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『理不尽なスタートラインだからこそ…』馬の幸せを考え続けて【動画有り】

  • 2014年12月09日(火) 18時01分
(つづき)

第二のストーリー

▲10月からホースガーデンのメンバーになったレインスティック


「馬が幸せじゃないと何もしてくれない」


 美浦トレーニングセンターからほど近い茨城県牛久市にある乗馬クラブ「ホースガーデン」を取材したのは、前回もお伝えした通り、勢司和浩調教師からの依頼によるものだ。

 勢司厩舎の管理馬だったレインスティック(牡7)が、ここホースガーデンで乗馬として第二の馬生を歩み出したのは、10月半ばのこと。「(社台サラブレッドクラブの)元会員さんやファンの方に、是非会いに行ってほしいのです。そしてレインスティックと触れあったり、将来的には乗ってみてほしいんですよ」と7歳まで活躍してくれた同馬を慈しむような表情で、勢司師は話をしてくれた。

 父サクラバクシンオーと母リズムオブザレインを両親に持つレインスティックは、2007年5月7日に北海道の社台ファームで生を受ける。2歳の8月にデビュー以来、38戦6勝の成績を残しているが、昨年秋には、アイルランドT(OP・芝2000m)に優勝後、天皇賞(GI・芝2000m・14着)にも駒を進めている。7歳になった今年も現役を続けていたが、10月半ば、調教中に鼻出血を発症したために、10月17日に競走馬登録が抹消されてホースガーデンにやって来たのだった。

 大人しくて賢いレインスティックは、今後乗馬としても有望と、ホースガーデンのディレクター・中倉優子さんは同馬への期待を語ってくれた。そのレインスティックが、インストラクターの古田慶幸さんに引かれて放牧地へと向かった。秋の柔らかい日差しにキラキラと輝く栗毛がそこにいた。顔には縦に細長く白い線が走っている。そのせいか少し面長に見えるレインスティックの顔を撮影しようとするのだが、すぐに頭を下げて草を食べようとする。古田さんに顔を上げてもらって、何とか顔を撮影した。

第二のストーリー

▲レインスティックとインストラクターの古田さん


 古田さんは海外に滞在した経験もあり、優子さんが大きな信頼を寄せるインストラクターだ。埼玉県出身の古田さんが初めて馬に触れたのは、高校1年の夏休みだった。オーストラリア人のクラリー氏が始めた岩手県にあるクラリー牧場で過ごした3週間で、馬の楽しさと可愛さにすっかり目覚めた古田さんは、高校を1年で中退して、そのクラリー牧場に住み込みで働き始めた。

「クラリーさんは、先生というよりホースマンという感じの方でした。乗馬を教わるというより、馬はこういう時にどんなことを考えているとか、馬がこうしたいのだからそれをしてあげなさいなど、馬との精神面での付き合い方をたくさん学ばせていただきました」

 クラリー牧場に勤めている間に、オーストラリアやドイツなど海外で勉強する機会も与えられたが、さらに長期間、海外で学びたいと考えた吉田さんは、クラリー牧場勤続10年の節目に、牧場を辞めてアイルランドに渡る。経済的な理由もあって半年後に帰国した古田さんは、千葉県の北総乗馬クラブで働いた後、ホースガーデンのインストラクターとなり、日本に腰を据えることとなった。

「馬が幸せじゃないと、何もしてくれないと思っています」

 インタビューを開始してすぐに、古田さんはこう話した。「馬は言葉を話してくれませんから、馬の幸せというのは僕ら人間が考える上での幸せなんですけどね。だから一方通行だったり、一人よがりな考え方になってしまうかもしれません。それでも馬が楽しいなとか、人を乗せて良かったなとなるべく思える状態を作っていかないと、こちらがやりたいことに馬は応えてくれないという気持ちがありますから、それを1番大事にしています」

第二のストーリー

▲馬に乗る古田さん、馬はドイツの有名なグランプリライダーが乗っていたというスターンバーグ


 吉田さんの言葉からは、馬へのたくさんの愛情も感じたが、葛藤もあるのではないかと思った。

「競走馬や乗馬は経済動物と言われていて、人の要求に応えるためにこの世に生を受ける…そもそもそのスタートラインから理不尽だと思うのですが、その理不尽なスタートラインだからこそ、せめて自分が手をかけている馬には、少しでも幸せを感じてくれるように…。

そもそも人が乗るというのも、自然界ではありえないとですから、理不尽なのかもしれないですけどね。だからこそ、理不尽な中でも幸せを感じてもらえるような環境作り、日々のケア、トレーニングプランを立てるということを、意識して行うようにしています」

 精神面での馬との付き合い方を教わったクラリー牧場での10年間が、古田さんの馬に対する考え方に大きな影響を与えているように思う。だからこそ、理不尽なスタートラインから始まる馬の一生について考え、葛藤しつつも、自分ができる仕事を精一杯行うというスタンスでいるのだろう。

「馬はオンとオフができる頭の良い動物ですから、そういう部分に僕らは少し甘えさせてもらいながら…ですよね。日本の乗馬クラブにいる馬はサラブレッドがメインですから、サラブレッドたちとうまく付き合いながら、より多くの馬にチャンスを与えてあげたいです。そうすれば僕らも助かりますし、馬たちも幸せなのかなと自らに言い聞かせるように仕事をするようにしています。

幸いうちの社長(中倉優子さん)も、馬に対する考えが同じということもあり、1頭1頭とちゃんと向き合える時間とその環境を設けてくれますので、感謝していますし、お陰さまで楽しく仕事をさせて頂いています」

第二のストーリー

▲乗馬レッスン後の古田さん、愛情を持って馬との時間を楽しんでいる


 馬の幸せを考えて、日々真摯に馬と向き合う古田さんに、新しくホースガーデンの仲間に加わったレインスティックについて伺った。

「馬っぷりが良いというのが第一印象でした。勢司厩舎から来る馬は総じてそうなのですが、人に対して注意を向けてくれるというのでしょうか。自分の世界だけというのではなく、自分の世界の中に人がいるのが当たり前になっているという感じですね。不特定多数の人が触る乗馬クラブという環境においては、それはとても大切です。

 ただとても繊細だなと思いました。厩舎に入って行く時もこちらの様子を見ながらですし、それでいて人間を待っていてくれるというところもあります。そのあたりに繊細さを感じますね。今は三種の歩様、常歩、速歩、駈歩を普通に行っていますし、障害も飛越しています。障害の飛び方がとてもきれいなんですよ。どの分野でも良さそうな感じを受けますね」


 現在のところ、乗用馬になるためのレインスティックの調教は順調に進んでいるようだ。一般の人がその背に跨ることができる日も、そう遠くはないかもしれない。

「競馬の世界は、競走馬を引退したらそれで終わりという印象を受けます。でも馬にとっては、むしろ競走馬を引退した後の馬生の方が時間としては長いわけです。今回のように、競走馬を引退して乗馬となる馬を取り上げて頂くことで、チャンスをもらえる馬が少しでも増えてくれれば良いなと思うんですよね」(古田さん)

 競走馬を引退して、乗馬としての道が開ける馬は決して多くはない。けれども、中倉優子さんや古田慶幸さんのような、馬の幸せを考えるホースウーマンやホースマンがいることに、少し救われたような気がした。

 ビギナーホースとして大切にされてきるチアズシャウト(牡17)や、今後乗用馬としての活躍が期待されるレインスティックをはじめ、ここにいる馬はみな顔が穏やかだ。トレセン取材に疲れたら、馬たちに癒されにまた訪れよう。そう思いながら、ホースガーデンを後にしたのだった。(了)

(取材・文・写真:佐々木祥恵)

ホースガーデン
茨城県牛久市奥原町3598
電話・FAX 029-875-1677
定休日 火曜日・年末年始
HP http://www14.ocn.ne.jp/~h-garden/index.html

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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