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アメリカ競馬が薬物依存を断ち切れるか、ついにレース当日のラシックス使用禁止へ

  • 2014年08月06日(水) 12時00分


ドラックフリーに最も後ろ向きなスポーツの1つと見られているのが、アメリカにおける競馬であった

 アメリカの競馬サークルがようやく、長年の懸案だった「ドラッグ・フリー」に向けて動き出すかもしれない。そんな、嬉しい予感を抱かせてくれるニュースが届いたのが、1日(金曜日)だった。

 この日、レース当日のフロセマイド(=商品名ラシックス)使用を禁じる動きに賛同する声明を、アメリカのトップトレーナー25名が共同で発表したのである。

 あらゆる競技スポーツにおいて、競技者による競技能力を高めるための薬物使用を排除しようというのが、近年の全世界を通じた流れである。各種アマチュアスポーツは勿論のこと、かつては日常的濫用すら疑われていたアメリカのメジャーリーグ・ベースボールでさえ、薬物を用いて記録を積み重ねたことが発覚した選手は、たとえそれが「反社会的」とみなされる以前の使用歴であったとしても、ファンの信頼を失い、殿堂入りの対象から外されるなど、社会的制裁を受ける時代を迎えている。

 そんな中、残念ながら、ドラックフリーに最も後ろ向きなスポーツの1つと見られているのが、アメリカにおける競馬である。

 例えば、記憶に新しいところでは、北米におけるシーズン終盤の一大インベント「ブリーダーズC」で、2歳戦におけるレース当日のラシックス使用を禁じる措置がとられたのは、2012年のことだった。この決定がなされた際には、1年後には3歳以上の競馬においてもラシックスの使用を禁じ、2013年のブリーダーズCはラシックスを完全排除した形で施行するというのが基本方針で、一般社会はこの決定を、ブリーダーズC協会が下した英断とおおいに称賛することになった。ところが2013年3月にブリーダーズC協会は、2013年も3歳以上の競走ではラシックスの使用を認めると、前言を翻す決定を行ない発表。ラシックス禁止で開催した2012年の2歳戦が、頭数が集まらず馬券が売れなかったことを踏まえての前言撤回で、結局は興行を優先するのかと、ブリーダーズC協会は一転して世間の冷ややかな視線を浴びることになった。

 筆者はかつて、ボールドイーグルの異名をとった西海岸の伯楽チャーリー・ウィンティングハム調教師にインタビューする機会に恵まれ、メディケーション(薬物使用)に関する質問も投げかけたことがあった。ちなみに、西海岸はアメリカの中でも薬物使用に鷹揚な感覚を持っている地域で、更に私がインタビューした当時は、鼻出血防止効果のある利尿剤だけでなく、筋肉増強剤や気管支拡張剤など、多くの薬物が現在よりも遥かに野放しの状態にあった時代だった。

 私の問いかけに対し、サンデーサイレンスをはじめ数多の名馬を育てた伝説の調教師は事も無げに、「あなただって、風邪を引けば風邪薬を飲むだろう?」と回答。妙な具合に納得してしまったことを、よく覚えている。納得した、と言うのは、薬物使用の必要性を得心したわけではなく、当時のアメリカ西海岸におけるごく一般的な通念として、風邪薬を飲むのと同じ感覚で能力を高める可能性のある薬を用いているのだとしたら、これを撲滅するのは容易なことではないと、そういう現実に納得したのであった。

 2012年にブリーダーズC協会がおかした前言撤回も、西海岸を拠点とするホースマンたちによる、ラシックス完全排除に対する強固な反対が背景にあったと言われている。

 それだけに、良い意味で予測を裏切られることになったのが、8月1日に出された声明だった。

 そこに名を連ねた調教師25名を、以下に記したい。

 ウェイン・ルーカス、トッド・プレッチャー、ビル・モット、シャグ・マゲイヒイ、キアラン・マクラフリン、クリストフ・クレモン、リチャード・マンデラ、ニール・ドライスデール、グラハム・モーション、トーマス・アルバートラーニ、ロジャー・アトフィールド、ホセ・コラレス、デヴィッド・ドンク、ジェレミア・エンゲルハート、オーイン・ハーティ、ニール・ハワ−ド、マイケル・ハッション、ケン・マクピーク、キャシー・リトヴォ、ジョナサン・シェファード、アルバート・ストール、ダラス・スチュワート、バークレイ・タッグ、ウィリアム・ヴァンメーター、ジョージ・ウィーヴァー。

 どうです、そうそうたる顔触れだと、思いませんか!?

 半ば以上が東海岸のニューヨークを拠点としている調教師たちだが、そんな中、西海岸の重鎮であるリチャード・マンデラ、ニール・ドライスデールらも、しっかりと名を連ねているあたりが、今回の声明の重要な点だ。

 彼らは、「競馬のグローバルリーダーとして、アメリカは今こそ、レース当日の薬物使用撲滅に向けて、率先して動くべき時を迎えている」として、2015年1月1日から全土の2歳戦で、2016年1月1日から全土の全競走で、レース当日のラシックス使用を禁じる方針に賛同すると、明確な意思表示を行なっている。

 更に、問題の本質の1つが、薬物使用に関するルールが州によってまちまちな点にあるとし、関連団体のRMTCらが主導している全米統一のルール作りを、積極的に支援する考えも明らかにしている。

 トップトレーナーたちが出した共同声明に、ブリーダーズC協会が即日、歓迎の意を表するなど、動きは急速な広がりを見せ始めている。

 アメリカの競馬がついに、薬物依存を断ち切る時が来るかどうか。今後の動きを見守っていきたい。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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