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期待を背負っての初勝利

  • 2015年07月24日(金) 18時00分


◆所属で大きく変わる騎乗数

 7月20日は習志野きらっとスプリントの取材などで船場競馬場へ。この日は祝日らしく、地方競馬ではほかにも盛岡・マーキュリーCや名古屋・名港盃などの重賞が組まれていた。早めに船橋競馬場に到着し、事務所棟2階の臨時記者席で原稿を書いていたときのこと。同じフロアの別室から、突如として歓声とも叫び声ともつかないような騒ぎが聞こえてきた。何事が起きたかと思ってパソコンから顔を上げると、場内映像のモニターは、第10レースのゴール前の直線。先頭に立っていた勝負服を見てびっくり。胴青・白星ちらし、そで白。往年の桑島孝春騎手……ではなく、その勝負服を受け継いで今年デビューした林謙佑の初勝利の瞬間だった。8番人気、単勝34.3倍というまったくの伏兵で、不意打ちのように直線鮮やかに抜け出したものだから、同じフロアにある調教師控室がちょっとした騒ぎになったようだった。

 今年4月1日付けで地方競馬の騎手免許を受けた新人騎手は全国で9名。次々に初勝利のニュースが届くなか、いよいよ最後のひとりとなっていたのが船橋の林謙佑騎手だったのだ。

 地方競馬では、新人騎手が所属する調教師の現役時代の勝負服を引き継ぐということはよくあること。しかし桑島孝春騎手といえば、地方通算4713勝(歴代5位)を挙げた名手で、引退後の現在は地方競馬全国協会の参与として騎手候補生の指導にあたっている。いわば、ここ何年かでデビューした新人騎手すべてにとっての“師匠”なのだ。林騎手は、桑島元騎手と同じ船橋所属とはいえ、その勝負服を志願して受け継いだということで、デビュー前から話題になっていた。それでいて新人騎手の“未勝利”の最後のひとりとなっていたのだから、関係者やファンや我々マスコミも気にしていた。

 今年の新人騎手9名のうち、7月22日現在で最多勝利は金沢・柴田勇真騎手の13勝。次いで金沢・栗原大河騎手と佐賀・山口以和騎手が10勝、岩手・小林凌騎手が9勝となっている。金沢からデビューした2人は、「騎乗数が多く得られそうだから」ということで金沢所属に決めたと記憶しているが、ここまでのところそれがうまくいっている。騎乗数で200を超えているのも金沢の2人だけ。

 対して林騎手は、4月1日付で免許を受けたとはいえ、初騎乗が6月9日で、11戦目での初勝利だった(22日までの成績は12戦1勝)。約1カ月半での初勝利ということでは、決して遅いというわけではない。しかし、さすがに激戦区の南関東だけあって、いかにも騎乗数が少ない。

 地方競馬の新人騎手には、毎年デビュー前にインタビューの機会をいただいているが、どこの競馬場に所属するかを決めるのは、騎手人生を大きく左右するかもしれない一大感心事だ。それはデビュー前の騎手候補生だけでなく、指導する地方競馬教養センターの教官の方々にとっても負担の大きい作業となっている。

 かつてであれば、厩舎関係者の血縁としてデビューする騎手も少なくなく、そういう候補生は教養センターに入所するときから、所属する競馬場や厩舎が決まっていた。ところが近年は、厩舎関係者とは無縁の候補生がほとんど。血縁や知り合いがいるという候補生は、年に1人か2人、いるかいないかだ。また近年の特徴として、ほとんどが騎手候補生になるための養成学校のようなところである程度技術を学んでから受験していることが挙げられる。ゆえに、中央も地方も両方受験して、地方だけ合格したからという候補生も少なくない。

 候補生となって一定期間が過ぎ、いよいよ所属する厩舎を決める段階になると、当然のように南関東への希望が多い。しかし南関東でデビューすれば必ずしも明るい未来が待っているわけではない。教官らと相談し、また全国の調教師から新人騎手を受け入れたいという希望を聞きながら、最終的に所属厩舎を決めることになる。

 近年、JRAの若手騎手は、短期免許のみならず移籍する外人騎手もいて、さらに地方から移籍する騎手もいてということで、騎乗機会の少なさがいわれている。JRAほどではないにしても、それは地方競馬にもいえること。期間限定騎乗の制度ができたことで、人数や期間が限られているとはいえ、特に南関東には全国のトップジョッキーが乗りに来るし、また重賞のスポット参戦でも各地のトップジョッキーが騎乗することが多くなった。

 たしかに一昨年大井でデビューした笹川翼騎手などは、2年目の昨年が60勝、そして今年は7月22日現在ですでに59勝と、華々しい活躍を見せている。一方で、南関東ではデビューして2、3年で辞めていく騎手もいるというのが現実だ。

 林騎手の待ちに待った初勝利に関連して、あらためて現実は厳しいのだなあ、ということを思わされた。

1964年生まれ。グリーンチャンネル『地・中・海ケイバモード』解説。NAR公式サイト『ウェブハロン』、『優駿』、『週刊競馬ブック』等で記事を執筆。ドバイ、ブリーダーズC、シンガポール、香港などの国際レースにも毎年足を運ぶ。

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