞬頭をよぎった。

第二のストーリー

▲大自然が生んだ神秘「青い池」(撮影:江口美和)


 しかし北海道の冬は侮ってはいけない。自然が豊な場所ほど、その暮らしは厳しくなるものだ。コバン牧場.eもその例に漏れず、大雪が降った日は、牧場のある高台に上がる道の除雪にかなりの労力を割かれるという。近隣の旭川市で生まれ育ったので、除雪の大変さは容易に想像がつく。

「私たちの住居は下の小学校の近くにあるのですが、牧場は水道が上がってない場所なので、除雪をして、まずは水を運びます」。田舎暮らしに憧れる都会人が昨今増えているが、北海道の冬は覚悟をしておいた方が良い…、知美さんの言葉に耳を傾けながら、そんなことを考えていた。冬場以外でも生き物相手の生活は、様々な苦労があるだろう。しかし江見さん夫妻と談笑していると、なぜかハッピーな気持ちになる。肩肘張って生きなくて良いのかもしれない。そんな気持ちになるのだ。

 会話の中で、GIレースに優勝したにも関わらず処分されてしまったとあるスプリンターの話をした時のことだ。

「可哀想だ」、江見さんがつぶやいた。その一言には、その馬への哀悼の意がこもっていた。そして続けた。「残れる馬は、生かしてやりたいなと思いますけどね」

 その言葉を聞いて、まだ馬を受け入れる可能性があるのかどうかも尋ねてみた。「ありますよ。まだスペースに余裕もありますしね」。スズカコバンもトウカイパルサーも、公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナルが行っている功労馬に対する助成金の対象馬で、個人の牧場で馬を飼う場合には助成金が受けられるのも大きいのだという。「助成金は月3万円から2万円に減額されましたけど、普通に生きていく分には2万円で何とかまかなえますからね」

 経済的な部分を考えると、引き取るとしたら助成金対象馬が希望だが、「助成金制度は14歳以上と年齢制限ができたようですが、14歳になっていなくても、それまでは自分たちで稼いで養いますよ」(江見さん)とのことだ。上富良野町のコバン牧場.eに、新たな仲間が加わる日が来るのを待ち望みたい。

「パルサーは僕にとって、ここにいて当たり前の存在です。コバンもそうでしたけどね。パルサーは最後までウチで面倒見ますよ」、江見さんの一言は力強かった。自然体の江見さんの中にある芯の強さを感じた。

 別れ際、パルサーの額に触れさせてもらった。草を食べていたのに無理に顔を上げさせられて迷惑そうだったが、静かに受け入れてくれた。江見さんに引き取られずに処分されていたら、パルサーはここに存在していなかったのだ。手のひらに額から伝わる温もりを感じながら、命の重さ、尊さを改めて考えたのだった。

第二のストーリー

▲パルサーから伝わってくる命の重さ、尊さ(撮影:江口美和)


(取材・文:佐々木祥恵)


※トウカイパルサーは見学可です。

コバン牧場.e
〒071-0509 北海道空知郡上富良野町西9線北29号
電話:090-6876-7666
展示時間:9時00分〜17時00分
直接訪問可:申込不要

引退名馬 トウカイパルサーの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/1996106096

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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