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スマイルジャック種牡馬入り

  • 2014年11月01日(土) 12時00分


◆引退式は11月3日、川崎で

 ものすごく嬉しい報せだったので、気がついたら電話をしながら立ち上がり、右の拳を握りしめていた。電話の相手は、美浦の小桧山悟調教師だった――。

 今週の月曜日、ずっと応援していたスマイルジャック(牡9歳、父タニノギムレット)が現役を引退することを知った。

 スマイルがいる川崎の山崎尋美厩舎の公式サイトのBBSで、厩舎サイドの書き込みとして引退の報告がなされていた。そこに、こう記されていた。

<今後は北海道の牧場で余生を暮らすことになる予定です。現在、小桧山先生が新居を探してくれています>

 前にこの稿に書いたように、引退後は小桧山調教師が死ぬまで面倒をみるつもりだ、と話していた。自身の母校である東京農工大学馬術部で、乗馬として余生を過ごさせる道を考えている、と。

 それだけに、ちょっと引っ掛かっていた。

 ――北海道の牧場で余生?

 東京農工大学は、その名のとおり、北海道ではなく東京にある。

 だからといって、すぐに連絡するのもどうかと思ったので、2日後の水曜日、小桧山師に電話をした。

「スマイルがこれから過ごす場所、コビさんが探しているんですよね」

 私が言うと、

「うん、まあね」

 と少し間を置いて答えた。

「北海道の牧場で、小桧山先生が新居を探してくれています、って出ていましたよ」

「どこに?」

「山崎厩舎のサイトです」

「ああ、それでか」

 と急に声のトーンが変わった。小桧山師は、パソコンやスマホでサイトを見ることなどないアナログ人間なのである。師はつづけた。

「いや、会う人会う人に『スマイルの受け入れ先を探して動いているんでしょう?』って言われて、どうしてかなと思ってたんだ。面倒くさいから『おれは何もしてないよ』って答えているんだけど、動かないわけがないよな」

「北海道に受け入れ先がありそうなんですか?」

「うん、種馬にしてやりたい、と思ってね。やっぱり、スマイルの仔を自分の厩舎に入れたいからさ」

「そうなんですか!?」

「だから、あさっての金曜日、北海道に行って、ジェイエスの責任者に会ってくる。いろいろ条件を詰めなきゃならないから。おれは、オーナーに依頼され、全権を委任された、という立場だけどね」

「上手くいくといいですね」

「引退式を川崎でやるのは知ってる?」

「いえ」

「3日にやるんだって。それこそ、インターネットに出ているはずだよ」

「コビさん、行くんですか」

「もちろん。だって、ファンだから」

「じゃあ、ぼくも行きます」

「その前に、金曜の夜には結果が出ているから、電話するよ」

 と話していた小桧山調教師から電話が来たのは、金曜日の昼過ぎだった。予定よりずいぶん早い。

「決まったよー。アロースタッドで種牡馬になる」

「本当ですか!?」

 私は立ち上がっていた。

「うん、これでまた調教師をつづける理由ができちゃったね」

「いやー、嬉しいです」

 一度は諦めていただけに、喜びは格別だった。

 実績ではスマイルより劣る馬が種牡馬となるニュースを見るたびに複雑な思いをしていた。

 ――スマイルの仔なら早い時期から走るだろうし、何より丈夫だろうし、距離適性の幅だって……。

 ――母父サンデーだから相手の繁殖が限られるのかな。でも、その血がスマイルの強さになっていたんだし……。

 などとグジグジ考えずにはいられなかった。

 大学の馬術部に行ってしまったら、一ファンの私が会いに行くことなどできなくなる。手の届かない遠いところに行ってしまうことを覚悟していた私は、よもやこんな「逆転」の喜びに浸れるとは思わなかった。

 小桧山師が言った。

「やっぱり、壊れなかったっていうところが偉いよね、あの馬は。うちにプロスペラスマムっていう65回競馬した牝馬がいるんだけど、それに付けたいぐらいだよ」

 夕刻、スマイルが小桧山厩舎にいたとき担当していた梅澤聡調教助手に電話をかけた。

「スマイル、よかったですね」

 私が言うと、

「え、決まったんですか」

 と梅澤さん。

「あれ、コビさんからまだ聞いていなかったんですか」

「はい、昨日『明日北海道に行って話をしてくる』と聞いたきりです」

「ぼくのコラムにこのことを書こうと思っているんですけど、梅澤さんのコメント使わせてもらっていいですか」

「はい、面白いことは言えないですけど」

「やっぱり嬉しい?」

「すごいことだと思います。一頭ぐらい、子供をやってみたいですね」

 と、欲のないことを言うのが、いかにもこの人らしい。

「引退式には行きますか」

「そのつもりです。だけど、どこで見たらいいんでしょうかね」

「どこかで一緒に見ましょう」

 と切ってから、すぐ、ずっと調教で乗っていた芝崎智和調教助手にも電話をした。この人は、ほかの厩舎スタッフが「スマイルが負けると、シバの機嫌が悪くって困っちゃうんですよ」と苦笑するほど「スマイル愛」が強かった。

 芝崎さんも、私が連絡するまで種牡馬入りを知らなかったという。

「初年度産駒が2歳になるのは4年後ですか、あの馬の仔に乗ってみたいです」

「自分が乗っていた馬が種馬になるって、いいものですか」

 と私が訊くと、芝崎助手は、

「はい。引退が決まったとき、先生に『去勢する前に、こっそりプロスペラスマムに種付けしちゃってください』って冗談で言っていたんですよ」

 と笑った。

「いやあ、ほんと、タマをとられずに済んでよかったですね。芝崎さん、引退式は?」

「行きます。ニンジンぐらい持って行こうと思っています。なかに入ることができるかどうかわからないけど、とりあえずスーツを着て行くつもりです」

 小桧山調教師も梅澤さんも芝崎さんも、種牡馬入りが決まる前から引退式に行くつもりでいた。

 たくさんのファンに愛されたスマイルは、いつも近くにいる人間たちからも強く愛されていたのである。

 私にとってスマイルジャックは特別な存在だった。物書きになったばかりのころに初めて話した競馬関係者である小桧山悟調教助手(当時)が調教師となり構えた厩舎で、初めてGIを意識させてくれて、競馬との関わり方や向き合い方を大きく変えてくれた。

 正直、川崎に移籍した時点で、夢や思いが途切れたように感じていた。しかし、種牡馬入りが決まったことにより、北海道に行けばまた会うことができて、再来年には産駒が誕生し、3年後には初年度産駒が競走馬としてデビューして……といったように、いろいろなものが先へとつながれた。

 スマイルジャックの引退式は、11月3日、月曜日、川崎競馬場で第7レース終了後に行われる。

 また何か言いたげな顔で、鋭くガンを飛ばしてくれるか、楽しみである。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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