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助成金を受けて暮らす馬たちの姿 ―引退名馬繋養展示事業

  • 2015年04月07日(火) 18時01分
第二のストーリー

▲アドマイヤスバル、オースミダイドウら5頭を繋養している土佐黒潮牧場(撮影:赤見千尋)


(つづき)

個性派の面々が暮らす土佐黒潮牧場


 JRAの関連団体「軽種馬育成調教センター(BTC)」が1996年から実施している「引退名馬繋養展示事業」は、中央競馬の重賞勝馬(のちに地方競馬のダートグレード競走勝馬も含まれるようになる)に対して、所有者が申請をすれば、その馬のファンへの公開を条件に助成金が交付される制度だ。

 しかし2012年から、それまで1頭月3万(地方競馬のダートグレード競走勝馬は2万円)から1万円減額され、新たに申請できるのは14歳以上の馬と、それまでなかった年齢制限も設けられた。例え重賞を勝っていても、14歳にならないと助成金が受けられない。種牡馬、繁殖牝馬、乗馬として適性のない馬たちは、それまでどう過ごせば良いのか…。引退馬に関わる各所やファンから心配の声が上がっていた。

 だが2013年1月から「引退名馬繋養展示事業」の管轄は、公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナルに移行した。その後、事業の見直しが行われ、前回お伝えした通り、助成対象となる馬の年齢が14歳以上から10歳以上へと条件が緩和された。この改善は現場からも好意的な声が多かったようで、28頭いた2015年度の新規申請馬のうち13頭が、年齢の引き下げによるものだった。

 年齢引き下げにより新規申請を行った13頭のうち、アドマイヤスバル(牡12)、オースミダイドウ(牡11)、ヘッドライナー(セン11)、マンハッタンスカイ(セン11)、フィールドルージュ(セン13)の5頭を繋養しているのが高知県にある土佐黒潮牧場だ。

 土佐黒潮場長の濱脇敬弘場長が、競馬を引退した馬たちが余生を送るための養老牧場を作ったのは、1995年12月とおよそ20年前のことだった。馬という命を養っていくのは、簡単ではない。濱脇場長は覚悟を決めてそれまでの仕事を辞めて、土地を探した。原野をみずから整地して、厩舎を建て、馬を集めた。

「カンファーベスト(2003年朝日CC、2006年関屋記念)が来て以降は、こちらから探さなくても馬が来てくれるようになりましたよ」と濱脇場長。電話口から聞こえてくる場長の張りのある声を聞くうちに、13年前の記憶が甦ってきた。

 当時まだ駆け出しのライターだった私は、慣れない一眼レフカメラを手に、東京駅から夜行バスに11時間半揺られて四国へと渡り、土佐黒潮牧場の取材をさせて頂いた。牧場前の道路を挟んだ向こうには、内湾の波のない穏やかな海があり、札所が近いのだろうか、道行くお遍路さんの姿もあった。ホーホケキョといううぐいすの声が耳に心地良く、馬たちは思い思いに放牧地で過ごしていた。その馬体はピカピカに光り輝き、1頭1頭の手入れも行き届いていた。

 取材も忘れて馬たちと戯れ、写真を撮った。馬たちはみな穏やかで、時の流れもゆったりとしている。その独特の空気に身を委ねていると、馬たちとここでずっと暮らしてみたいという誘惑にかられたものだ。また来よう。心に誓ったはずなのに、時間はあっという間に過ぎ去った。

 2012年に実に10年振りにプライベートで黒潮牧場に立ち寄るまでの間に、レットイットビー、レガシークレスト、ナムラコクオー、チャンストウライなどが新たに仲間に加わり、以前取材した時に戯れたインターライナーや長老ヤングブッシュ、黒潮牧場に最初にやって来たブルーシーズが天国に旅立っていた。

 壊れかけてグラグラしていた牧柵に体重をかけて首を伸ばして牧草を食べようとしていたラガーチャンピオンや、首を傾げて草をおねだりしていたリバーセキトバ、左右顔の表情が違うエイシンガイモンや、人を乗せると本馬場入場みたいに鶴っ首になるというイブキラジョウモン、脱走の常習犯ミナミプレジャーなど、個性派の面々と10年振りに再会できて、この時は感無量だった。

 だがその翌年の2013年にはリバーセキトバ、2013年がラガーチャンピオンと2年連続して、思い出の馬たちが天に召された。馬はいつどうなるかわからない。会いたくなったら行動に移した方が良いと、2頭の死の報に接して再認識させられた。けれども、亡くなった馬たちが土佐黒潮牧場で過ごした日々は、心安らぐものだったことは想像に難くない。

条件緩和で助成金を受けたアドマイヤスバル


 土佐黒潮牧場で「引退名馬繋養展示事業」に新規申請したうちの1頭のアドマイヤスバル(牡)は、2003年5月に北海道浦河町の辻牧場で生を受けた。競走馬時代は栗東の中尾秀正厩舎に所属してダート戦を中心に活躍して41戦10勝の成績を収めたが、その中には白山大賞典(JpnIII)での勝ち星が含まれている。

「この子は行方不明にはしたくないという、生産牧場の希望があったようですね。牧場さんと先生が相談してウチに連絡がありました」(濱脇場長)

 2011年2月11日の佐賀記念(JpnIII・2着)が最後のレースとなり、黒潮牧場にやって来たのが3月3日だった。2015年度分から「引退名馬繋養展示事業」の新規申し込みは年に2回行われることになったが、スバルが引退した当時は年に1回の申請だった。さらには2012年度分から助成金が減額され、助成対象馬の年齢が14歳以上に引き上げられることに決定された年度とも重なる。

 8歳で引退した同馬が黒潮牧場に来て4年が経過したところで、年齢制限が10歳以上に引き下げとなり、2015年度には12歳になるスバルも晴れて、助成金の申請ができたのだった。

第二のストーリー

▲当初の見通しより2年早く助成金を受けられることになったアドマイヤスバル


第二のストーリー

▲シャワーをかけてもらって気持ちよさそうなスバル


「スバルはウチに来たばかりの頃は、人に飛びかかってくるくらいにきついところがありましたよ。今は人参やリンゴをくれる人がわかっているんじゃないですかね。世話をする人には従順です。初めて来た人は、少し気をつけた方が良いかもしれませんけどね。この子は面構えが違いますよ。顔が違いますね。今も現役でいけるくらい元気一杯です(笑)」(濱脇場長)

 助成金も無事に支給され、スバルの未来もこれまで以上に安心できるものになった。

 アドマイヤスバルが黒潮牧場の一員になった翌年にやって来たのが、漆黒の馬体を持つオースミダイドウだ。2004年2月9日に北海道千歳市の社台ファームで生まれ、栗東の中尾正厩舎からデビューして、新馬戦からデイリー杯2歳S(GII)までで無傷の3連勝を飾る。朝日杯FS(GI・3着)では、1番人気にも推されたほどだ。

 3歳になってから白百合S(3歳OP)に勝って以降は骨折休養もあり、2歳時の輝きを取り戻せないまま中央競馬の競走馬登録を抹消された。ちなみに2009年2月で中尾正調教師が引退したため、それ以降は息子の中尾秀正厩舎へと転厩となっている。中央競馬を抹消後は園田へ移籍して再起をかけたが、復帰初戦で故障して競走中止。引退が決まった。

「地方競馬に移籍はしていましたが、馬主さんが中央時代と同じだったという関係もあったのでしょうし、スバルがウチに来ているという縁もあって、中尾先生から直接電話がありました」(濱脇場長)

 こうしてオースミダイドウは、黒潮牧場で余生を過ごすことが決まった。

「ただこの時は馬房が満杯でしてね。厩舎を増築していたところだったので、出来上がるまで近くの乗馬クラブに1か月ほど預かってもらいました」(濱脇場長)

 新しい厩舎が完成し、2012年1月16日にダイドウは黒潮牧場に到着した。

第二のストーリー

▲毛づやピカピカのオースミダイドウ、濱脇場長「現役でも行けそう」


「来た時は、冬毛ボーボーでしょぼくれた感じに見えて(笑)、大人しい馬やなと思っていたんだけど、ここがどこかということがわかったら牧場一のヤンチャ坊主ですわ(笑)。

 まあヤンチャと言っても、悪さはしないですよ。鳴いて人を呼びますしね。走り回って元気一杯という感じですね。父のスペシャルウィークほどキリッとはしていないけど、顔は似ていますよね。来た時は冬毛ボーボーでしたけど、今は青毛がピカピカしていて、現役でも行けそうな雰囲気です」(濱脇場長)

 13年前の取材時と全く変わらない濱脇場長のリズミカルな語り口と、馬の特徴や性格を的確に捕らえたユーモラスな表現に思わず吹き出してしまった。濱脇場長が語る馬たちのエピソードはさらに続いた。(つづく)

(取材・文:佐々木祥恵、写真:土佐黒潮牧場)


土佐黒潮牧場
高知県須崎市浦ノ内出見5番地
年間を通して見学可能
見学時間9時〜12時
必ず前日までに連絡をして、許可を得てから訪問してください。

引退名馬土佐黒潮牧場紹介頁
https://www.meiba.jp/farms/view/1000145

土佐黒潮牧場HP
http://tosa-kuroshio.sakura.ne.jp/

土佐黒潮牧場ブログ
http://intaiba.exblog.jp/

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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