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不自由な脚も痛みも受け止め“今”を生きるメルシーエイタイム【動画有り】

  • 2014年10月14日(火) 18時00分
第二のストーリー

▲忍者ホースクラブ、右下がメルシーエイタイム


最初に骨折も発見されていたら、今はなかったかもしれない


 10月3日、滋賀県東近江市にある忍者ホースクラブを訪ねた。忍者訪問は実は2度目。1度目は今年1月19日、大雪が降って馬場が真っ白になった日にお邪魔させて頂いた。その時にはまだ入厩していなかったメルシーエイタイムが、今はすっかり忍者の一員になっている。

 当時、当クラブの宮本佳英さんは「正式にエイタイムを引き取るというお話を頂いているわけではないですけど、ウチに来るという噂は聞いています、あれだけの大怪我を負った馬だから、正直リスクもありますし、迷いもあったけど、ウチで引き取るということになったら、できるだけのことはやってみようという気持ちです」というようにお話されていたことを、忍者ホースクラブの敷地に足を踏み入れた瞬間に思い出した。

 昨年暮れの中山大障害でエイタイムが発症した左第2趾関節脱臼は、通常なら予後不良の診断がなされても仕方のない故障だった。しかし完全脱臼ではなく亜脱臼だったために、JRAの獣医師は予後不良という最悪のケースではなく、生かすための手術に踏み切った。故障した脚を抱えたまま栗東への長距離輸送は厳しいため、美浦トレーニングセンターの競走馬診療所に運ばれてきたのは、レースの翌日だった。

 以来、手術成功、美浦出発、忍者ホースクラブ到着、エイタイム応援の絵馬奉納イベントなど、幾度となくニュースとして取り上げさせてもらった。ファンの方から託されたお守りを、担当の北尾俊幸調教助手に届けたこともあった。エイタイムが過ごす予定である忍者ホースクラブともコンタクトを取り、前述した通り事前に訪問もさせて頂いた。忍者ホースクラブに入厩した後も、電話取材でお世話になった。エイタイムの記事を掲載するたびに、彼の無事を祈るコメントが多く寄せられ、いかにファンの方々がエイタイムの回復を祈っているかが伝わってきて、胸が熱くなったのは1度だけではない。

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▲ファンから贈られたお守りが馬房の壁にずらりと


・コラム「5時間の大手術を耐え抜いたメルシーエイタイム、幸せな余生を」→記事はこちら
・ニュース「23日に手術をしたメルシーエイタイム、経過は順調」→記事はこちら
・ニュース「奇跡の回復を果たしたメルシーエイタイム、美浦を出発 」→記事はこちら
・ニュース「メルシーエイタイム、余生を過ごす忍者ホースクラブに無事到着」→記事はこちら
・ニュース「メルシーエイタイムの治癒を願って絵馬奉納」→記事はこちら

 宮本さん初め、スタッフの方々との挨拶もそこそこに、エイタイムの顔を見に行く。宮本さんが「そこにメルシー2頭(メルシーエイタイムとメルシーモンサン)が並んでいますよ」と教えてくれた。1番手前に、キリッとした顔をした馬がいた。エイタイムだ。その瞳には、光が宿っていた。元気そうだ。美浦トレセンの競走馬診療所から栗東へ出発した1月28日以来、約8か月振りに目にするエイタイムの姿。エイタイムを前にして、昨年暮れからの様々な出来事が甦ってくる。彼がここに生きている。目の前で、元気にしている。それだけで感無量だった。

 宮本さんに「気をつけてくださいよ。ホンマ、気が強いですから」と注意を促される。油断しているとバクッと噛みつかれるのだという。こちらも痛い思いはしたくないので、細心の注意を払ってエイタイムに挨拶をする。エイタイムは瞳をキラッと光らせて鋭い視線をこちらに向けた。昨年暮れの中山大障害で故障した左後ろ脚に視線を移すと、他の脚に比べると明らかに太さが違う。自由がきかないのだろうなというのは、素人目にもわかった。だがそれすらも忘れさせるような、凛々しさがエイタイムにはあった。

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▲他の肢に比べて細い左後ろ肢


「見ていると、左後ろ脚に体重をかけないで立っているんですよね。ですから他の3本の脚に負担がかかっていますし、運動もできないですから、それらが原因の症状が体に出てきてもおかしくないのではないかとも思います」と宮本さんは、現状を教えてくれた。

 既にご存知の方も多いだろうが、栗東トレセンの競走馬診療所に移動してから、故障した脚の膝に新たな骨折があるのが発見された。エイタイムはその痛みとも闘わなければならなかった。その骨折はレース中なのか、その後なのかは定かではない。しかし「最初にその骨折が発見されていたら、もしかすると手術は行われなかった可能性もあるよね」と宮本さんはつぶやいた。

 確かにそうだ。脱臼に骨折では、やはり予後不良だったかもしれない。それを考えると、手術を受けて命をつなぐ、エイタイムはそういう運命にあったのかもしれないとも思うのだ。脱臼の上に骨折の痛みを抱えて、エイタイムには辛い日が続いた。汗をかきながら、痛みにじっと耐え、餌を食べても実にならない毎日だった。

「正直、いずれ死ぬのではないかと思いました」(宮本さん)。長年馬に携わっていれば、このような状態になった馬がその後どうなるのか想像がつく。それだけに宮本さんのその言葉は、真実に近いものだと思う。けれども、宮本さんの予想に反してエイタイムは生き続けた。汗をかきながら痛みに耐えていた時期を乗り越え、今は「そんなことあったっけ?」とでも言いたげな表情でこちらを見ている。

「この馬だから、生きられたと思いますよ。ホンマ、この馬は強いです」と宮本さんは話すが、その言葉通りだと思う。神様はその人が乗り越えられる試練しか与えないというけれど、エイタイムが乗り越えられるだけの強い精神力と肉体を持つ馬だからこそ、厳しい試練を神が与えたのかもしれない。

 そして本気で噛みついてくるエイタイムのことを「いたわってやろうという気持ちが湧いてこないですよ(笑)」と宮本さんは笑っていたが、それは強靭な精神力を持つ彼に敬意を表した表現なのだと口調や表情から感じた。確かに左後ろ脚は痛々しいのだが、あくまで強気を通すその表情を見ると、いたわるという気持ちを持つ方が失礼なのではないかとさえ思うのだった。

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左後ろ脚をかばって3本の脚だけで…


 忍者ホースクラブの馬たちは、整体もできる女性獣医師に診てもらっているのだが、エイタイムもその例外ではない。「人間でもそうやけど、生活する上でいろいろと体勢を変えますよね。休む時もそうだと思うのですけど、エイタイムはそれがうまくできませんからね。そうすると仙腸関節などがズレてくるんですよね。それで代謝が落ちたり、関節の歪みが出てきたら、普段の生活がストレスになってくるのではないかと思うんですよ。僕らでも腰が痛かったり、肩凝ったりしたらしんどいですからね。それで仙腸関節を調整してもらうなど、整体をしていただいているんです」(宮本さん)

 そして「その獣医さんが女性というのが良いのだと思いますよ。癒しというのですかね。触ってもらっていると、馬も気持ち良さそうにしています」と宮本さん。癒しの力は、体だけではなく心にも働きかける。女性の持つ母性のようなものが、馬をリラックスさせるのだろう。エイタイムも女性獣医師によって、心身ともに癒されているに違いない。

 翌日、再び忍者ホースクラブを訪ねる。馬房の後ろ扉を開放してもらい、そこからつながる専用の小さな放牧地にエイタイムは出ようとしていた。左後ろ脚を爪先しか着かずに、3本の脚だけでエイタイムはピョコピョコとぎこちなく外に出た。その姿を見てうーんと唸っている私に、宮本さんが「不細工な歩き方やろ?」と話しかけてきた。何と言ったら良いか言葉が出なかった。可哀想とか痛々しいとか、そういう感覚ともまた違った。これが現実なのだ。

 手術が成功したからと言って、元気に走って障害を飛んでいたあの頃に戻るものではない。そういう現実が目の前にあった。生きている、それだけで感無量だったが、その翌日のぎこちない歩様を目にした時には、感無量というのは撤回したいという思いに駆られた。そういう簡単な言葉で片付けてはいけない。この馬は、不自由な脚も、痛みも、すべてを受け止め、不平を言わずに今を生きている。人間はとかく過去を悔んだり、将来に不安を覚えることに忙しく、今を大切に生きていないことが多い。けれども、少なくともエイタイムは「昔は良かった」とか「将来、僕はどうなるんだろう?」とか、人間のような後ろ向きな感情は持っていない…それが良く伝わってきた。

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▲放牧地で外の空気を楽しむメルシーエイタイム


 外の空気を楽しみながら、静かに草を食べ、窓から顔を突っ込んで、馬房の中の様子を窺う。カメラを向ける筆者に気づいて、どんどん近づいてきて「何撮ってるんだ」と言わんばかりの威嚇するような表情を見せる。その姿は自然だったし、エイタイムは正に今を生きているのだと実感した。


 訪問時、現役の競走馬・ダンディーズムーン(牡3)がちょうど入厩していた。このダンディーズムーンがエイタイムの向い側の馬房に戻ってくると、エイタイムはビックリするほど激しくいななき、振り上げた前脚を馬栓棒にぶつけて大きな音を立てていた。ダンディーズムーンがいる時はいつもこうなのだそうだ。「おい、若造! 俺はGIホースなんだぞ!」と誇示しているのか「まだまだ若造には負けられないぞ」といきり立っているのか。とにかくその様子は、激しいの一言だ。改めてエイタイムの元気さと気の強さ、プライドの高さを認識させられた場面でもあった。

「多少やけど、筋肉もちょっとずつ戻りつつあるんで、痛さにも慣れてきたのではないですかね。来たばっかりの頃は、トラブルも多かったし、いつまで生きるかなというのが正直なところやったんですけど。これは笑い話やないけど、俺、こいつより生きなあかんよなとか(笑)、何歳まで生きるやろとか言ってるんですよ(笑)」(宮本さん)

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▲宮本さん「俺、こいつより生きなあかんよな(笑)」


 3本の脚で大きな体を支えていくのは、厳しいことなのかもしれない。心配するような疾病が出てくるのかもしれない。けれども、宮本さんがエイタイムより長生きしなきゃと思うくらいに、現在の彼は元気にしている。3本脚で走路を走って逃げたこともあるそうで、その逃げ脚たるやとても速かったという。そのあたりにも、エイタイムの強さがしっかりと現れている。どんな状況になっても、エイタイムは彼らしく生き抜くのではないか。目力鋭いエイタイムと、宮本さんやスタッフの皆さんの明るさに接して、そう確信したのだった。(つづく)

(取材・文:佐々木祥恵 写真:佐々木祥恵、編集部)

※忍者ホースクラブは見学可です。訪問される前には、事前に連絡をしてください。

忍者ホースクラブ
滋賀県東近江市瓜生津町745-1
電話 0748-23-7822
メールでのお問い合わせはHP内のメールフォームからお願いします。
http://biwako-ninja-hc.com/

忍者ホースクラブのブログ
http://blog.livedoor.jp/ninjyahc/

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お疲れお馬の支援本部
http://sweet-love-horses.jimdo.com/

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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