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【有馬記念特別企画】当事者が語るGI制覇の舞台裏〜ドリームジャーニー・池添謙一騎手Part1

  • 2014年12月22日(月) 18時01分
GIドキュメント

▲池添の人生を変えたドリームジャーニーでの有馬記念を語る


2011年の牡馬クラシック3冠のほか、三度のグランプリ制覇を成し遂げ、日本競馬にその名を刻んだオルフェーヴル。主戦を務めたのは池添謙一。いわく「オルフェーヴルで経験した数々のプレッシャーを克服できたのは、ドリームジャーニーの有馬記念があったからかもしれません」。池添のジョッキー人生を大きく変えたドリームジャーニーとの出会い、そして2009年有馬記念。その舞台裏に迫る。(取材・文:不破由妃子)


乗り替わりのジョッキーには負けたくない


 2009年有馬記念──。

 1番人気は、その年の桜花賞、オークスを制したブエナビスタで、鞍上はこれが初コンビとなった横山典弘。デビュー以来コンビを組んできた安藤勝己は、前走エリザベス女王杯3着を最後に主戦の座を追われていた。これはある意味、この年の有馬記念を象徴する出来事といっていい。

 というのも、出走馬16頭中、実に8頭の鞍上が前走からの乗り替わりで、さらにはっきりとお手馬といえる馬での参戦となると、エアシェイディ(3着)の後藤浩輝、リーチザクラウン(13着)の武豊、そしてドリームジャーニーの池添謙一の3人に限られた。

「それまでにもたくさんGIに乗せていただいていましたが、あんなに自分を追い込んで臨んだレースは初めてでしたね」

 デュランダルやスイープトウショウで数々のビッグレースを制し、すでに『大舞台に強い男』として周知されていた池添。そんな池添にとっても、あの有馬記念は“特別”だった。オルフェーヴルでダービーを制した直後、「あの有馬記念での経験があったから、ダービーではギリギリのところで緊張をコントロールできた」と語ったほどだ。

「ブエナビスタをはじめ、なにしろ乗り替わりが多いレースでしたからね。『ここは負けられない。絶対に勝つ!』という、強い気持ちを持って臨んだ一戦でした。前年の安田記念で初めて乗せていただいてから、ずっと僕を乗せ続けてくださっていたわけですから。とにかく『乗り替わりのジョッキーには絶対に負けたくない』、そう強く思ったのを覚えています」

GIドキュメント

▲「乗り替わりのジョッキーには絶対に負けたくない」と強く思った


 初めて手綱を取った2008年の安田記念は、勝ったウオッカから1秒以上離された10着。

「乗り難しい馬で、あまりうまく乗れなかったんですよ。ただ、GI馬だけに、やはり走りにはいいものがあったのと、これからもっと良くなってくるはずだという手応えを感じたんです。できるならば乗り続けたいと思ったんですが、もともと次は豊さんで小倉記念に向かうことが決まっていた。それでもレース後、池江先生には『また乗せていただけるならぜひ乗りたいです』という気持ちだけは伝えたんです」

 そんななか、小倉記念の前週、ナリタシリカに騎乗した新馬戦での斜行により、武豊が開催2日間の騎乗停止に。池添は、滞在先の函館でその事実を知った。結果的に、この「武豊の騎乗停止」という不測の事態が、池添のジョッキー人生を大きく変えていくことになる。

「ちょうど池江先生も函館にいらっしゃったので、『もし決まっていないのなら、僕を乗せてください』とすぐにお願いしにいったんです。『行けるの?』と聞かれたので、『行けます』と。なにしろ翌週のことで、函館でもすでに何頭か乗り馬が決まっていましたから、他の厩舎の方たちには迷惑を掛けてしまったんですが。安田記念のときに感じた通り、状態がさらに良くなっているとすれば、GIIIなら力が違うはずだと思いました」

 こうして二度目の騎乗機会を得た池添。当日はダイシングロウに次ぐ2番人気だったが、返し馬の段階で改めて自信を深めたという。

「安田記念で感じた乗り難しさというのは、自分の重心をどこに置いて、馬の走りとどうバランスを取るかということだったんですよ。体が小さくて、ピッチ走法でちょこちょこ走る馬でしたからね。さらに

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