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常石元騎手とのコンビで中山GJ制覇! ビッグテーストの今【動画】

  • 2015年06月02日(火) 18時01分
第二のストーリー

▲大種牡馬ノーザンテースト産駒のGIホース、ビッグテースト


(つづき)

GIホースと知らずに一目惚れ


 外国産馬として初めて日本ダービーに出走したルゼル(セン17)が繋養されている軽井沢の土屋乗馬クラブには、サラブレット系7頭(1頭は血統不詳)と、ハフリンガーのマイクとアパルーサのギンガの計9頭が暮らしている。

 その中でもひと際目立つのが、2003年の中山グランドジャンプ(JGI)を制したビッグテースト(セン17)だ。乗馬クラブに到着して真っ先に目に飛び込んできたのが、放牧中の馬たちが列を成して馬場内を黙々と歩いている姿だった。栗毛の馬体に額から鼻先まで伸びる大きな作を見て、ビッグテーストだとすぐにわかった。


 1998年3月9日、北海道勇払郡早来町(現・安平町)のノーザンファームでビッグテーストは誕生した。父はノーザンテースト、母はクラフティワイフという血統で、全兄には1995年のマイラーズC(GII)優勝のビッグショウリや、半弟には重賞勝ちこそないものの、ダート路線で活躍し7勝を挙げて種牡馬入りしたスパイキュール(父サンデーサイレンス・昨年韓国に輸出)がいる良血でもある。

 父ノーザンテースト譲りの派手な容姿の同馬は、栗東の中尾正厩舎から2000年10月14日にデビューし、幸先よく新馬勝ちを収めた。だが昇級後は勝ち星を挙げられずに、2002年4月に4歳で早々に障害入り。障害2戦目で勝利を手にした。

 主戦の常石勝義騎手(現在は引退)とともに障害のオープン馬としてキャリアを重ね(2戦は他の騎手が騎乗している)、2003年4月の中山グランドジャンプにも常石騎手とのコンビで挑戦した。このレースには、前年の中山大障害(JGI)に勝って最優秀障害馬にも選出されたギルデッドエージや、ディフェンディングチャンピオンのオーストラリアからの遠征馬セントスティーヴン、平地でも重賞を勝っているカネトシガバナーら強豪が顔を揃えていた。しかし大きくて安定した飛越のビッグテーストは、大障害コースという難関を無事乗り切ってトップでゴールインした。

 強豪揃いだっただけに「まさか勝てるとは思わなかったですよ」と常石さんは、netkeibaコラム「競馬の職人」(2012年12月11日公開)で語っているが、当時のレコードタイムを大幅に縮めての勝利は、この馬の持つ能力の高さの現れと言っても良いだろう。ビッグテーストは重賞初勝利をGIレースで飾り、常石騎手にとっては初めてのGI勝利、さらには偉大なる種牡馬ノーザンテースト産駒の最後のGIレース優勝となった。

第二のストーリー

▲ビッグテーストのプレートに、主戦を務めた常石元騎手のサイン


 この勝利が評価されて2003年度の最優秀障害馬に選ばれたビッグテーストだが、翌年春に骨折が判明して休養を余儀なくされ、2005年に復帰するも2戦したのちに引退が決まった。

 競走馬登録を抹消されたビッグテーストは、2010年に土屋乗馬クラブにやって来た。それまでは同じ長野県内で草競馬に出場するなどして第二の馬生を過ごしていた。草競馬で走るビッグテーストに強く引きつけられたのが、土屋乗馬クラブのスタッフ、堀内ひとみさんだ。

「望月の草競馬(佐久市望月駒の里草競馬大会)で走っていた姿を見て、一目惚れしちゃったんですよ。まず馬体がすごく綺麗でしたし、走る姿も美しかったんです。顔の大きな作も綺麗で、それに力強さもありました。全てが良いなと思いました。それでウチの社長(土屋興三さん)にあの馬を買って欲しいと頼みました(笑)。社長は1年半くらい先方に交渉してくれたでしょうかね。先方も大事にしてくれるならということで、ウチに来ることになりました」

 ところが障害のGIホースのビッグテーストだという事実を知らずに、堀内さんは一目惚れしていた。

「前のオーナーさんが、重賞勝ち馬だから功労馬の助成金が出るよと教えて下さって、それでビッグについて調べたら、凄い馬だったんだということがわかりました(笑)」


競走馬時代は凶暴だったというが


 GI馬の貫録なのだろうか。土屋乗馬クラブの一員になって早々、ビッグは群れのボスとして君臨するようになった。この日も群れの2番手からではあるが、ボスとしての矜持を示すかのように、堂々たる態度で場内を闊歩していた。

 一方、昨年秋に土屋乗馬クラブに仲間入りした新入りのルゼルは、GII馬だからと言って出しゃばらず、自分の立ち位置をわきまえ群れの1番後ろに控えている。その様子を目にして、改めて馬は群れの動物で、その中には序列があるのだという習性を実感したのだった。

第二のストーリー

▲ボスのビッグテースト(左)と新入りのルゼル(右)


 馬の間ではボスとして君臨するビッグも、人間に対しては人懐っこくて大人しい。大きな作のある顔は愛嬌たっぷりで、すぐそばでビッグと接しても全く平気だ。ところが競走馬時代のビッグは凶暴な馬だったらしい。

「以前、常石さんが会いにいらしてくれたんですけど、昔のビッグは、立つわ、蹴るわ、噛むわでそれはきつい馬だったと(笑)。今のビッグは何をしても怒らないですし、逆にそんなに素行が悪かったんですか? とびっくりしました(笑)。

常石さん、別れ際にビッグにチュッとしたんですよ。『現役時代はビッグにチューなんてできなかったー』と(笑)、もの凄く嬉しそうでした。担当の厩務員さんもわざわざいらして下さって『ビッグはこんなんじゃなかった』と(笑)。常石さんと同じようなことを仰っていましたね(笑)」

 昔は乱暴者だったというビッグは、話が聞こえているのかいないのか、おもむろにお尻をこちらに向けると「お尻かいて〜」とこちらにアピールしている。その様子からは、立つ、蹴る、噛むの三拍子揃っていた馬とは、とても思えない。競走馬時代と現在では当然餌の内容も違うし、レースや調教のストレスもない、去勢もしている。様々な要素が相まって、元々持っていた穏やかな性格に現在は戻ったということなのかなと、ビッグのお尻を眺めながら想像していた。

第二のストーリー

▲「お尻かいて〜」とこちらにアピール


第二のストーリー

▲スタッフの堀内さんにかいてもらっているビッグテースト


 ここ土屋乗馬クラブには、ビッグテーストやルゼルの他にも、元競走馬たちが第二の馬生を送っている。かつては、1995年の中山大障害(秋)に優勝したフジノスラッガーも乗馬として在籍していた。

「24歳で亡くなりましたが、栗毛で脚長のとても綺麗な馬で、人に対しても馬に対しても面倒見が良いタイプでした。他のクラブにいる時に馬場馬術で優勝したのを見たことがありますよ」

 2001年のCBC賞の勝ち馬リキアイタイカンも1年半ほど繋養されていたが、残念ながら不慮の事故により他界している。

 現在は前回登場したホワイトリカー(セン・年齢、競走馬名、血統不詳)、シナノカイザー(セン10)の他、中央競馬で3勝のバンダムロッシ(セン14・父エンドスウィープ 母ロウジースイートハート)や、中央時代4勝し、2001年にアイビスSD(GIII・11着)にも出走したサクラアカネオー(セン19・乗馬クラブでの名前はサクラ 父サクラバクシンオー 母リビエールボレアール)、青龍という名前に替わったキーホウシンマル(セン10・父タヤスツヨシ 母サウンドアヤコ)がいる。

 青龍は体調を崩して脚元も痛めているため、現在は馬房暮らしだが「元気に走っている時の横顔がゼンノロブロイに似ているんですよ」と堀内さんは少し自慢気だった。そう言われて正面から眺めてみると、顔が幅広で短くやや牛っぽい。ロブロイは額が広かったように記憶しているので、そのあたりが似ているのかもしれないとは思ったが、個人的にはやはり父タヤスツヨシ似のような気がした。

 時の経つのも忘れて馬たちの話に耳を傾け、写真や動画を撮り、馬たちの観察に夢中になっていると、時計の針は午後7時に近づいていた。土屋興三代表や堀内ひとみさんに見送られて、後ろ髪を引かれる思いで乗馬クラブを後にする。やはり避暑地だけあって、夕暮れの軽井沢の空気はヒンヤリと冷たかったが、ビッグテーストやルゼルの元気な姿に癒され、ここに暮らす馬たちのエピソードやかつていた馬たちの思い出話をたくさん教えてもらったおかげで、心は温かだった。(了)

(取材・文・写真:佐々木祥恵)


※ルゼル、ビッグテーストは見学可です。
土屋乗馬クラブ
〒389-0111
長野県北佐久郡軽井沢町長倉3287
電話 0267-45-0757
時間 9:00〜17:00
直接訪問可

※土屋乗馬クラブのHP
http://tsuchiyajouba.m.web.fc2.com/

※引退名馬 ルゼルの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/1998110097

※引退名馬 ビッグテーストの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/1998101747

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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