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馬主さんもすっかり虜に!ワンモアチャッターの魅力/動画

  • 2015年08月11日(火) 18時01分
第二のストーリー

▲美浦トレセンからもわりと近い乗馬クラブで暮らすワンモアチャッターと現オーナーの堀江由美さん


競走馬時代は3厩舎を渡り歩いた


 引退した競走馬たちの余生の取材をするたびに強く感じるのは「馬は出会った人によって運命を左右される」ということだ。GIレースに優勝した馬でさえも、気がつけば行方不明になっている。つい最近も種牡馬を用途変更になったとある重賞勝ち馬の行方を人づてに調べていたが、「どこに行ったかわからない」という返答を得たばかりだ。

 どんなに活躍しても保障されない馬たちの命。活躍できなかった馬たちや、故障して引退していった馬たち、競走馬になれなかった馬たちの命は、なおさらのこと保障がない。馬はいったい何のために、命を削って走っているのだろう。馬たちの悲しい末路に思いを馳せるたびに、競走馬たちが走る意味について、つい考えてしまう。

 けれどもいくら私が考えても、毎年馬は生産され、競馬は続いていく。その中で余生を送れる馬はほんの一握りという事実も、急激に大きくは変わらないだろう。ならば現役であれ、引退した馬であれ、出会った馬たちの生き様を微力ながら伝えたい。これまで幾度となく私に力を与えてくれた馬たちへの恩返しをしたい。その思いは年を追うごとに強くなり、それが取材を続ける原動力にもなっている。

 2005年の朝日チャレンジCに優勝したワンモアチャッター(セン15)も、出会った人によって運命が変わった馬の1頭だ。

第二のストーリー

▲現役時代のワンモアチャッター(撮影:榎田ルミ)


 ワンモアチャッターは、父ペンタイア、母スケアヘッドラインの間に、2000年5月11日、北海道白老町の白老ファームで生まれた。母スケアヘッドラインは未出走ながら、オープンで活躍したインターサクセスや2012年の中日新聞杯に優勝したスマートギアを送り出し、繁殖牝馬として優秀な成績を残した。またワンモアチャッターという馬名の由来となった祖母シャダイチャッターは、1985年の小倉記念を制している。

 栗東の渡辺栄厩舎の管理馬となったワンモアチャッターは、2002年9月にデビューし、2戦目で初勝利。その後、きさらぎ賞や京都新聞杯など3歳馬限定の重賞に出走しているが、なかなか2勝目を挙げられず、しばらくは500万クラスでくすぶっていたが、2004年2月28日に500万下で優勝し、翌日で定年引退する渡辺栄調教師の有終の美を飾った。

 渡辺厩舎解散後は、友道康夫厩舎へと転厩し、2005年春までは1000万クラスで足踏みが続いていた。だがその年の8月に行われた小倉記念で2着と好走後、続く9月の朝日チャレンジCでは、エリモハリアー以下をおさえ、見事に重賞初制覇を果たしたのだった。

 その後は主に1800〜2000mの距離の重賞、オープン特別の舞台で戦い、福島記念3着、中京記念で2回4着、OP特別のオパールS2着の好走はあるものの、すっかり勝ち星には見放されて時は流れた。2008年8月の小倉日経OP(10着)の後は、レースからも遠ざかり、その間、美浦の佐藤吉勝厩舎に転厩している。転厩後、2009年に金鯱賞(17着)、七夕賞(15着)の2戦、2010年に中山金杯(16着)と3戦したが、いずれのレースも精彩を欠き、金杯後の1月9日に競走馬登録が抹消された。

食べる事への並々ならぬ執着心


 競走馬時代に3厩舎を渡り歩いたが、最後に同馬を管理した佐藤吉勝調教師が乗馬として送り出した先が「風ライディングパーク」という乗馬クラブだったことが、ワンモアチャッターのその後を運命付けたと言っても過言ではない。

 風ライディングパークは、茨城県北相馬具利根町にある。利根川が近くを流れており、美浦トレセンから車ならさほど遠くはない場所に位置している。周囲はほとんどが田んぼというのどかな地域だ。

 取材日は猛暑真っ只中の7月31日だったが、この時期の乗馬クラブは、真昼間はさすがに休憩中ということで、午後3時頃に訪ねた。厩舎内で作業中だった風ライデンングパーク代表の下重良太郎さんに挨拶をすると、すぐさま明るい笑顔が印象的な堀江由美さんを紹介された。

 この堀江さんが現在のワンモアチャッターのオーナーであり、飼い葉桶に顔を突っ込んでいる馬に「チャー君」と呼びかけている。「食べている時は、一心不乱で全く無視なんですよ」と堀江さん。チャー君と呼ばれたワンモアチャッターは、堀江さんの言葉通りによそ者の私が馬房を覗いても、まるでお構いなしに飼い葉を食べ続けている。

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▲周りのことにはお構いなし、一心不乱に食事を続けるワンモアチャッター


 その間、堀江さんが厩舎内を案内してくれた。「おもしろい馬がいるんですよ」と教えてもらったのは、人が手で合図するとフレーメンをするというシャトルベクターだ。「この馬、顔が大きい!」と思わず口走ってしまったほどその顔はごつくて大きく、ワンモアチャッターの倍以上はありそうだ。

「この馬は怖がりなところもあるんですけど、競技会に出ていて障害をよく飛ぶんですよ。凄いんですよ」と堀江さん。元競走馬だったと聞いたのでデータを検索してみると、父トウカイテイオー、母はシャペロン。2008年生まれだから、今年で7歳とまだ若い。

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▲フレーメンが得意なシャトルベクター


 現役時代は美浦の柴田政人厩舎で走り、障害競走5戦(3着2回)を含めて15戦0勝という成績が残っている。当時の馬体重は500キロ前後。一方、ワンモアチャッターは450キロ前後だったから、確かに顔の大きさに違いがあっても不思議ではない。

 堀江さんの合図にこたえて、大きなお顔で何度もフレーメンをして見せてくれるシャトルベクター。「お父さんのトウカイテイオーには似ていないんですよねえ」と言われつつも、個人のオーナーさんに可愛がられているというから、ベクター君も幸せ者だ。

 馬たち1頭1頭に挨拶をしていると、ある馬のプレートに目が留まった。そこには現在の馬名「ゾロI(ファースト)」、競走馬名アミノスタローンとあった。生産牧場は東京大学農学部付属牧場。プレートに記載されている内容から、アミノ酸を食べた効果もあって、好成績を挙げているという競走馬についての新聞記事の記憶が甦ってきた。

 調べてみると、やはりその記事の馬がアミノスタローンだった。同馬が走っていたのは1996年から1997年にかけてだから、今から20年近くも前の話。大井競馬で22戦6勝の記録が残っている。風ライディングパークに来る前には、障害飛越競技で相当な活躍をした馬らしい。

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▲障害飛越競技で活躍したアミノスタローン(提供:風ライディングパーク)


 今年22歳になるアミノスタローンことゾロI。アミノ酸効果がずっと続いていたのかは不明だが、およそ20年も前に記事で目にした馬がいまだ元気に生きている。しかも「いろいろなことを知っている練習馬」として、風ライディングパークの会員さんに頼りにされているというエピソードに、感動を覚えた。

 そろそろ飼い葉がなくなったかなと、ワンモアチャッターの馬房の前に戻る。すると今度は、乾草を無心に食んでいた。堀江さんが無口をかけて「そろそろ外に出ようよ」と引き手を引くが、乾草をくわえたまま脚を踏ん張って動かない。引く堀江さん、踏ん張るチャー君。しばしの間、人と馬との綱引きが続いた。やがて「仕方ないなあ」という感じで、チャー君が動いた。

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▲「僕、ハンサムでしょ?チャー君って呼ばれてるんだよ」


第二のストーリー

▲オーナーの堀江さん「ほら、行くよ〜」 チャー君「やだ〜」


 薄暗かった馬房から、明るい陽射しの下に黒鹿毛の馬体が現れた。顔のツヤも体の張りも素晴らしい。瞳にも力が宿っている。現役を退いて5年以上経つが、今でもターフの上を駈け出しそうな雰囲気を保っており、重賞ウイナーの威厳すら感じた。

 しかしそれも、ほんの一瞬。この後、洗い場で、そして馬場内で、チャー君の素顔が明らかとなった。その姿を目の当たりにして初めて、堀江さんがチャー君のオーナーになった理由がわかったような気がした。(つづく)


(取材・文・写真:佐々木祥恵)


※ワンモアチャッターは見学可です。

風ライディングパーク
〒300-1614 茨城県北相馬郡利根町立崎959
電話 0297-68-4746
HP http://www012.upp.so-net.ne.jp/KazeridingPark/
Facebook https://www.facebook.com/kazeridingpark

展示時間 9:00〜17:00
休憩時間 12:00〜13:00
見学の3日前までに事前連絡をお願いします。
(夏場など時間が変更になる場合があります)

ワンモアチャッターのFacebook
https://ja-jp.facebook.com/onemorechatter

引退名馬のワンモアチャッターの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/2000101479

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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