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「輓馬の手引」

  • 2015年06月13日(土) 12時00分


国会図書館で発見した貴重な本

 最近、競馬に関する調べ事をするため、たびたび国会図書館に足を運んでいます。その中で、先日、たいへん貴重な本を発見しました。1949年(昭和24年)に日本通運が出版した「輓馬の手引」という本です。

 その名のとおり、貨物輸送用の馬=輓馬を飼養、使役するにあたって、必要なことや注意すべきことなどがほぼ完璧にまとめられています。約250ページ、全9章に及ぶ記述は、“輓馬大全”と言ってもいいほど。充実した内容の手引書です。

 1949年といえば、終戦からわずか4年。国内の流通産業は依然として戦後の混乱の中にありました。自動車の普及はまだ先。主な輸送手段は鉄道と船で、馬による貨物輸送も重宝されていた時代です。

 実は私の父も日本通運に勤めていました。父の話によると、1963年(昭和38年)頃までは都内の日通にも輓馬がいたとのこと。もちろん、馬力による輸送ですから、一度に大量の荷物は運べません。国鉄の駅と近所の得意先の間を何度も往復しながら、せっせと仕事をこなしていたそうです。したがってこの本は、今で言えば「小型トラック輸送完全マニュアル」のようなもの、でしょうか。

 でも、トラックは機械ですが、輓馬となると生き物が相手。それこそ、“人馬一体”となれるような“付き合い”が必要です。そのためにこの本が書かれたのだと思います。

 そういう主旨は、本のページをめくればすぐにわかります。振り出しとなる第1章のタイトルは「愛馬」。その記述は、馬への愛情にあふれています。一部を引用してみました(いくつかの漢字は今使われているものに書き換えてあります)。

「愛馬心こそは、馬を飼い馬を満足に使うことの根底をなすものであって、これあってこそ、多数の輓馬を使役する社業の発展も期し得られるのである」

「よく乾されたやはらかい寝藁の沢山入った広い清潔な馬房に安臥しえた輓馬は、明日の活力を満しうるし、それに心尽しの調理された飼料を与へられ、ふけ一つとゞめぬほどに手入を施されては、馬も涼しい顔を輝かし蹄音も軽やかに厩舎より働きに出て行くであろう」

「馬は従順に人の命ずるまゝに働くが、たまに獰悪執拗な手におへない馬も往々ある。これは人がその育成の過程で馬を悪くしてしまったので、多くは酷使や過った懲戒の結果で、人の罪である」

 機械相手のマニュアルではあり得ない記述です。「愛馬」を説くことから始めているのが、この本の“肝”と言えるでしょう。

 輓馬による貨物輸送は遠い昔の話。でもこの本には、今のわれわれの心にも響くことが書かれています。古い本なので実物は閲覧できませんが、国会図書館のデジタル資料として半永久的に保存されていて、所定の手続きを済ませれば読むことができます。

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テレビ東京「ウイニング競馬」の実況を担当するフリーアナウンサー。中央だけでなく、地方、ばんえい、さらに海外にも精通する競馬通。著書には「矢野吉彦の世界競馬案内」など。

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