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実はスマイルの妹も

  • 2014年11月15日(土) 12時00分


 予定どおりなら、この稿が世に出るころには、スマイルジャックは馬運車に揺られ、北海道に向かっていると思われる。

 引退と種牡馬入り決定、引退式レポートと、2週つづけてスマイルについて書いたところ、大変な反響があった。

「愛されているということが、よくわかりました」

 引退式のあと、美浦・小桧山悟厩舎の芝崎智和調教助手が、川崎駅に向かうバスのなかで、実感をこめてそう言った。

 芝崎助手はスマイルが小桧山厩舎にいたときずっと稽古をつけてきた人なのだが、彼も、世話をしてきた梅澤聡調教助手も、そして小桧山調教師も、仕事としてこの引退式に来たわけではなかった。

 ただ、スマイルに「さようなら」と「ありがとう」を言うためだけに来ていたのだ。

「島田さんとこうやって知り合いになれたのも、あいつが走ってくれたおかげですよね」

 と京浜東北線の車中で芝崎助手が口にした言葉の「島田」を「芝崎」にして、そのままお返ししたかった。

 それはそうと、実はあのとき腹が減っていたので、どこかで一緒に食事をしてから帰りたかったのだが、芝崎助手が寿司の折詰を手にしていたので、声をかけるのを遠慮した。

 ――芝崎さん、今度どこかでメシを食いながらスマイル談義をしましょう。

 この馬のネーミング決定に関わった、新潟総合テレビの鈴木秀喜アナウンサーも、名付け親の吉川かおりさんも、私のことを知っていてくれて、嬉しかった。

「いつも『スマイル愛』のある原稿、ありがとうございます」と鈴木さんに言われ、恐縮した。

 私にとって、文章を書くことは仕事なので、サラリーマンが通勤電車に乗るのと同じことだ。私がもしサラリーマンだったら(すぐクビになるだろうから、この仮定は成立しないかもしれないが)、通勤電車のなかでスマイルのことを考えたり、スマイル関連の記事を読んだりするようなものだと思う。

 スマイルに関して、ひとつ、カミングアウトすべきか、このまま言わずにおくべきか迷っていたことがある。

 それは、5歳下の全妹アンスーリールのことだ。今、園田で走っているこの馬の馬主は生産者の上水牧場になっているが、美浦・国枝栄厩舎にいた去年の秋まではユニオンオーナーズクラブの所有馬だった。

 実は私は、この馬の一口会員だったのだ。

 一口会員になったのは20年ぶりぐらいのことだった。なぜこの馬を持ったかの説明は不要だと思う。

 言いたがりの私の性格からすると、スマイルの妹のパートオーナーになったことをあちこちで自慢したいところだったが、所属厩舎が小桧山厩舎ではなかったので、コビさんや梅澤さん、芝崎さんらに申し訳ないような気がして、ずっと黙っていた。

 JRAでは未勝利で、園田に行ってからは7回も2着になりながら1勝しかできず、再ファンドされないことが先日決まり、完全に私の手を離れることになった。

 そのアンスーリールが1歳だった2011年の夏、牧場に会いに行ったときのことだった。私が馬房の前に立つと、興味があるらしく、顔を突き出してはくるのだが、神経質で気の強いところがあるため、耳を細かく動かしたり絞らせたりと、なかなかいい写真を撮らせてくれない。

 ――もう少し、このままここにいたら、少しは馴れてくれるかな。

 と思っていると、不意に私の胸に顔を埋めてきた。

 それだけで私はこの馬にメロメロになってしまった。

 そのとき撮った写真をパソコンとスマホの待ち受け画面にし、競馬場ではパドック最前列に陣取って写真を撮り……と、私はずっと「アンちゃん」にデレデレだった。

 次に一口所有するとしたら、スマイルの産駒になるのだろうか。

 今回は導入部だけにするつもりだったのだが、気がついたら全編スマイル関連の話になってしまった。

 東京も秋らしく街路樹が色づいてきた。きょうはコートを着て出かけることになりそうだ。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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