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キズナらしく

  • 2015年05月16日(土) 12時00分


 10月4日の凱旋門賞の登録馬がフランスギャロから発表され、そのなかに5頭の日本馬の名があった。ルージュバック(牝3)、ドゥラメンテ(牡3)、リアルスティール(牡3)、ワンアンドオンリー(牡4)、エピファネイア(牡5)、である。

 この報せは、「凱旋門賞に5頭の日本馬が登録した」というニュースであったと同時に、「キズナが登録しなかった」というニュースでもあった。

 キズナは、3歳だった一昨年、トライアルのニエル賞を快勝。本番の凱旋門賞では、直線で「ひょっとしたら」と思わせる4着だった。陣営は、早くから再挑戦を表明していたが、今年は断念する意向を明らかにした。

 残念だが、先日の天皇賞・春で7着に敗れた走りを見ると、それも仕方がない――いや、それが正解だという気がしてくる。

 復帰自体が危ぶまれたほど重度の骨折だったとはいえ、もっとも状態が上がるはずの叩き3戦目だったのに、キズナらしくガツンと来るところがなかった。

 佐々木晶三調教師が言うように、馬が自分で走りをセーブしているのかもしれない。全力疾走する気持ちになれない精神状態なのかもしれないし、まだ見えないところのフィジカル面が完全ではないのかもしれない。

 6月28日の宝塚記念にも出走せず、11月1日の天皇賞・秋を目標に調整していくという。

 飛ぶように前を差し切った京都新聞杯や、最高速に達しながらフィニッシュしたダービー、英国ダービー馬を下したニエル賞や、昨春の大阪杯などでは、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。

 キズナは間違いなく、超A級の能力を持つスーパーホースである。ただ強いだけではなく、その走りには、見る人々の心を大きく動かす力がある。オーナーサイドが「キズナ」という名前を用意して登場するのを待っていたら、それにふさわしい存在として現れ、ダービーを勝ってしまったという足跡だけでも特別な馬だ。そんなキズナだけが持つスペシャルな力をまた発揮できる状態になって、私たちの前に戻ってきてくれる日を待ちたい。

 さて、入院中の母が、一時的に別の病院に転院して検査・処置を受けることになったため、今、札幌に来ている。

 転院先の受付で事務手続を済ませて待っていると、母が乗せられたストレッチャーが来た。付き添いの看護師の手には、主治医から転院先の医師への紹介状があった。その宛名が「藤木直人先生」となっている。あの二枚目俳優と同姓同名だ。

「今度の先生、藤木直人って言うんですね」

 私が言うと、その看護士が頷いた。

「私、別の病院で一緒に仕事をしていたことがあるんです」

「そうなんですか」

「顔はぜんぜん似ていません」

「……」

 まあ、それでも、どんな人かわかればネタにはなると思っていたのだが、直接の担当は別の医師になり、結局、拝顔することができないまま帰京することになりそうだ。

 いつもは介護帰省すると1週間以上実家にいるのだが、今回はとんぼ返りに近い滞在である。日曜日のヴィクトリアマイルを観戦するためと、その前日、本稿がアップされる日の夜、都内で行われる関根奈緒さんのライブを見に行くためだ。関根さんは、私が作詞した「キズナ きらめく風になれ」を歌っている人で、今回のライブはそのCD発売を記念して行われる。それだけに、凱旋門賞断念のニュースはショックだったのだが、これも競馬なのだし、キズナにとって最良の道を選んだ結果のことなのだから、受け入れて、ライブを楽しみたい。

 実家の庭の南側に植わったライラックが満開になり、こんもりした紫色の花を風に揺らしている。今朝は気温が7度ぐらいまで下がって寒かったが、明日は最低でも10度ぐらいのようだ。

 北の都も春である。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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