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高橋康之調教師(4)『馬を育てる三大柱 調教・ケア・飼料管理』

  • 2014年08月25日(月) 12時00分
おじゃ馬します!

▲整頓された高橋康之厩舎の内部

高橋康之調教師のインタビュー、最終回の今週は、厩舎でとても重要な『方針』に迫ります。厩舎の内部におじゃますると、馬が快適に過ごせる工夫がなされ、馬具や物品はきちんと整理され、厩舎方針や連絡用の表を貼ったりと働きやすい工夫が施されています。馬に寄り添った育て方を心がけている高橋調教師。その熱い信念とは―。(第3回のつづき、取材:東奈緒美)

馬の特性を理解した上でのアプローチ


 調教師試験に合格されたら、今度は開業に向けての準備が大変だったと思うのですが?

高橋 そうですね。まずは金銭面ですよね。スタッフへの給料が先払いなのと、あとは道具をそろえなくてはいけないですので。道具と言うのは、馬の手入れ道具、乗るための道具、厩舎作業をするための道具も必要です。それから、馬たちが夏場も気持ち良く過ごせるように、ミストや扇風機を入れたりですとか、設備面も整えないといけないですね。

 挙げて行くと、たくさん出てきますね。

高橋 そうなんですよ。細かいところまで言うと、飼い葉桶とか水を飲む桶とかも(笑)。どういう物が必要で、どうすれば少しでも安く仕入れられるか、いろいろ調べました。あとは、厩舎の方針を決めることも開業準備で大切なことです。「こういう調教をしていきたい」「将来的にこういうことをしたい」という柱を自分の中で作って、スタッフに伝えて、浸透させていく。それが結構大変でしたね。

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▲高橋康之師の手書きのトレーニング方法


 具体的に、どういう方針を立てていらっしゃるんですか?

高橋 『調教』『ケア』『飼料管理』、うちではこの3つを柱に馬を育てるということをしています。『調教』は、競馬に向けてどういう調教をしていくか。個々の馬たちの特徴を知りながら、どういう調教をしていくのがいいかというところですね。短所を直すのでなく、長所を伸ばして短所にしないようにするという調教をしています。調教や競馬をすれば、今度は疲れが出てきます。そこで体も心もリフレッシュさせてあげる。そういうケアを大切にするという意味での『ケア』ですね。

 体だけでなく、心のケアもなんですね。

高橋 ええ。心身ともにケアが必要というのは、人間も一緒ですもんね。心のケアというのは、馬が安心できる場所を提供してあげるということでもあります。馬は本来集団で生活する動物で、その集団の中に“リーダー”という存在がいるんです。それを“アルファ”と言うんですけど、そういう存在がいることで、馬は集団の中で安心できるんです。

 それは、草食動物だからですか?

高橋 そうですね。肉食動物だと単独でもいいんですが、草食動物というのは群れることで生存率を高くしています。何か危険があったときに、その場で立ち向かうのが肉食動物で、逃げるのが草食動物。逃げることを安全快適とする馬の性質を生かして、人間のもとにいるのことが安全快適であるというコミュニケーション、信頼関係を作るんです。馬の性質を人間が理解した上で、馬へのアプローチをしていきましょうと。そういうのを「ホースマンシップ」と言うんです。

 馬は集団にリーダーがいることで、安心して過ごせるんですね。

高橋 馬はとても賢いので、馬同士だけではなく人間に対しても、「この人はリーダー」「この人は自分より下」と順位を決めるんです。だから同じ扱い方をしても、反抗される人もいれば素直に聞いてもらえる人もいます。馬はそういうの、よく見ていますよ。それこそ、ステイゴールドは人間に対してもボスでしたからね(苦笑)。人がよそ見をしながら彼の馬房の前を通ると、ガブッといかれました。

 「俺に挨拶はないのか」って!?

高橋 そうそう。「お前は肉食動物か!」ってね(笑)。でも、噛みつくというのは、ちょっとした防御反応でもあるんですよ。やられる前にやるという。限られたスペースの馬房の中にいるので、馬たちが逃げられる範囲というのも決まっています。人間が来ることを「不快」としていて、それでいて逃げる場所もないならば、もう攻撃するしかなくなって、ガブッといくというのもあります。その辺をよく見極めながら、もしかしたら人間の側に何か原因があるのかというのも考えた上でどうするかを考えるのも、ホースマンシップなんですね。

 そして、3つ目が『飼料管理』。

高橋 はい。ディープインパクトの走りが僕の基準というお話をしましたが、基本的にしなやかで柔軟な走りをする馬になってほしいというのがあります。それは、必要以上に筋肉をつけないということでもあるんですね。陸上選手のカール・ルイスとベン・ジョンソンってわかりますか? カール・ルイスは、スラッとした体型で軽やかな走りをする。ベン・ジョンソンはガシッとしていて、カチカチッという走りをする。カール・ルイスのように、必要以上に筋肉をつけ過ぎないで、軽やかに走れるということを理想として、運動量や馬の疲労度なども考えた上で、飼料のバランスを考えます。

 無駄な筋肉をつけすぎないようにする。

高橋 無駄な筋肉というのは、過程があるんですけど、それも人と一緒で、まずは脂肪をつけ過ぎないことなんですね。脂肪は筋肉に変わるので、脂肪をつけ過ぎないために運動量以上の飼い葉はあげないという調整です。エクササイズで減量する人とか、何か競技に向かっていく人たちがやっていることと同じだと思うんですが、運動量と飼い葉の量は比例しないといけないということですね。

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▲キレイに保管された飼料、配分も細かく決めている


同期の後藤浩輝騎手へ「ごめんね」


 厩舎としては初勝利、2勝目と勝ち星を重ねていて、厩舎の方針が結果として現れてきているということですね。改めて、初勝利というのはいかがでしたか? 同期の後藤浩輝騎手の手綱でというのが感動的ですが。

高橋 ごっちゃんは、同期の中で昔から一番仲が良かったんです。よく一緒に映画へ行ったり、遊んだりしていました。初勝利のスズカカイゼルは「ここでやってくれるんではないか」って楽しみにしていて、ごっちゃんの乗り方にも合うなと思ってお願いしたんです。だから、結果が出て余計にうれしかった。

あの時ごっちゃんが、「勝ったぞ―!!」って僕らに向かってガッツポーズをしていたみたいなんですけれど、僕はスタッフとワーワー騒いでいて気がつかなかったんです(笑)。他の人にあとで言われて、「あっ、そうだったんだ。ごっちゃん、ごめん…」って思いました。ごっちゃん、次の週に厩舎へ来てくれたんですよ。一緒に写真を撮ったりして、それをfacebookにも載せてくれたみたいです(https://www.facebook.com/510gotty 4月18日の投稿)。

 そんな思い出もあった初勝利だったんですね。17戦目での勝利でしたね。

高橋 思ったより早かったかなと思います。もしかしたら半年ぐらいかかるかもなと、思っていましたので。その当時は、厩舎のやり方や作業の流れというのもまだまだ出来ていなくて、「勝とう」というより「まずは一頭一頭大事にレースに向かわせて」というのが強かったんです。バタバタと苦しい時期だったので、一つ勝ったことで一息呼吸できたかなって。ずっと息を止めて走ってきて、ハ〜ッとやっと一息つけたような感じがありましたね。

でも、一つ勝つと、厩舎の雰囲気が変わりますね。不思議なもので、あれもこれも勝てるじゃないかって思えてきたりして(笑)。まぁ、それまでやってきたことが結果につながった一頭でしたので、自分の中で「これでやっていけるかな」という自信にもなりました。

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▲一頭一頭の特徴や注意点を書いてスタッフ皆で共有


 調教師試験の合格発表の時に「池江泰郎先生のように、馬と人の絆の大切さを教えていける調教師になりたい」とおっしゃっていましたが。

高橋 そうです。それが僕の原点。いろいろなものに支えられて調教師という仕事ができている、そして自分の人生があるんだなというのを、今すごく感じています。そういうことを普段の生活から大事に生きていかないと、馬という“生き物”を育てるというところにはつながらないのかなとも思いますしね。

 最後に、目標レースはありますか?

高橋 目標レースはダービーですね。でも、何でも勝ちたい。GI、GII、GIII、平場でも何でも勝ちたいですし、リーディングも獲りたい。海外にも行きたいですし、調教師として一流と呼ばれるような高みにも行きたい。そういう競馬の喜びを、スタッフ、応援してくれている馬主さん、お世話になっている業者さん、そしてファンのみなさん、そういう人たちと一緒に分かち合いたいですね。周りの人たちをたくさんの巻き込んで、一緒に上がって行きたいなと思っています。(了)

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▲『馬と共に学び 馬と共に楽しむ』を厩舎のモットーに、さらなる高みを目指す

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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