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十和田の称徳館を訪ねて

  • 2014年08月09日(土) 12時00分


館内にはナリタブライアンの蹄鉄も

 相馬野馬追最終日の7月28日、月曜日。午前中に野馬懸を見て、小高郷の騎馬武者・蒔田保夫さんの奥さまお手製の浪江焼きそばをいただいてから八戸に向かった。

 まっすぐ行けば4時間半ほどの道のりなのだが、途中、サービスエリアで休んだり電話取材をしたりしながら、夕方6時ごろホテルにチェックインした。

 まず、八戸の中心部にある小野画廊に小野剛史社長を訪ねた。TTGやその前の時代から競馬を愛するこの人と会ったのは2009年以来だろうか。

「今ちょうどこっちに久保田先生が来てるんだよ。連絡してみようか」

 と小野さん。久保田先生とは、JRA競馬博物館のメモリアルホールに展示されている、メジロマックイーンやタイキシャトル、ウオッカなどの顕彰馬の油彩を描いた「馬の画家」久保田政子さんのことである。

 久保田さんは八戸出身で、私がこの地で生まれた最年少ダービージョッキー・前田長吉について書いた「優駿」の記事を読まれ、連絡をくれたのを機に、ときおりお会いするようになった。

 小野さんと洒落たダイニングで食事をしていると、前の店でかなり飲んだ様子の久保田さんが、現地のブロック紙「デーリー東北」文化部長の川口桂子さんと一緒に入ってきた。私も同紙に寺山修司に関する文章を寄稿するなどし、翌日川口さんと会う約束をしていたので驚いた。

 すぐにそこを出て、俳人の三ヶ森青雲さんの待つ「南部美人」に河岸を変えた。最初に行ったダイニングにもこの店にも、久保田さんの絵が飾られていた。

 久保田さんは、その前日、7月27日に県内の十和田市馬事公苑「駒っこランド」で、主に子供たちを対象とした「馬の絵教室」の講師をしていたのだという。

「島田さん、駒っこランドにある称徳館って行ったことある?」

 と久保田さん。

「ないです。何年か前、長吉さんの展示をやったところですよね」

 そこで「戦争で失われた2つの命『伝説の騎手前田長吉展』と『サダコと折り鶴ポスター展』」が行われたのは、4年前、2010年の7月から8月にかけてのことだった。

「そう。広くて、素晴らしい展示のあるところだから、機会があれば、ぜひ行ってみてください」

 称徳館は、公式サイト(http://komakkoland.jp/facility_shoutoku.html)によると、全国でも珍しい馬の文化資料館として馬に関する数多くの資料を保有、展示している施設だという。

 7月30日、火曜日。長吉の兄の孫で、前田家本家代表の前田貞直さんに、最近出てきた新資料を見せてもらったあと、三沢の寺山修司記念館に寄ってから東京に戻ろうと思っていたのだが、予定を変更して称徳館に向かうことにした。

 称徳館のある駒っこランドは、八戸の中心部から北西に30キロほどのところにある。電車やバスなどの公共交通機関は途中までしかないので、家族や仲間とのドライブコースに加える(それも時間に余裕を持って)という感覚で訪ねたほうがいいだろう。八戸の市街地から1時間ほどで着くのだが、十和田市とはいっても十和田湖とは結構離れているので、湖も見に行くなら、さらに40分ほどクルマを走らせることを計算に入れておかなければならない。

 八戸・三沢方面からだと、十和田の市街地を抜けて10分ほどだろうか。少し高森山への道を上ったところに駒っこランドがひらけている。

 ここには称徳館のほか、イベントスペースや食堂などのある「交流館」、大きな滑り台などいくつかの遊具、体験乗馬や馬車(積雪時は馬そり)に乗ることができる「駒っこ牧場」、「展望台」などもある。

 久保田さんが言っていた「広い」というのは、駒っこランド全体が、という意味かと思っていたら、それだけではなかった。称徳館そのものも、驚くほど大きいのだ。

熱視点

青森県十和田市の駒っこランドにある馬の文化資料館「称徳館」


 入口から「驥北(きほく)館」「馬具館」「玩具館」「絵馬堂」「信仰館」「文献館」「民話館」「企画展示館」と名づけられた展示スペースが、芝生の綺麗な中庭から光の射し込む回廊でつながっている。馬の人形や文書、絵図、写真、年表、絵馬、蹄鉄などの馬具、面、旗指物、切手、藁細工……といった馬に関する貴重な資料が5000点ほど展示されている。

熱視点

驥北館の展示。反時計回りの回廊で馬具館につながっている


熱視点

回廊にはナリタブライアンの蹄鉄と、それを解説する記事も展示されている


 すべての展示を、少し急ぎ気味に見て歩いても30分はかかる。南部の馬をうたった和歌や、南部の馬の歴史、相馬野馬追図、ディスプレイされている馬具、「吉相の馬、凶相の馬」の説明図、「日本の馬と祭りと玩具の分布図」などを、意味を咀嚼しながらすべて見るには1時間半から2時間は必要だ。

熱視点

綺麗な中庭を眺めながら回廊を歩くのは気持ちがいい


熱視点

絵馬館のいろいろな絵馬を眺めているだけで飽きない。信仰館にはこの地方独特の南部小絵馬が展示されている



 明治18(1885)年、陸軍軍馬出張所が三本木(現在の十和田市)につくられ、それが拡張されて「軍馬補充部三本木支部」となった。三本木支部の総面積は2万ヘクタール、約2850頭もの馬がいたそこは、全国の支部のなかで最大の規模を誇る施設であった。

 そうした歴史を持つ地につくられた、この称徳館。横浜・根岸の「馬の博物館」のような施設なので、馬の博物館に行って楽しかったという人には、ぜひお薦めしたい。

 称徳館という名称は、『論語』の憲問の一節「驥はその力を称せず、その徳を称するなり」から来ているという。優れた馬というのは力のあるものを言うのではなく、徳のあるものを言う、という意味らしい。馬にたとえながら人間のことを指している、という解釈もあるようだ。

 寒立馬見学、寺山修司記念館来館……といった青森の「馬旅」をする機会があれば、ここもルートに加えてみてはいかがだろうか。

 なお、観覧料や営業時間などの詳細は、公式サイトを参照されたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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